万葉集【巻第八】

 巻第八は、四季に分類された雑歌と相聞歌からなっています。舒明朝〜天平十六年までの歌で、作者群は巻第四とほぼ同じです。
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1418 志貴皇子(しきのみこ)の歌

(いは)ばしる垂水(たるみ)の上のさ蕨(わらび)の萌え出づる春になりにけるかも

【意味】
 岩の上を勢いよく流れる滝のほとりに、わらびがやわらかに芽吹いている。ああ、春になったのだなあ。

【説明】
 巻八の巻頭歌で、志貴皇子(716年没)のよろこびの御歌とあります。雪解けの水かさが増した滝のほとりに、わらびが芽吹いているのを発見し、長い間待ち焦がれた春の訪れを喜んでいる歌ですね。「石ばしる」は「垂水」にかかる枕詞。
 志貴皇子は天智天皇の皇子で光仁天皇の父にあたります。『万葉集』に6首の歌を残し、哀感漂う歌が多く、すぐれた歌人との評価が高い人です。

 斉藤茂吉は、この歌について次のように評しています。「この歌は、志貴皇子の他の御歌同様、歌調が明朗・直線的であって、しかも平板に堕ちることなく、細かい顫動(せんどう)を伴いつつ荘重なる一首となっているのである。御よろこびの心が即ち、『さ蕨の萌え出づる春になりにけるかも』という一気に歌いあげられた句に象徴せられているのであり、小滝のほとりの蕨に主眼をとどめられたのは、感覚が極めて新鮮だからである。この『けるかも』と一気に詠みくだされたのも、容易なるが如くにして決して容易なわざではない」。

1420 駿河采女(するがのうねめ)の歌

沫雪(あはゆき)かはだれに降ると見るまでに流らへ散るは何の花ぞも

【意味】
 沫雪がはらはらと降るかと見えるばかりに、流れ散るのは何の花でしょうか。

【説明】
 駿河采女は駿河出身の采女ながら、伝未詳。

1421・1422 尾張連(をはりのむらじ)の歌

1421
春山の咲きのををりに春菜つむ妹が白紐(しらひも)見らくしよしも
1422
うちなびく春来るらし山の際(ま)の遠き木末(こぬれ)の咲きゆく見れば

【意味】
〈1421〉春山の桜が咲き満ちている下で、若菜を摘んでいる乙女らの、風にひるがえる白い紐を見ているのはうれしいことだよ。

〈1422〉もう春が来ているらしい。山間の遠くまで続く木立に、昨日も今日も花が咲いていくのを見ると・・・。

【説明】
 「うちなびく」は「春」にかかる枕詞。作者は尾張連とあり、「尾張」が氏で、名前は不明。「連」は姓(かばね)の一つで、八姓の第7番目。

1423 安倍広庭の歌

去年(こぞ)の春いこじて植ゑし我がやどの若木の梅は花咲きにけり

【意味】
 去年の春によそから移し植えた我が家の若い梅の木が、今年の春花を咲かせたよ。

【説明】
 安倍広庭(あべのひろにわ・659〜732年)。伊予守・宮内卿・左大弁などを歴任し、727年に中納言に就任。万葉集に4首残しています。

1424・1425 山部赤人の歌

1424
春の野にすみれ採(つ)みにと来しわれぞ野をなつかしみ一夜寝にける
1425
あしひきの山桜花(やまさくらばな)日並べてかく咲きたらばいたく恋ひめやも

【意味】
〈1424〉春の野にすみれを摘もうとやって来たが、野の美しさに心惹かれ、一晩過ごしてしまったよ。

〈1425〉山桜が連日咲き続けるなら、こんなに恋うことがあろうか。

【説明】
 山部赤人は奈良時代の初期から中期にかけて作歌がみとめられる宮廷歌人(生没年未詳)。『古今集』仮名序には、高く評価される赤人の代表作として、1424の歌が挙げられています。

