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帚木

■頭中将の女性論

 「女の、これはしもと難(なん)つくまじきは、難くもあるかなと、やうやうなむ見たまへ知る。ただうはべばかりの情けに、手、走り書き、折りふしの答(いら)へ心得て、うちしなどばかりは、随分によろしきも多かりと見たまふれど、そも、まことにその方を取り出でむ選びにかならず漏るまじきは、いと難(かた)しや。わが心得たることばかりを、おのがじし心をやりて、人をば落としめなど、かたはらいたきこと多かり。

 親など立ち添ひ、もてあがめて、生(お)ひ先こもれる窓の内なるほどは、ただ片かどを聞き伝へて、心を動かすこともあめり。容貌(かたち)をかしくうちおほどき、若やかにて紛るることなきほど、はかなきすさびも、人まねに心を入るることもあるに、おのづから一つゆゑづけて、し出づることもあり。

 見る人、後れたる方をば言ひ隠し、さてありぬべき方をばつくろひて、まねび出だすに、『それ、しかあらじ』と、そらにいかがは推し量り思ひくたさむ。まことかと見もてゆくに、見劣りせぬやうは、なくなむあるべき」と、うめきたる気色も恥づかしげなれば、いとなべてはあらねど、我も思し合はすることやあらむ、うちほほ笑みて、「その、片かどもなき人は、あらむや」とのたまへば、「いと、さばかりならむあたりには、誰(たれ)かはすかされ寄りはべらむ。取るかたなく口惜しき際(きは)と、優なりとおぼゆばかりすぐれたるとは、数(かず)等しくこそはべらめ。人の品(しな)高く生(む)まれぬれば、人にもてかしづかれて、隠るること多く、自然(じねん)にそのけはひこよなかるべし。中の品になむ、人の心々、おのがじしの立てたる趣も見えて、分かるべきことかたがた多かるべき。下のきざみといふ際になれば、殊(こと)に耳たたずかし」とて、いと隈(くま)なげなる気色なるも、ゆかしくて、「その品々やいかに。いづれを三つの品に置きてか分くべき。元の品高く生まれながら、身は沈み、位みじかくて人げなき、また直人(なほびと)の上達部(かんだちめ)などまで、なり上りたる、我は顔にて家の内を飾り、人に劣らじと思へる、そのけぢめをば、いかが分くべき」と問ひたまふほどに、左馬頭(さまのかみ)、藤式部丞(とうしきぶのじよう)、御物忌に籠(こも)らむとて参れる、世の好き者にて物よく言ひ通れるを、中将待ちとりて、この品々をわきまへ定め争ふ。いと聞きにくきこと多かり。

【現代語訳】
(頭中将の話)「女で、これならば良しと難くせのつけようのない人は、めったにいないものだと、だんだんと分かってまいりました。ただ表面だけの風流心で、手紙をさらさらと書き流したり、時節にふさわしい受け答えを心得て、やってのけるぐらいは、身分相応にまあまあできると思う者は多くいると見受けられますが、それも本当にその方面の優れた人を選び出そうとすると、絶対に選に外れないという者は、めったにいないものです。自分の得意なことだけを、それぞれ自慢して、他人をけなしたりなど、はたで聞いていていたたまれないことが多いものです。

 親などが付っきりでかわいがり、年も若く深窓に育っているうちは、ただその才能の一端を伝え聞き、関心を寄せることもあるようです。器量がよくおっとりしていて、若々しくて家の雑事に煩わされることのないうちは、ちょっとした芸事なども人まねに一生懸命に稽古することもあるので、自然と一芸をもっともらしく仕上げることもあります。

 世話をする人は、劣った点は隠して言わず、まあまあといった点をさらに美化してそれらしく言うので、『それは、そうではあるまい』と、見もしないでどうして当て推量でけなしたりできましょう。ほんとうにそうかと思って付き合っていくうちに、がっかりしないというのは、まずないでしょう」と言って、嘆息しているようすも気遅れするようなので、源氏は、全部が全部ではないがご自身でもなるほどと思い当たることがおありなのだろうか、ちょっと笑みを浮かべて、「その、一つの才能もない女なんているものだろうか」とおっしゃると、「さあ、そんな女の所には、誰がだまされて寄りつきましょうか。何の取柄もなくつまらない部類の女と、素晴らしいと思われるほどに優れた部類の女とは、同じように数少ないでしょう。女が高貴な家に生まれると、家人に大切にかしづかれて、欠点も人目につかない場合も多く、自然とそのようすが格別に思われるのでしょう。中流階級の女性にこそ、それぞれの気質や、めいめいの考え方や趣向も見えて、それぞれにはっきり区別できることが多いでしょう。下層階級の女となると、特に関心もありませんね」と言って、何でも知っているようすであるのも、源氏は興味を惹かれて、「その階級というのは、どのように考えたらよいのか。どれを三つの階級に分け置いたらよいのですか。元の家柄は高貴に生まれていながら、今は落ちぶれて官位も低くて人並みには見えない人、また一方で普通の家の出の人で上達部などにまで出世して、得意顔で邸の中を飾りたて、人に負けまいと思っている人、その違いはどのように区別したらよいのですか」とお尋ねになっているところに、左馬頭や藤式部丞が御物忌みに籠もろうとして参上した。この二人は、世間で評判の好色者で弁舌が達者なので、中将は待ってましたとばかりに、これらの階級の区別の議論を戦わす。たいそう聞きにくい話が多かった。

