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宇野功芳流「クラシック音楽入門」

 音楽評論家・指揮者であられた故・宇野功芳さんは、クラシック音楽へのアプローチの方法について、次のように語っておられました。クラシック音楽の超初心者にとって、とても気持ちが軽くなる、温かみのある言葉ですよ。――(以下引用)

 好きになる対象は、初めは歌謡曲でも何でもいいんです。クラシックの分野なら、ポピュラーなメロディがあるもの。ヴァイオリン曲ならドルドラの「スーヴェニール」や、マスネの「タイスの瞑想曲」。曲の一部でもいい。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の第1楽章の第2主題とか、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の出だしとか。オーケストラ曲だったらスッペの「軽騎兵」序曲や、最近はあまり演奏されないみたいだけれど、ドリーブの「コッペリアのワルツ」など。

 口ずさめるもの、歌詞をつけて歌えるような曲から入るといいんです。教養主義じゃなくて、メロディから入る。交響曲を頭から終わりまで全部聴かなくてもいい。分からなくなったらやめてもいい。どこからでもいい。とにかく繰り返し聴く。

 正直に言って、クラシックを聴き始める年齢が20歳を過ぎると、とかく頭で聴いてしまって、自分の感性を見つけにくいことがあります。楽器を弾くのと一緒で、音楽を聴くのも早ければ早いほどいいといえるでしょう。

 演奏家への興味からクラシックに入るのも面白いですね。楽譜というのは劇の台本みたいなもので、役者や演出家が違えば劇がまるで違ってくるように、同じ曲が別物のようになる。音楽を知らない人から、指揮者の役割がわからないと聞かれることがあります。ただ前に立って指揮棒を振っているだけで、どうしてお金がもらえるのかとか。アンサンブルをそろえる、縦の線をそろえるためだけにいるのかと思う人もいる。でもそうじゃない。

 名指揮者のなかにはフルトヴェングラーみたいに、わざと縦の線を崩す人もいる。19世紀半ばのメンデルスゾーンの時代ならば、縦の線を合わせるだけでも大変だったかもしれないけれど、いまはそうじゃないですから、その先へ、つまりベートーヴェンならベートーヴェンの音楽を借りて、自分の音楽を表現するんです。

 いい指揮者というのは、指揮台に立った瞬間から違います。いちばん悪いのは口数の多い人、リハーサルで説明が多すぎる人。オーケストラの楽員に言わせると、いい指揮者ほど無口だそうです。そして最初の1時間で楽員の心を把握する。表情は、楽員それぞれが使うパート譜に書き込んである。いわば設計図を渡してあるから、無口でいいんですよ。あとはバランスを整えていく。

 話を元に戻しますが、気に入った指揮者を、それだけ追いかけていく聴き方でもいい。一人の作曲家だけ追いかける聴き方でもいい。そこから今度は、いろいろな演奏家による違いを味わっていく。同じ曲で聴きくらべるとか。偏っていて構わないんですよ。何かに深く入っていくときには、むしろ偏っていた方がいい。いわゆる名曲は苦手でも構わない。音楽が好きなことが大切です。フランス音楽が好きならそこからでもいいし、チャイコフスキーが好きならそこからでもいい。好みは、あって当たり前です。

 私の知り合いで、音楽の専門家ではないんだけれども、音楽の本を出した人がいます。その彼がいちばん好きなのはブラームスで、その交響曲第4番の第4楽章。でもこれ、ぼくがいちばん嫌いなんだよね。ブラームスは嫌いだし、特にそのなかでも嫌いなのが、交響曲第4番の第4楽章。見事に違う。正反対。でも、彼は音楽がすごくわかっていると思う。ブラームスの、いちばんブラームスらしい部分を見抜いて、そこを好きだと言っているんだから。


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