1426・1427 山部赤人の歌

1426
わが背子(せこ)に見せむと思ひし梅の花それとも見えず雪の降れれば
1427
明日よりは春菜(はるな)摘まむと標(し)めし野に昨日も今日も雪は降りつつ

【意味】
〈1426〉あなたに見せようと思った梅の花なのに、それとも分からない、雪が降っているので・・・。

〈1427〉明日から春菜を摘もうとしめなわを結っておいた野に、昨日も今日も雪が降り続いている。

【説明】
 山部赤人は奈良時代の初期から中期にかけて作歌がみとめられる宮廷歌人(生没年未詳)で、旅人・憶良より少しおくれ、虫麻呂とほぼ同時期の人です。古くから人麻呂と並び称せられ、とくに自然を詠じた叙景歌にすぐれているとされます。
 1426の「わが背子」という表現は、ふつう女性が男性に対して親しみを込めて呼ぶ言葉ですが、ここでは男性から男性に呼びかけています。

926・927 山部赤人の歌

926
やすみしし 我ご大君(おほきみ)は み吉野の 秋津の小野の 野の上(へ)には 跡見(とみ)据ゑ置きて み山には 射目(いめ)立て渡し 朝狩(あさがり)に 獣(しし)踏み起し 夕狩に 鳥踏み立て 馬並めて 御狩(みかり)ぞ立たす 春の茂野(しげの)
927
あしひきの山にも野にも御狩人(みかりひと)さつ矢手挾み騒(さわ)きてあり見ゆ

【意味】
〈926〉安らかに天下をお治めになるわが天皇は、吉野の秋津野の辺に、鳥獣の足跡を探す人を置き、山にはずっと獣を待ち伏せ、弓を射る人を置き、朝狩りには寝ている鹿を踏み立たし、夕狩りにはねぐらの鳥を踏み立たし、馬を並べて狩りをなさることだ、草木の茂る春の野に。

〈927〉山にも野にもいっぱいに、天皇のお狩りの狩人が矢を手挟み、あちらこちらに入り乱れている。それがここから見える。

【説明】
 「秋津野」は古い狩猟地でありました。926の「やすみしし」は「我が大君」にかかる枕詞。927の「あしひきの」は「山」にかかる枕詞。

1429 若宮年魚麿(わかみやのあゆまろ)の歌

娘子(をとめ)らが かざしのために 風流士(みやびを)の かづらのためと 敷きませる 国のはたてに 咲きにける 桜の花の にほひはもあなに

【意味】
 少女の飾りのため、風流な人の髪飾りのためにと、天皇が治めていらっしゃる国のいたるところに咲いている桜の花の、何と美しいことよ。

【説明】
 桜を髪飾りにするのは、花が持っている生命力を人間に転移させる呪的な行為だったといいます。

1431 山部赤人の歌

百済野(くだらの)の萩(はぎ)の古枝(ふるえ)に春待つと居(を)りし鶯(うぐひす)鳴きにけむかも

【意味】
 百済野の萩の古枝に春の訪れを待っていたウグイスは、もう鳴き始めているだろうか。

1433 大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)の歌

うち上る佐保(さほ)の川原(かはら)の青柳(あをやぎ)は今は春へとなりにけるかも

【意味】
 さかのぼっていくと、佐保の川原の青柳が、もうすっかり春の風情となっていますねえ。

【説明】
 佐保川は奈良市北郊を流れる川で、初瀬川に合流する。
 作者の大伴坂上郎女は、奈良時代初期〜中期の人(生没年不明)で、大伴旅人の異母妹。13歳ごろに穂積皇子に嫁し寵愛を受けますが、皇子の死後、藤原不比等の子・麻呂の恋人となります。後に異母兄・大伴宿奈麻呂(おおとものすくなまろ)の妻となり、生んだ娘の一人、大伴坂上大嬢が家持の妻となりました。恋多き女性?として数々の男性との相聞歌を残し、『万葉集』には女性としては最も多くの歌が収録されています。

