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ヴィヴァルディが見つめた少女たち

 ヴァイオリン協奏曲『四季』といえば、ヴィヴァルディ。誰もが知っているバロック時代(17〜18世紀)の作曲家ですが、実は長い間その名前すら忘れられた存在であり、20世紀になってようやく再発見されたんですね。そのきっかけになったのは、1940年にイタリアのトリノにあった修道院の修復のため、修道士たちが古い所蔵物を売りに出した中に、ヴィヴァルディの楽譜が大量に見つかったことによるそうです。それがなかったら、未だに誰も知らない存在だったかもしれません。

 ところで、そのヴィヴァルディには、あまり知られていない一面があります。幼いころから理髪師の父親にヴァイオリンの手ほどきを受けたヴィヴァルディは、その後、司祭となり、20歳半ばに、ヴェネチアの孤児院兼音楽学校のヴァイオリン教師となります。赤毛であったことから「赤毛の司祭」と呼ばれたそうです。それにしても、孤児院が同時に音楽学校も兼ねているというのはちょっと不思議ですね。

 実は、当時のヴェネチアは、人口15万のうち1万人が娼婦だったという大歓楽都市で、市内には4つも孤児院が存在していました。それは、娼婦たちが産んだ赤ん坊を引き取る機能もあったからといわれます。ヴィヴァルディが赴任した孤児院もそのひとつで、そこは女の子だけを引き取って育てていました。

 孤児院は、院の運営のための財源を確保するため、彼女たちに音楽を学ばせ演奏させていました。ヴィヴァルディはその指導者となって彼女たちのために多くの曲を書きました。そして、やがてヨーロッパ中に名をとどろかすほどのオーケストラに育て上げ、作曲家としてのヴィヴァルディ自身の名声も広まっていきました。――

 いかがですか。ひょっとして彼女たちが演奏したかもしれないヴィヴァルディの音楽にじっと耳を傾けていると、感慨は格別なものになってきます。


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