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万葉人の恋愛模様

 恋の歌もいっぱい収められている『万葉集』ですが、当時の男女の恋愛のあり方はどのようなものだったのでしょうか。数多の歌などから察せられるところでは、万葉期の男女には、おもに3つの出会いの場所があったとされます。

 まず、現代のコンパともいえる「歌垣(うたがき)」。これは、春と秋、山や水辺などの決まった場所に男女が集い、飲食を共にして性を解放した場です。その際、お互いに歌を詠いかけることが求愛のしるしとされましたから、若者にとって、歌を詠むことは、恋愛を成就させるために大事なスキルだったのですね。

 「野遊び」というのも行われました。これはもともと、その年の豊饒を前もって祝うために男女が春の一日を野山で過ごすという行事でしたが、だんだん歌垣のような会合になっていったようです。また、当時の繁華街ともいうべき「市」も男女の出会いの場でした。市では物の流通ばかりでなく、人々の交流も盛んに行われました。多くの人々が集まるため、男女の出会いの格好の場所となったのです。

 カップルが結ばれるまでの過程は、おおよそ3つの段階がありました。まず、男性が好きになった女性に対して「名告(なの)り」を求めます。名前には霊魂が宿っていると考えられていたので、女性が男性の求めに応じて自分の名を教えることは、求婚の承諾を意味しました。

 めでたく相手の名前を教えてもらった男性は、女の家を訪れて一夜を共にします。もっとも、万葉の恋人たちは、2人の関係を他人に知られるのを極端に嫌いましたから、薄暗くなる夕方に男が女のもとを訪れ、夜明け前に帰るというのが当時の逢引のかたちでした。男たちは、月明かりだけをたよりに、女のもとを往復したんですね。これがいわゆる「呼ばい(夜這い)」です。

 もっとも、夜這いの段階では、しばしば母親が娘の監視役となり、訪れてくる男性を妨害しようとしたこともあったようです。本来は親の同意が得られてようやく婚姻が成立するのですが、それでも男性は夜な夜な妻を訪れ、朝方には帰宅しました。この時代は「妻問い婚」という婚姻形態だったのです。ちょっとドキドキワクワクするようなシチュエーションですねー。

上代のラブレター?

 物思(も)はず 道行く行くも 青山を 振り放(さ)け見れば つつじ花 にほえ娘子(をとめ) 桜花 栄え娘子 汝(な)れをぞも、我れに寄すといふ 我れをも 汝れに寄すといふ 荒山も 人し寄すれば 寄そるとぞいふ 汝が心ゆめ

 これは、『万葉集』に収められている作者不詳の歌です。内容は熱烈なラブレターといってよく、何とも味わい深く微笑ましいものです。現代語訳を以下にご紹介しますので、恋する若者たちよ、ラブレターならぬラブメールの参考になさっては如何でしょう。 

物思いもせず道を歩き、草木の繁る山を仰ぎ見れば、
そこに咲いているツツジのようにきれいな君。
桜のように美しい盛りの君。
花たちは、君が私に心を寄せていると言っているようだ。
私も君に心を寄せているって言っているようだ。
でも、荒々しい山でさえ人が心を向けると、
人に心を寄せてくると言うよ。
だから君も気をつけるんだよ。

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