1434 大伴三林の歌

霜雪(しもゆき)もいまだ過ぎねば思はぬに春日(かすが)の里に梅の花見つ

【意味】
 霜や雪もまだ消えていないのに、思いがけず春日の里で梅の花を見たよ。

1435 厚見王の歌

(かはず)鳴く神名火川(かむなびがは)に影見えて今か咲くらむ山吹の花

【意味】
 蛙の鳴く甘南備河に影を映して、今は咲いているだろうか、山吹の花は。

【説明】
  斉藤茂吉は、この歌を「こだわりのない美しい歌である」として、「この歌が秀歌としてもてはやされ、六帖や新古今に載ったのは、流麗な調子と、『かげ見えて』、『今か咲くらむ』という、いくらか後世ぶりのところがあるためで、これが本歌になって模倣せられたのは、その後世ぶりが気に入られたものである。『逢坂の関の清水にかげ見えて今や引くらむ望月の駒』(拾遺・貫之)、『春ふかみ神なび川に影見えてうつろひにけり山吹の花』(金葉集)等の如くに、その歌調なり内容なりが伝播している」と述べています。
 作者の厚見王は続紀に、天平勝宝元年に従五位下を授けられ、天平宝字元年に従五位上を授けられたことが記されています。

1436 大伴村上(おほとものむらかみ)の歌

含めりと言ひし梅が枝(え)今朝降りし沫雪(あわゆき)にあひて咲きにけむかも

【意味】
 つぼみが膨らんだといっていた梅の枝は、今朝の沫雪にあって咲いただろうか。

1438 大伴駿河麿(おほとものするがまろ)の歌

(かすみ)立つ春日(かすが)の里の梅の花はなに問はむとわが思はなくに

【意味】
 霞が立ち込めている春日の里の梅の花よ、私は花を求めて訪れたのであって、邪心などありませんよ。

【説明】
 想い人が近くに住んでいるのでしょう。純粋に花を見に来たのだと言い訳をしています。

1439 中臣武良自(なかとみのむらじ)の歌

時は今は春になりぬとみ雪降る遠き山辺(やまへ)に霞(かすみ)棚引(たなび)

【意味】
 季節は今こそ春になった。まだ雪が残る遠い嶺にも霞がたなびいている。

1440 河辺東人(かはべのあづまひと)の歌

時は今は春になりぬとみ雪降る遠き山辺(やまへ)に霞(かすみ)棚引(たなび)

【意味】
 春雨がしくしくと降っている。高円の桜は今ごろどうなっているだろうか。

1441・1446 大伴家持の歌

1441
うち霧(き)らし雪は降りつつしかすがに吾家(わぎへ)の園(その)に鶯(うぐひす)鳴くも
1446
春の野にあさる雉(きぎし)の妻恋ひにおのがあたりを人に知れつつ

【意味】
〈1441〉大空を霞ませるように雪が降りしきる。でも、我が家の庭には、春の到来を告げるかのようにウグイスが鳴いている。

〈1446〉春の野に餌をあさる雉は、妻を慕って鳴き、自分の居場所を狩人に知られてしまっている。

【意味】
 家持の最初期の作。天平4年(732年)ころ。

1442 丹比屋主真人(たぢひのやぬしのまひと)の歌

難波辺(なにはへ)に人の行ければ後(おく)れ居て春菜(わかな)(つ)む児(こ)を見るがかなしさ

【意味】
 難波の行幸に人がついていってしまったので、後に残った女たちが若菜を摘んでいる光景は、何となく寂しいな。

【説明】
 いつもなら男女入り交じって賑やかにやっているのに、男たちはみな難波へ行ってしまった。女だけの光景に、何がしか寂しさといとしさを感じています。

1444 高田女王(たかたのおほきみ)の歌

山吹(やまぶき)の咲きたる野辺(のべ)のつぼすみれこの春の雨に盛りなりけり

【意味】
 ヤマブキの咲いている野原のほとりに、ツボスミレが咲いている。この春雨のなか、まさに花盛りです。

【説明】
 ヤマブキの黄色とツボスミレの淡い紫色。微妙な色彩感のある風景とやわらかい春の雨を取り合わせた美しい歌ですね。

1445・1447 大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)の歌

1445
風 交(まじ)り雪は降るとも実にならぬ吾家(わぎへ)の梅を花に散らすな
1447
平常(よのつね)に聞くは苦しき呼子鳥(よぶこどり)こゑなつかしき時にはなりぬ

