名作のあらすじ〜日本文学

あ・た・なは〜
外国文学古典童話

名作のあらすじ〜日本文学  

あ行

阿部一族 〜森鴎外

 九州熊本の藩主・細川忠利の病死に際し、恩を受けた18人の藩士が殉死する。しかし、当然殉死するはずの阿部弥一右衛門だけは殉死の許可を得ることができず、生き残って新しい藩主に奉公している。しかし、周囲の武士たちからの露骨な批判に堪えきれず、自分の死後、自分の行動や残されたものへの非難を覚悟の上で弥一右衛門は追腹を切る。長男・権兵衛は禄高を減らされ侮蔑を受けたので、忠利の一周忌のとき、まげを切って武士を捨てる覚悟を見せた。藩主はその無礼を怒って彼を縛り首にしてしまう。阿部一族は武士の意地をかけて権兵衛の屋敷にたてこもり反抗するが、討っ手によって全滅させられる。

暗夜行路 〜志賀直哉

 主人公・時任謙作は、祖父と母のあやまちによって自分が生まれたことを知り打ちのめされる。やがてそれを克服し、直子という女性と幸福な結婚をする。しかし、彼が旅行中の妻と従兄との過失を知り、それを許そうとしながら許すことができずに苦しみ、鳥取県の大山(だいせん)に向かう。そこで一夏を過ごすうちに自然と調和する広い心境に達し、謙作の急病の枕もとに駆けつけた直子を許す。直子もまた、夫にどこまでも従おうと心に期する。

伊豆の踊子 〜川端康成

 伊豆の旅に出た一高生の私は、天城峠で出会った踊り子の清純な姿にひかれ、その旅芸人の一行と下田まで道づれとなる。瞳の美しい薫(かおる)という名の踊り子は14歳、おとなびて見えるため、私は踊り子の今夜が汚れてしまうのではないかと、眠れぬ夜を過ごす。しかし、翌朝、湯から裸で飛び出して手を振る踊り子の子供っぽさに、私は心に清水を感じて微笑する。孤児根性で歪んだ私も、踊り子に「いい人ね」と言われて、心が澄み渡る。旅費の尽きた私は、下田で踊り子と別れて船に乗り、別離の感傷に浸りぽろぽろと涙をこぼす。

浮雲 〜二葉亭四迷

 母一人子一人の内海文三は、静岡から上京して某学校を優秀な成績で卒業、叔母のお政の家に寄寓して官員生活に入る。しかし文三は自意識に行動をはばまれる性格で、同僚の軽薄な才子本田昇が昇級するのと対照的に、人員整理で失職してしまう。お政にはお勢という娘がいて、文三に好意をよせ文三を弁護してくれたが、しだいに本田へ傾斜していくのを不安と焦燥で見守る。そして、文三は叔母の家のなかで孤立していく。

恩讐の彼方に 〜菊池寛

 若侍・市九郎は、旗本である主人の愛妾お弓と通じ、それを知った主人に斬りつけられ、反対に主殺しの大罪を犯してしまう。市九郎とお弓は逐電し、強盗や人殺しなどの悪事を重ねる。しかし、あるとき、市九郎はお弓のあまりの強欲さに嫌気がさし、身一つで逃げ去る。美濃の浄願寺に駆け込んだ市九郎は、ひたすら仏道修行をし、名も了海と改める。得道した彼は、諸国遍歴のおり、九州耶馬溪の難所を見て、この200間あまりの絶壁をくりぬいて道を通じようと発願、人々に寄進を求めるが誰も耳を傾けず、彼は独力でこの大業にあたろうと決心した。里人の嘲りにも動ぜず、19年間、洞門をうがちつづけた。一方、父の仇を捜して8年、主人の遺児がようやくこの地にたどり着く。了海に援助を始めていた里人たちは、仇討ちはせめて貫通の後でと押しとどめ、二人が並んでのみをふるうこと1年半、ついに洞門は貫通、二人はすべてを忘れ手を取りあって涙にむせんだ。

