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孔子の窮地

 孔子の次のような言葉があります。「君(きみ)、君たり、臣(しん)、臣たり、父、父たり、子、子たり」、また、「その身正しければ、令せずして行われる。その身正しからざれば、令すといえども従わず」。前者の意味は「君子は君子らしく、家臣は家臣らしく、父は父らしく、子は子らしく」、後者は「為政者が自分の姿勢を正しくすれば、命令するまでもなく実行される。しかし、その姿勢が間違っていると、どんなに命令しても人は従わない」という意味です。

 これらの言葉と同じような意味のことを、かのピーター・ドラッカーが『未来企業』という著書の中で述べています。《経営者が何を行うのか、何を信じて何に価値を置くのか、何に対し、かつ誰に対し報いるのかは、組織全体で注目され、細かく分析される。そして訓示していることと、実際に期待していることとの違いほど、早く知られ、重く見られるものはない》。

 それほどに、下からは上がよく見えるし、欺瞞や矛盾はすぐにバレて知れ渡るものです。組織内にいらっしゃる方には思い当たることが多いのではないでしょうか。実は孔子自身も、その行いを疑われてピンチに立たされたことがあるといいます。孔子が衛という国に赴いた時のこと、衛の君主の夫人・南子(なんし)から会いたいと誘われ、出向いたのです。ところが、南子はいわくつきの美女で、さまざまな男性と関係し、のちに衛の国の内乱の原因を作ってしまうような人物でした。

 そんな危ない南子に孔子がわざわざ会いに行ったのは、地位の高い相手からの要請を断りきれなかったからだと言われています。しかし、それによって孔子は、えらく非難される結果を招いてしまいました。『論語』には、事後のいきさつが次のように書かれています。

 ―― 孔子が南子と会見した。弟子の子路は、それに不快感を示した。孔子は子路に誓ってこう言った。「もし私の行いが道理から外れていれば、天が私を見捨てるだろうよ、天が私を見捨てるだろうよ」――。真面目ひと筋の子路から「なぜあのようなふしだらな女性に会いに行ったのですか」と問い詰められた孔子が「もし間違いがあれば、天が私を見捨てる」と苦しい言い訳をしたという話です。

 この聖人・孔子と淫乱な南子との会見は、後世の芸術家も想像力をかきたてられたようで、かの文豪・谷崎潤一郎が、小説『麒麟』の題材にしたほどです。また、20世紀になってからも、中国の毛沢東が政敵を追い落とすために、この孔子の行為になぞらえて相手を批判したこともありました。孔子も、まさか自分の行いが、こんな後の世で語り草にされるとは夢にも思っていなかったでしょう。

 いずれにしても、上に立つ人間が「この程度なら・・・」と思っていても、下の人間は決してそう見てくれないのが世の習いです。然るべき立場にある方は、どうぞくれぐれも注意なさってください。


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