【意味】
〈1445〉風混じりの雪が降っても、まだ実になっていないわが家の梅を、花のままで散らさないでください。

〈1447〉普段なら、身につまされて苦しいはずの呼子鳥の声も、なつかしく聞かれる春になったことよ。

【説明】
 1445は、娘の坂上二嬢(さかのうえのおといらつめ)のことを梅の花にたとえて詠んだ歌とされます。1447は、天平4年3月、佐保の宅(いえ)で詠んだ歌。「佐保の宅」は、作者の父・大伴安麿の宅。

1449 大伴田村大嬢(おほとものたむらのおほをとめ)の歌

茅花(ちばな)抜く浅茅(あさぢ)が原のつぼすみれいま盛りなりわが恋(こ)ふらくは

【意味】
 茅花(つばな)を抜いて春のご馳走にする浅茅が原のツボスミレは、今が盛りです。あなたに恋する私も。

1450 大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)の歌

(こころ)ぐきものにそありける春霞(はるがすみ)たなびく時に恋の繁(しげ)きは

【意味】
 うっとうしいものです、春霞がたなびく頃に、恋心がしきりに生れてくるのは。

1452 紀女郎の歌

(やみ)ならばうべも来まさじ梅の花咲ける月夜(つくよ)に出(い)でまさじとや

【意味】
 闇ならば、こちらに来られないのも当然でしょう。でも、梅の花が咲いている月夜にも、おいでにならないつもりですか。

【説明】
 相手の男が訪ねて来ないことに不満を述べた、女性の恨みの歌です。

1456・1457 藤原広嗣と娘子の歌

1456
この花の一枝(ひとよ)のうちに百種(ももくさ)の言(こと)そ隠れるおほろかにすな
1457
この花の一枝(ひとよ)のうちは百種(ももくさ)の言(こと)持ちかねて折(を)らえけらずや

【意味】
〈1456〉この花の一枝には、数え切れないほど私の思いがこもっている。だから、おろそかにしてはいけない。

〈1457〉この花の一枝は、あまりに多い言葉の重さに耐えかねて、折れてしまったではありませんか。

【説明】
 1456は、娘子にちょっかいを出した藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)の歌。1457は、それを軽くいなした?娘子の歌です。
 藤原広嗣は、万葉集にこの1首のみです。天平12年(740年)、聖武天皇の失政のもとは僧玄肪と吉備真備にあると、9月、筑紫にて挙兵(藤原広嗣の乱)、1万騎を率いて朝廷軍と戦いましたが捕えられ、11月に謀殺されました。

1460〜1463 大伴家持と紀女郎の歌

1460
戯奴(わけ)がため我が手もすまに春の野に抜ける茅花(ちばな)そ食(を)して肥えませ
1461
昼は咲き夜は恋ひ寝(ぬ)る合歓木(ねぶ)の花君のみ見めや戯奴(わけ)さへに見よ
1462
我が君に戯奴(わけ)は恋ふらし賜(たば)りたる茅花(ちばな)を喫(ほ)めどいや痩(や)せに痩す
1463
我妹子が形見の合歓木(ねぶ)は花のみに咲きてけだしく実にならじかも