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か行

〜谷崎潤一郎

 京都に住む56歳の大学教授と、45歳の妻・郁子。お互いに相手が盗み読みするのを承知しながら、夫は性生活での妻に対する注文や期待を、妻はそれに応じたい気持ちを書きしるす。夫はより強い刺激を求め妻を放恣な女とするため、娘・敏子の恋人・木村に近づかせる。妻はしだいに木村に心を寄せ彼と関係する。夫はこの刺激に興奮し、変態化した房事の楽しみにふけり、ついには血圧が上がって命を落としてしまう。

風立ちぬ 〜堀辰雄

 夏の高原にはすでに秋を思わせる涼風が立ち始めていた。「私」は節子という少女と知り合い、愛し合う。ヴァレリーの「風立ちぬ いざ生きめやも」という詩句をつぶやきながら、それが私の心だと思った。
 二年後の春、「私」は節子と婚約した。彼女はすでに肺結核で病床にあったが、「私、なんだか急に生きたくなったのね・・・」「あなたのおかげで・・・」とつぶやく。しかし、看病のかいなく、彼女は死ぬ。

城の崎にて〜志賀直哉

 交通事故で怪我をし、兵庫県の城の崎温泉に養生にきた自分は、死について考える。ある朝、蜂の死体を見る。そしてある日、小川で首に串を刺されてあがき回る鼠(ねずみ)を見る。またある夕べ、小川のいもりを驚かすつもりで投げた石が偶然に当たって殺してしまう。これら三様の死を目撃して、生と死は両極にあるのではなく、それほどの差が感じられない心境になる。

金閣寺 〜三島由紀夫

 私は、生来の吃音で、自分自身をうまく表現することができず、いつも疎外感に悩んでいた。体も弱くて、ますます引っ込み思案になるばかりだった。その分、空想を楽しむというところがあった。父に金閣の美しさを聞かされ、見たこともない金閣を現実以上に偉大で美しいものととらえていた。

 やがて金閣の徒弟となった私は、金閣と同じ世界に住むことを願い、もろい私の肉体と同様に金閣の美も滅びる、金閣が空襲の火に焼け滅ぼされるという幻想を抱いた。しかし、戦争が終わり、私は金閣との関係を絶たれたと思い絶望する。金閣の幻影に苦しみ、ついに金閣を支配するために放火することを決意する。

草枕 〜夏目漱石

 俗世間から逃避して非人情の旅に遊ぶことを念願する青年画家が、春の山路を越えて那古井の温泉にたどり着く。その宿の那美という才知ある美しい女性と知り合い、彼女の顔に絵心を練ようとする。閑寂な舞台を破るかのような、奔放な那美の言動。ある日、出征兵士を見送る駅頭で、零落した先夫に出会った瞬間の那美の表情の”憐れ”に、青年は一枚の絵を胸中に完成させる。

こころ 〜夏目漱石

 大学を卒業して帰省した私のもとに、先生からの痛切な遺書が届く。先生は学生時代、未亡人と美しい御嬢さんのいる自分の下宿に、困窮していた親友のKを同居させた。あるとき、Kから、御嬢さんへの恋慕の思いを打ち明けられて驚き、Kを出し抜いて奥さんに自分と御嬢さんとの結婚の許しを得る。恋人を奪われたことを知ったKは自殺してしまう。先生は結婚した後もKの幻影に苦しみ、罪と恥の意識が孤独感となり、Kの心情を深く理解して自殺を遂げる。

五重塔 〜幸田露伴

 技量は抜群だが、世渡りが下手でいつも不遇な「のっそり十兵衛」という大工が主人公。あるとき江戸・谷中の感応寺に五重塔を建立することになり、十兵衛の親方・源太が仕事を引き受ける。十兵衛は自分の名を残す好機と考え、「ぜひ私の手で」と住職に懇願する。源太は二人で協同してやろうと申し出るが、十兵衛は拒否、源太が辞退したのを受け、独力で仕事を始める。十兵衛の忘恩を憎んだ源太の弟子たちに襲われて片耳を失うが、それでも仕事を休まない。そして、五重塔は立派に完成する。落成式の前夜、大暴風に襲われるが、十兵衛は自らの技を信じて動揺しない。が、最後は「塔の倒れるときが自分の死ぬとき」と心に決めて、塔に上る。夜が明けると江戸じゅう大きな被害を受けていたが、十兵衛の建てた五重塔は無傷ですっくとそびえていた。

