李紳
春種一粒粟
秋収万顆子
四海無閑田
農夫猶餓死
鋤禾日当午
汗滴禾下土
誰知盤中飧
粒粒皆辛苦
春に種(う)える一粒の粟(あわ)
秋に収(おさ)める万顆(ばんか)の子(み)
四海(しかい)閑田(かんでん)無きも
農夫(のうふ)なお餓死(がし)す
禾(か)を鋤(す)いて 日(ひ)午(ご)に当る
汗は滴(したた)る禾下(かか)の土(ど)
誰(たれ)か知らん 盤中(ばんちゅう)の飧(そん)
粒粒(りゅうりゅう)皆(みな)辛苦(しんく)なるを
【訳】
春に撒く一粒の粟は、秋には何万粒もの実になって収穫できる。そのように国中のどこにも遊ばせている田畑はないのだが、それでもなお、農民は餓死している。
稲田に鋤を入れていると、昼どきになって日が照りつけ、吹き出る汗が田にしたたり落ちる。誰が知っていようか、この食器のなかの飯の、その一粒一粒が、みな農民の辛苦のかたまりであることを。
【解説】
李紳は唐の武宗のときに宰相をつとめた人で、農民の苦労を思いやった詩です。宰相といえば君主を補佐する最高位の官職であり、そのような高級官僚の立場からこのような詩を詠むことができた背景には、唐の時代にあった健康的な文化が窺えます。「粒粒辛苦」の語の出典としても有名な詩です。
絶句を律詩風に詠んだ趣の詩となっており、「子・死」「午・土・苦」で韻を踏んでいます。〈憫農〉は農民を憐れむ。〈万顆〉は万の粒の、多くの。〈子〉は実のこと。〈四海〉は国内、天下。〈閑田〉は耕作していない田地。〈禾〉は、稲または穀類の総称。〈午〉は正午。〈禾下土〉は、稲の下の土。〈盤中〉は食器の中。〈飧〉は食べ物、ごちそう。〈粒粒〉は一粒一粒。
※粒々辛苦
こつこつと苦労や努力を重ねること。小さな努力を積み重ねてこそ、仕事は成し遂げられるものだということ。穀物の一粒一粒は、農民の汗と努力の結晶であるという意。
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