【意味】
〈1460〉あなたのために私がせっせと春の野で摘んだ茅花です。心して食べておふとりなさい。

〈1461〉昼に咲いて、夜は恋いつつ眠る合歓(ねむ)の木の花を、家のあるじだけが見ていていいものでしょうか、あなたも一緒に見ましょうよ。

〈1462〉あなたのことを私は恋しいようです。頂いた茅花を食べても、あなたが恋しくてますます痩せていきます。

〈1463〉あなたが送ってきた形見の合歓の木は、花ばかり咲いて、たぶん実はならないのでしょうね。

1466 志貴皇子の歌

神奈備(かむなび)の磐瀬(いはせ)の杜(もり)のほととぎすならしの岳(をか)に何時(いつ)か来鳴かむ

【意味】
 神奈備の岩瀬の森で鳴いているほととぎすよ、自分の住んでいるならしの岡には一向に声が聞こえないが、いつになったら来て鳴いてくれるのか。

【説明】
 「神奈備」は飛鳥の神奈備ではなく竜田の神奈備で、その南方に岩瀬の森がある。「ならし(毛無)の岡」については不祥。

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歌人ピックアップ

志貴皇子
 天智天皇の皇子で、藤原京時代に活躍(?〜715/716)。光仁天皇の父で、追尊して春日宮天皇、また田原天皇とも。湯原王の父でもあるが、持統朝には不遇であった。作品は短歌6首で少ないが、明快、流麗なリズムと新鮮さがあり、繊細な面も認められる。皇子の死を悼む笠金村の挽歌が巻2に収録されている。この題詞が715年没と伝え、『続日本紀(しょくにほんぎ)』が716年没としている。
 
大伴坂上郎女
 奈良時代初期〜中期の人(生没年不明)で、大伴旅人の異母妹。13歳ごろに穂積皇子に嫁し寵愛を受けたが、皇子の死後、藤原不比等の子・麻呂の恋人となる。後に異母兄・大伴宿奈麻呂(おおとものすくなまろ)の妻となり、生んだ娘の一人、大伴坂上大嬢が家持の妻となった。恋多き女性?として数々の男性との相聞歌を残し、『万葉集』には女性としては最も多くの歌が収録されている。
 
紀女郎
 名は小鹿(おしか)。志貴皇子または川島皇子の孫といわれる安貴(あきのおおきみ)の妻。天平12年(740年)の恭仁京遷都前後に、大伴家持と歌を贈答する。遷都後早い時期に新京に仮住居を建てていることが知られ、女官だったかと推測される。家持との関係は程なく解消されたらしい。万葉集巻四・八に計12首の歌が収められている。

関連知識

万葉人の季節感
 
(1〜3月)
ウメ・モモ・ツバキ・スミレ・アシビ・サクラ・ツツジ・ウグイス・キザシ・サワラビ・春雨・霞
 
(4〜6月)
フジ・アヤメグサ・ユリ・ウノハナ・カキツバタ・ホトトギス・ヒグラシ
 
(7〜9月)
ナデシコ・オミナエシ・ハギ・モミジ・ススキ・サネカズラ・ツルハミ・シカ・七夕・秋風・時雨
 
(10〜12月)
ヤマタチバナ・ササ・マツ・雪・霜・新年

序詞の用例

下線部が序詞で、太字がそれに導かれた語。
 
秋づけば尾花が上に置く霜の (け)ぬべくも吾は思ほゆるかも(巻8-1564)
 
秋の田の穂の上に置ける白露の ぬべくも吾は思ほゆるかも(巻10-2246)
 
秋の田の穂向きの寄れること寄りに 君に寄りなな事痛かりとも(巻2-114)
 
秋山の樹の下隠り行く水の われこそ益さめ御思ひよりは(巻2-92)
 
朝影にわが身はなりぬ 韓衣裾の あはずて久しくなれば(巻11-2619)
 
朝霞鹿火屋が下に鳴く河蝦(かはず) だに聞かばわれ恋ひめやも(巻10-2265)
 
安積山影さへ見ゆる山の井の 浅き心をわが思はなくに(巻16-3807)
 
朝びらき入り江漕ぐなる楫(かぢ)の音の つばらつばらに吾家し思ほゆ(巻18-4065)
 
蘆垣(あしがき)の中のにこ草 にこよかにわれと笑まして人に知らゆな(巻11-2762)
 
あしひきの山菅の根の ねもころにわれはぞ恋ふる君が姿に(巻12-3051)
 
あしひきの山橘の 色に出でてわが恋ひなむを人目難みすな(巻11-2767)
 
あしひきの山に生ひたる菅の根の ねもころ見まくほしき君かも(巻4-580)
 