金色夜叉 〜尾崎紅葉

 高等中学の生徒、間寛一は、お金のために許婚者の鴫沢宮をうばわれたことを知り、絶望の果てに冷酷な高利貸となって、カネの力で宮や世間に復讐しようとする。宮は資産家と結婚後、はじめて自分への寛一の強い愛を知り、悔悟にくれ、寛一に許しを請う手紙を書きつづる。一方、寛一もさまざまな体験を経て、また親友の忠告も受けいれ、塩原で情死しようとしていたお静らの純愛にも胸を打たれる。こうして、寛一の心にもようやく宮への同情がめばえ、宮の手紙を読むようになった。
(作者が病死したため、この小説はここで終わっているが、のち、小栗風葉が『終編金色夜叉』を書き、完結させた)。

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さ行

細雪 〜谷崎潤一郎

 時代は昭和11〜16年。大阪・船場の豪商・蒔岡(まきおか)家の四人姉妹、鶴子・幸子・雪子・妙子の生活と運命の物語。舞台は、婿養子・貞之助を迎えて芦屋に分家した次女幸子一家が中心。

 貞之助夫妻は、無口で縁遠い雪子をひきとってたびたび見合いをさせるが、みな不調に終わって年を経ていく。その間に、ちょっと不良っぽい妙子がひき起こす奔放な恋愛事件がある。世相は日中戦争など険しいなか、貞之助一家は、音楽会・舞の会・芝居・料理屋・春の花見・夏の蛍狩り・秋の月見と明るく華やかな生活を享楽する。昭和16年、35歳になってもなお若く美しい雪子が、華族出身の御牧(みまき)という男との縁談がまとまり、上京するところで物語は終わる。

山椒魚 〜井伏鱒二

 ある山椒魚が岩屋の中でうっかり2年を過ごし、体が大きくなって出られなくなる。はじめのうちは外を眺め、急流を懸命に泳ぐメダカたちの不自由さを嘲り笑っていたが、岩屋が永遠の棲家(すみか)になったと知って狼狽し、悲嘆に暮れる。やがて1匹のカエルが岩屋の中に紛れ込む。すっかり性質の悪くなった山椒魚は、岩屋の出口をふさいでカエルを閉じ込めてしまう。山椒魚は、閉じ込めたカエルと1年間口論を続け、さらに1年経った今、2匹は岩屋の中で息をひそめて黙り込んでいる。

三四郎 〜夏目漱石

 熊本の高等学校を出て、大学へ入るために上京した小川三四郎。彼にとって、見るもの聞くものすべてが驚きの連続だった。彼の前に、同郷の先輩・野々宮、友人の佐々木、”偉大なる暗闇”と呼ばれる広田先生、里見美禰子らが現れる。三四郎は、美禰子に心ひかれるが、彼女は「無意識の偽善者(アンコンシアス・ヒポクリット)」という女性の”謎”を感じさせ、三四郎は迷わされ、傷つけられてしまう。結局、彼女は平凡で常識的な結婚に踏み切っていく。三四郎は、彼女から聞いた「迷羊(ストレイ・シープ)」という言葉を繰り返す。

潮騒〜三島由紀夫

 伊勢湾にある歌島は、人口1400、周囲が一里に満たない小さな島だ。18歳の漁師・新治は、ある日、浜で見知らぬ少女に出会った。彼女は船主・宮田照吉の末娘で、名前を初江といった。照吉の一人息子が昨年夭折したため、養女に出した娘を呼び戻し、島で婿取りをさせるという。それから4、5日した強風の日、山の観的哨跡で、新治は道に迷った初江と出会った。観的哨跡から見える景色を彼女に説明しているだけで幸福を感じた。しかしその後、村いちばんの家の息子・安夫が初江の入婿になるという噂を聞き落胆するが、初江は笑い飛ばす。彼らは初めて唇を交わす。

