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双六(すごろく)に夢中になった万葉人

 双六(すごろく)という遊びは、今の子供たちや若者たちは知らないかもしれませんね。私らの世代は、子供のころに家庭内でよくやっていましたし、『小学〇年生』などの雑誌の付録なんかにもよく付いていました。そりゃ今のゲームに比べれば刺激は少なくのんびりしたもんですが、まー楽しかったですね。

 その双六は、はるか上代の昔、万葉人も夢中になった遊びの一つです。双六はもともとはインドが発祥地で、中国を経由して日本に伝わってた遊びです。ところが、『日本書紀』には、持統天皇の時代の689年に双六を禁止したという記述があり、698年にも禁止令が出されていて、その熱狂ぶりは尋常ではなかったようです。

 『万葉集』にもサイコロの目を詠んだ歌が載っています。貴族をはじめとする上流階級の人々の間で流行した双六は、博打(ばくち)の一種でもありました。あの聖武天皇も双六がお好きだったとかで、正倉院には、ご愛用の双六盤が保存されています。しかし、754年に出された「双六禁断の法」では、双六で賭けをすると杖で百叩きの刑に処し財産を没収する、賭け事をした僧侶は100日間苦役に処す、賭け事をしている者を密告すれば賞金をあたえる、などの条項が定められました。よっぽどだったんですねー。


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