葦辺(あしべ)より満ち来る潮の いやましに思へか君が忘れかねつる(巻4-617)
 
明日香河(あすかがは)川淀さらず立つ霧の 思ひ過ぐべき恋にあらなくに(巻3-325)
 
天地を照らす月日の 極みなくあるべきものを何をか思はむ(巻20-4486)
 
青山を横切る雲の いちしろくわれと咲(ゑ)まして人に知らゆな(巻4-688)
 
伊勢の白水郎(あま)の朝な夕なに潜(かづ)くとふ鰒(あはび)の貝の 片思ひにして(巻11-2798)
 
伊勢の海の磯もとどろに寄する波 恐(かしこ)き人に恋ひわたるかも(巻4-600)
 
石上布留(いそのかみふる)の早稲田の には出でず心のうちに恋ふるこのごろ(巻9-1768)
 
鶯(うぐひす)の通ふ垣根の卯の花の 厭(う)き事あれや君が来まさぬ(巻10-1988)
 
奥山の八峰(やつを)の椿(つばき) つばらかに今日は暮さね丈夫(ますらを)のとも(巻19-4152)
 
大原のこの市柴(いつしば)の 何時(いつ)しかとわが思ふ妹に今夜逢へるかも(巻4-513)
 
大船の香取の海に碇(いかり)おろし 如何なる人か物思はざらむ(巻11-2436)
 
思ひ出づる時は術なみ 佐保山に立つ雨霧の ぬべく思ほゆ(巻12-3036)
 
風をいたみ甚振(いたぶ)る波の 間無くわが思ふ君は相思ふらむか(巻11-2736)
 
かにかくにものは思はじ 飛騨人の打つ墨縄(すみなは)の ただ一道(ひとみち)(巻11-2648)
 
河の上のいつ藻の花の 何時(いつ)も何時も来ませわが背子時じけねやも(巻4-491)
 
紀の国の飽等(あくら)の浜の忘れ貝 われは忘れじ年は経ぬとも(巻11-2795)
 
君が着る三笠の山に居る雲の立てば 継がるる恋もするかも(巻11-2675)
 
柵越しに麦食む小馬の はつはつに相見し子らしあやに愛しも(巻14-3537)
 
巨勢山のつらつら椿(つばき) つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を(巻1-54)
 
五月山花橘にほととぎす 隠らふ時に逢へる君かも(巻10-1980)
 
わが齢(いのち)の衰へぬれば 白栲(しろたへ)の袖の なれにし君をしぞ思ふ(巻12-2952)
 
住吉の浜に寄るとふうつせ貝 実なき言もちわれ恋ひめやも(巻11-2797)
 
滝の上の三船の山に居る雲の 常にあらむとわが思はなくに(巻3-242)
 
多麻川に曝(さら)す手作り さらさらに何ぞこの児のここだ愛しき(巻14-3373)
 
玉くしげみむろの山のさなかづら さ寝ずはつひにありかつましじ(巻2-94)
 
たらちねの母が養ふ蚕(こ)の繭隠(まよこも)り いぶせくもあるか妹に逢はずして(巻12-2991)
 
千鳥鳴く佐保の河瀬のさざれ波 止む時もなしわが恋ふらくは(巻4-525)
 
慰むる心はなしに 雲隠り鳴き行く鳥の (ね)のみし泣かゆ(巻5-898)
 
春さればすがるなる野のほととぎす ほとほと妹に逢はず来にけり(巻10-1979)
 
春さればまづ三枝(さきくさ)の (さき)あらば後も逢はむな恋ひそ吾妹(わぎも)(巻10-1895)
 
見れど飽かぬ吉野の河の常滑(とこなめ)の 絶ゆることなくまた還り見む(巻1-37)
 
もののふの八十(やそ) うぢ川の網代木にいさよふ波行く方知らずも(巻3-264)
 
をとめらが袖 布留山の瑞垣(みづかき)の 久しき時ゆ思ひきわれは(巻4-501)
 
をみなへし咲く沢に生ふる花かつみ かつても知らぬ恋もするかも(巻4-675)