 二人が逢えるのは休漁の日、場所は観的哨跡。待ちわびたその日、早めに着いた新治は烈しい風と遠い潮騒の音の中で眠ってしまう。目を覚ました彼の前に、上半身あらわな初江がいた。観的哨跡から出て、寄り添う二人の姿が目撃され、村中に噂が広がり、新治と初江の仲は引き裂かれていった。そんなある日、照吉の船に新治は甲板見習として安夫とともに乗り込む。しかし台風に巻き込まれ、船とブイを結ぶワイヤーが切れてしまう。新治は危険を顧みず海に飛び込む。島に帰ると、照吉は娘の婿を新治と決めていた。安夫と新治を同じ船に乗せたのも、どちらが見所のある男かを見極めるためだった。

刺青 〜谷崎潤一郎

 江戸の刺青(ほりもの)師・清吉は、美しい女の肌に自分の魂を彫りこむことを念願していた。ある夏の夕方、駕籠の簾からこぼれ出た、まっ白な女の足に魅せられた。そして、その娘が姉芸者の使いで清吉宅を訪れたとき、清吉は中国・殷の暴君・紂王の寵妃が処刑される男を喜び眺めている絵などを見せる。娘の瞳は輝き、彼女の心中にひそむサディズムと悪魔性を知る。清吉は娘に麻酔薬をかがせて、その背にみごとな女郎蜘蛛を彫った。刺青が完成したとき、娘は、男を肥やしにして肉体を誇ろうとする妖婦の心になっていた。

春琴抄 〜谷崎潤一郎

 大阪・道修町の薬種商・鵙屋(もずや)の娘・琴は、9歳の時に失明したが、音曲の才にめぐまれ端麗な美女だった。4つ年上の奉公人・佐助は、琴が師匠のもとに通う際の手引き役を献身的に勤めるうち、みずからも琴から三弦の手ほどきを受け、琴にとってはなくてはならない相手となる。琴はやがて佐助と瓜二つの子を産んだが、佐助との関係を両親には強く否定する。子は里子に出され、琴は春琴と名乗って佐助と同棲し、音曲師匠としての生活に入る。佐助は春琴の弟子・使用人・恋人となり春琴のすべてに仕える。さる放蕩息子の求婚を強くはねつけた春琴は、ある夜、何者かに熱湯を浴びせられ、顔に火傷を負う。傷心の春琴をおもう佐助は、自分の眼を針で突き、再び春琴を視覚でとらえようとはしなかった。

清兵衛と瓢箪 〜志賀直哉

 清兵衛は12歳の小学生。瓢箪が大好きで、持っている瓢箪をしきりに磨いては、飽きずに眺めている。父は、「子供のくせに」と苦々しく思っていた。ある日、いつも見られない場所に、20ばかりの瓢箪が下げてあるのを発見し、その中に5寸ほどの、彼には震いつきたいほどいいのがあった。彼はそれを10銭で買う。それからはその瓢箪に夢中になり、授業中も磨いていて、とうとう担任の教員に見つかってしまう。教員は瓢箪を取りあげ、家へも注意をしに来る。父は清兵衛をさんざん殴り、瓢箪を一つ残らず割ってしまった。取りあげられた瓢箪は、教員から小使いの手に渡り、骨董屋で5円の値で売れた。小使いはそれを誰にも口外しなかったが、骨董屋がその瓢箪をさる豪家に600円で売ったことを知る由もない。清兵衛は今、絵を描くことに熱中している。父はしだいに絵にも小言を言い出してきている。

それから 〜夏目漱石

 長井代助は、かつて恋人の三千代を、義侠心から友人の平岡に譲った。しかし、その後も彼女への愛はますます深まるばかりで、そうした無意識の偽善に悔いた。そして、あくまで自己の自然に従って生きるのを第一と考えるようになり、”高等遊民”の生活を過ごしていた。平岡夫妻は大阪で失敗し、3年を経て帰京、しかも夫婦の間には亀裂さえ生じているのを知った代助。あらためて三千代への愛を自覚した彼は、三千代に胸の思いを告白、三千代は泣いてそれを受け入れる。しかし、自己の自然に従うこの行為は、周囲の常識や道徳への真っ向からの対立を意味し、不安にかられた代助は職を求めて炎天下の街頭に飛び出していく。

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た・な行

高瀬舟 〜森鴎外

 弟殺しの罪で高瀬舟に乗せられて島流しにされる喜助は、なぜか晴ればれとしている。護送の役目の同心・羽田庄兵衛はそれを不思議に思い、彼の心持ちを問うてみる。喜助は、島送りになったら食べさせてもらえる上に鳥目200文を頂戴して有難いと言う。聞けば、彼が犯した弟殺しというのは、自殺を図って死にきれず苦しんでいる弟に手を貸し死なせてやったということだった。庄兵衛は、喜助の安心立命の境地に感嘆し、いわゆる”安楽死”の問題に大きな疑問を持つ。

津軽 〜太宰治

 戦争が激しさを増すなか、30歳半ばになった”私”は、ふるさとを見ておきたいとの思いから、ある年の春、津軽半島1周の旅をする。あちらこちらの土地で、旧友・恩人をはじめ多くの津軽の人々との心温まる出会いがあった。とりわけこの旅の最終地・小泊(こどまり)で、昔の子守りだった”たけ”と再会する。そして昔と変わらない「強くて不遠慮な愛情」を示す”たけ”に対し、「ああ、私はたけに似ている」と実感する。

人間失格 〜太宰治

 3つの手記からなる。「第一の手記」では、主人公・大庭葉蔵が、成長する間に経験した人間に対する恐怖を語り、人間不信を示す。「第二の手記」では、画学生の堀木に左翼思想と淫売婦を教えられた葉蔵が、銀座の女給と心中をはかって彼だけが助かるいきさつを、「第三の手記」では、たばこ屋の娘ヨシ子を内縁の妻にするが、彼女の情事の現場を見て煩悶、やがて麻薬中毒となり、友人たちによって脳病院へ入れられるまでを述べる。

野菊の墓 〜伊藤左千夫

 おもな舞台は、千葉県松戸に近い矢切村。旧家の子供・政夫は、家事手伝いにきた2歳年上の従姉の民子と親しくなる。しかし、年ごろの娘であり、周囲の人間も心配したり妬んだりで、母もまた気にかけて二人に注意したりする。ある秋の日、二人は家の用事で綿摘みに出かけて二人だけの時間を過ごす。しかし、帰りが随分遅くなったため、怒った母は政夫を東京の学校の寄宿舎に早めに帰し、民子は自分の家へ帰される。民子は強いられて他家に嫁に行き、流産で命を落としてしまう。死んだ民子の左手には、紅絹(もみ)のきれに包んだ政夫の写真と手紙が堅く握られていた。民子の墓の周りには、好きだった野菊の花が茂っていた。

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は行〜

破戒 〜島崎藤村

 被差別部落出身の青年教師・瀬川丑松は、「素性を隠せ」という父親の戒めを守りつつ世に出た。しかし彼の自我は、隠さなければ生きていけない社会の不合理を疑い、煩悶する。同族の先輩で先進的な思想家・猪子蓮太郎は、堂々と素性を明かして不当な偏見や差別と闘っている。丑松は自己の偽りにさいなまれ苦悩を深めるものの、告白する勇気を持つことができない。やがて猪子が闘いのなかで横死する。近代精神を自覚した丑松はここに至り、決然として父の戒めを破って生徒たちの前で告白する。そして、生徒、友人、思慕する志保らに見送られ、新天地を求めてテキサスに旅立っていく。

〜芥川龍之介

 池尾の高僧・禅智内供は、人並みはずれた長鼻の持ち主で、鼻ゆえに傷つく自尊心に苦しんでいる。さまざまに手を尽くした末、ようやく鼻を縮めるのに成功するが、前にも増して人々の冷笑を買う。ある夜、鼻は水気をふくんで元通りに長くなったが、内供の心はかえって晴ればれとする。

富嶽百景 〜太宰治

 師・井伏鱒二の仲介で、高等女学校教師の石原美知子と見合いし、結婚する前後のことを綴った作品。
 昭和13年の初秋、思いを新たにする覚悟で、私は富士山麓へ旅した。御坂峠にある天下茶屋という小さな茶店に滞在し、三ツ峠・甲府から、また、月夜・初雪のときなどさまざまな富士の姿を見た。そして、富士の山と立派に相対峙し、けなげにすっくと立っていた月見草を見て感動する。

蒲団 〜田山花袋

 主人公の竹中時雄は、34、5歳のくたびれかけた文学者。生活は単調で、家庭は子供が3人もあり、もはや新婚の甘い夢も覚め果てた。不満だらけの彼は、おりしも自分を慕ってやって来た若い女弟子・芳子にひそかに恋をする。しかし生来自意識が強く、万事に惑溺することができない。彼女に恋人ができると、嫉妬で煩悶し仲を裂こうとするが、結局彼女は父親に引き取られ去っていく。彼は芳子の蒲団に顔をうずめながら、思いを慰める。

舞姫 〜森鴎外

 法制調査の任でドイツに派遣されたエリート官吏・太田豊太郎は、自由の空気にふれて自我に目覚め、舞姫エリスと恋愛し、その生き方を変えていった。そのために解職された彼はエリスとともに暮らし、ささやかな幸せを得ていたが、親友・相沢のはからいで日本に復帰する機会をあたえられた。彼はエリスを捨てて、官吏の道を生きるべく帰国する。すでに身ごもっていたエリスは豊太郎の裏切りを知って発狂、帰国途上の彼は苦悩する。

武蔵野夫人 〜大岡昇平

 武蔵野の一角「はけ」に住む人妻道子と、復員してきた従弟の勉との間に恋が芽生える。しかし、道子の心にある家庭的な道徳心から、その関係を「誓い」以上に発展させることができない。けっきょく、道子は自殺をはかり、勉の名を呼びつつ死んでいく。

雪国 〜川端康成

 トンネルの向こうの雪国という幻想的な舞台。無為徒食の主人公・島村は、上越の温泉町の芸者・駒子にひかれて通う。駒子は許婚者の療養費を稼ぐために芸者となったのだが、許婚者を愛してはいない。彼女は悲運にめげることなく、純粋な生を感性のおもむくまま生きている。死が近い許婚者を愛しているのは、実は駒子の妹・葉子だった。島村は、葉子の美しい声とひたむきな生き方の美にもひかれるが、3回の逗留で駒子との交情はいっそう深まる。しかし、美的なものを損なうのを恐れ、彼は駒子と生活的な関係をもとうとはしない。

夜明け前 〜島崎藤村

 作者の故郷、中仙道の木曾・馬籠宿がおもな舞台。父・島崎正樹(作品では青山半蔵)の生涯をたどりながら、明治維新前後のあわただしい世相を描いた作品。主人公の半蔵は、馬籠宿で17代続いた本陣・庄屋の当主だが、平田派の国学に心酔し、尊皇攘夷への激情をおさえかねていた。やがて明治維新を迎え、待ち望んだ王政復古の実現を信じて歓喜する。しかし、文明開化を急ぐ時潮に理想を裏切られた半蔵は、絶望のあまり彷徨をたどり、憂悶のはてに狂人となり、座敷牢の中で56歳の生涯を終える。

羅生門 〜芥川龍之介

 時は平安末期、荒廃した京都の、すでに墓場と化した羅生門が舞台。かつて蛇の切身を干し魚と偽って売り歩いた女、その女の死体から髪の毛を引き抜いて鬘(かつら)にしようとする老婆、そして、主家を追われ、老婆の着衣をはいで遁走する下人が登場する。

路傍の石 〜山本有三

 愛川吾一は貧しい家庭に育ち、小学校を出ると呉服屋へ奉公に出される。父・庄吾は武士だった昔の習慣からか働くことを嫌い、母おれんが封筒貼りや呉服屋の仕立物などをして生計をたてていた。吾一は中学進学を希望していたが、母の苦労を見てあきらめる。その後、下宿屋の小僧、おとむらいかせぎ、文選見習工などの職を転々とする生活を通して、社会の矛盾を感じ、悩みながら成長していく。

吾輩は猫である 〜夏目漱石

 生まれて間もなく捨てられた名もない吾輩(猫)が、苦沙弥先生の家に転がり込む。人間は不徳なものだと車屋の”黒”から教えられた吾輩は、人間観察を鋭くする。主人の門下生・寒月、美学者の迷亭、詩人の東風などがやって来ては太平楽や俗世間に対する攻撃などを並べて語り、さまざまな人間模様が垣間見える。最後に吾輩は水がめに落ち、南無阿弥陀仏を唱えながら死んでいく。

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有名作品の冒頭文

「たけくらべ」〜樋口一葉 
 
廻れば大門の見かへり柳いと長けれど、おはぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、明暮れなしの車の往来にはかり知らぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申しき。

「山椒大夫」〜森鴎外 
 
越後の春日を経て今津へ出る道を、珍らしい旅人の一群れが歩いている。母は三十歳を踰えたばかりの女で、二人の子供を連れている。姉は十四、弟は十二である。

「高瀬舟」〜森鴎外 
 
高瀬舟は京都の高瀬川を上下する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞いをすることが許された。それから罪人は高瀬舟に載せられて、大阪へ回されることであった。

「吾輩は猫である」〜夏目漱石 
 
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
 どこで生まれたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていたことだけは記憶して居る。

「坊っちゃん」〜夏目漱石 
 
親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりして居る。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かしたことがある。

「草枕」〜夏目漱石 
 
山路を登りながらこう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。

「三四郎」〜夏目漱石 
 うとうととして目がさめると女はいつのまにか、隣のじいさんと話を始めている。このじいさんはたしかに前の前の駅から乗ったいなか者である。

こころ」〜夏目漱石 
 私はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。

「夜明け前」〜島崎藤村 
 
木曽路はすべて山の中である。

「杜子春」〜芥川龍之介 
 
ある春の日暮です。唐の都洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。

「羅生門」〜芥川龍之介 
 
ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。広い門の下にはこの男の外には誰もいない。唯、所々丹塗の剥げた、大きな円柱に、蟋蟀(きりぎりす)が一匹とまっている。

「トロッコ」〜芥川龍之介 
 
小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まったのは、良平が八つの年だった。良平は毎日村外れへ、その工事を見物に行った。

「野菊の墓」〜伊藤左千夫 
 後の月という時分が来ると、どうも思わずには居られない。幼い訣とは思うが何分にも忘れることが出来ない。もはや十年余も過去った昔のことであるから、細かい事実は多くは覚えて居ないけれど、心持だけは今なお昨日の如く、その時の事を考えてると、全く当時の心持に立ち返って、涙が留めどなく湧くのである。

「銀河鉄道の夜」〜宮沢賢治 
 「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、みんなに問をかけました。

「小さき者へ」〜有島武郎 
 お前たちが大きくなって、一人前の人間に育ち上った時、――その時までお前たちのパパは生きているかいないか、それは分らない事だが――父の書き残したものを繰拡げて見る機会があるだろうと思う。

「雪国」〜川端康成
 
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。

「田舎教師」〜田山花袋 
 
四里の道は長かった。其間に青縞の市の立つ羽生の町があった。田圃にはげんげが咲き、豪家の垣からは八重桜が散りこぼれた。赤い蹴出しを出した田舎の姐さんがおりおり通った。

「二十四の瞳」〜壺井栄 
 十年をひと昔というならば、この物語の発端は今からふた昔半もまえのことになる。世の中のできごとはといえば、選挙の規則があらたまって、普通選挙法というのが生まれ、二月にその第一回の選挙がおこなわれた、二か月後のことになる。

「富嶽百景」〜太宰治 
 富士の頂角、広重の富士は八十五度、文晁の富士も八十四度くらゐ、けれども、陸軍の実測図によつて東西及南北に断面図を作つてみると、東西縦断は頂角、百二十四度となり、南北は百十七度である。

「人間失格」〜太宰治 
 私は、その男の写真を三葉、見たことがある。
 一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定される頃の写真であって、その子供が大勢の女のひとに取りかこまれ、(それは、その子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹たちかと想像される)庭園の池のほとりに、荒い縞の袴をはいて立ち、首を三十度ほど左に傾け、醜く笑っている写真である。

「伊豆の踊子」〜川端康成 
 道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。

「金閣寺」〜三島由紀夫 
 
幼時から父は、私によく、金閣のことを語った。
 私の生れたのは、舞鶴から東北の、日本海へ突き出たうらさびしい岬である。父の故郷はそこではなく、舞鶴東郊の志楽である。懇望されて、僧籍に入り、辺鄙な岬の寺の住職になり、その地で妻をもらって、私という子を設けた。

「屋根の上のサワン」〜井伏鱒二 
 
おそらく気まぐれな狩猟家か悪戯ずきな鉄砲うちかゞ狙ひ撃ちにしたものに違ひありません。私は沼地の岸で一羽の雁が苦しんでゐるのを見つけました。雁はその左の翼を自らの血潮でうるほし、満足な右の翼だけを空しく羽ばたきさして、水草の密生した湿地で悲鳴をあげてゐたのです。

「山椒魚」〜井伏鱒二
 山椒魚は悲しんだ。彼は彼の棲家である岩屋から外へ出てみようとしたのであるが、頭が出口につかえて外に出ることができなかったのである。今はもはや、彼にとって永遠の棲家である岩屋は、出入口のところがそんなに狭かった。そして、ほの暗かった。強いて出て行こうとこころみると、彼の頭は出入口を塞ぐコロップの栓となるにすぎなくて、それはまる二年の間に彼の体が発育した証拠にこそはなったが、彼を狼狽させかつ悲しませるには十分であったのだ。

「風立ちぬ」〜堀辰雄
 それらの夏の日々、一面に薄の生い茂った草原の中で、お前が立ったまま熱心に絵を描いていると、私はいつもその傍らの一本の白樺の木陰に身を横たえていたものだった。

「恩讐の彼方に」〜菊池寛
 市九郎は、主人の切り込んで来る太刀を受け損じて、左の頬から顎へかけて、微傷ではあるが、一太刀受けた。自分の罪を――たとえ向こうから挑まれたとはいえ、主人の寵妾と非道な恋をしたという、自分の致命的な罪を、意識している市九郎は、主人の振り上げた太刀を、必至な刑罰として、たとえその切先を避くるに努むるまでも、それに反抗する心持は、少しも持ってはいなかった。

読書でストレス解消!

 ストレス解消に最も効果があるのは、カレーを食べることと読書することだそうですよ。カレーを食べるとクルクミンという成分が血液の流れを活発にしてくれるから。それでは読書はなぜストレス解消に効果的なのか?

 まずは、読書とは本の世界に入っていくことであり、脳の中を別の世界にしてしまうという仮想体験である。その別世界に浸ることで、現実の様々な負の感情や思考をいったん脳の中から追い出すことができる。そして、本を読んで想像することで、実際に経験したときのように脳が活性化する。実験で読書中の脳の様子をMRIで観察したところ、脳内に新しい神経回路さえ生まれたといいますから驚きです。

 テレビや映画では決してそんな現象は起きないそうです。テレビや映画で得られるのは、あくまで受身的情報であるのに対し、読書は自ら読む能動的行為ですからね。文字を捉えて文脈や行間を読み、さらにはイメージに変換する。そうした作業が活性化につながる。

 ただし、これは脳にとってけっこう負荷のかかる作業ですからね。あくまで自分なりのペースでこなしていく。ここんとこが肝心だろうと思います。だって同じ文字を読むのに、たとえば国語の試験の長文問題を読むときなど、ストレスの極致に至ってしまいますもんね。

名作のあらすじ