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■左馬頭の女性論

 「成り上(のぼ)れども、もとよりさるべき筋ならぬは、世の人の思へることも、さは言へど、なほ異なり。また、元はやむごとなき筋なれど、世に経(ふ)るたづき少なく、時世(ときよ)移ろひて、覚え衰へぬれば、心は心として事足らず、悪(わろ)びたることども出でくるわざなめれば、とりどりにことわりて、中の品にぞ置くべき。

 受領と言ひて、人の国の事にかかづらひ営みて、品定まりたる中にも、またきざみきざみありて、中の品のけしうはあらぬ、選りで出でつべきころほひなり。なまなまの上達部よりも非参議の四位どもの、世のおぼえ口惜しからず、もとの根ざし卑しからぬが、やすらかに身をもてなしふるまひたる、いとかはらかなりや。

 家の内に足らぬことなど、はた、なかめるままに、省かず、まばゆきまでもてかしづける女などの、おとしめ難く生(お)ひ出づるも、あまたあるべし。宮仕へに出で立ちて、思ひかけぬ幸(さいはひ)ひとり出づる例(ためし)ども多かるかし」など言へば、「すべて、にぎははしきによるべきなんなり」とて、笑ひたまふを、「異人(ことひと)の言はむように、心得ず仰せらる」と、中将憎む。「元の品、時世の覚えうち合ひ、やむごとなきあたりの内々のもてなし・けはひ後れたらむは、さらにも言はず、何をしてかく生ひ出でけむと、言ふかひなくおぼゆべし。うち合ひてすぐれたらむもことわり、これこそはさるべきこととおぼえて、めづらかなることと心も驚くまじ。なにがしが及ぶべきほどならねば、上(かみ)が上はうちおきはべりぬ。

 さて、世にありと人に知られず、さびしくあばれたらむ葎(むぐら)の門(かど)に、思ひの外(ほか)にらうたげならむ人の、閉ぢられたらむこそ、限りなく珍しくはおぼえめ。いかで、はたかかりけむと、思ふより違(たが)へることなむ、あやしく心とまるわざなる。

 父の、年老い、ものむつかしげに太りすぎ、兄(せうと)の顔憎げに、思ひやり殊なることなき閨(ねや)の内に、いといたく思ひあがり、はかなくし出でたること・わざも、ゆゑなからず見えたらむ、片かどにても、いかが思ひの外にをかしからざらむ。すぐれて疵(きず)なき方の選びにこそ及ばざらめ、さる方にて捨て難きものをは」とて、式部を見やれば、わが妹どものよろしき聞こえあるを思ひてのたまふにや、とや心得らむ、ものも言はず。

「いでや、上の品と思ふにだに難げなる世を」と、君は思すべし。白き御衣(おんぞ)どものなよよかなるに、直衣(なほし)ばかりをしどけなく着なしたまひて、紐などもうち捨てて、添ひ臥(ふ)したまへる御火影(ほかげ)、いとめでたく、女にて見奉らまほし。この御ためには、上(かみ)が上を選り出でても、なほ飽くまじく見えたまふ。

【現代語訳】
(左馬頭の話)「成り上がっても、元々それに相応しい家柄でない者は、世間の人の心証も、そうは言ってもやはり上流階級の人とは違います。また、元は高貴な家柄であっても、世間を渡る手づるが少なく、時勢におし流されて世間の評価も地に落ちてしまうと、気位だけは高くても思うようにならず、外聞の悪いことなども出てくるようですから、それぞれに分別して、どちらも中流階級に入れるべきです。

 受領といって、地方の政治に携わって階層の定まった中でも、またいろいろと段階があって、中流階級として悪くはない者を選び出すことができそうなご時勢です。なまじっかの上達部よりも非参議の四位たちで、世間の信望も悪くなく、元々の生まれも卑しくない人が、あくせくせずに暮らしているのが、いかにもさっぱりした感じですよ。

 暮らしの中で足りないものなどがないのにまかせて、費用を惜しまずまぶしいほど大切に世話している娘などが、けなしようがないほど立派に成長しているのもたくさんいるでしょう。そのような女が宮仕えに上がって、思いがけない幸運を得た例などもたくさんあるものです」などと言うと、源氏は、「万事、金持ちによるべきだということだね」と言ってお笑いになるのを、「別人が言うような意外なことをおっしゃる」と言って、頭中将は憎らしがる。左馬頭は続けて、「元々の家柄と時勢の信望がどちらも高く、高貴な家柄の女で、内々のふるまいやようすが劣っているようなのは、今更言うまでもないが、どうしてこう育てたのだろうと残念に思われましょう。どちらも兼ねそろって優れているのが当たり前で、この女こそは当然のことだと思われて、珍しいことだと驚く気にもなれますまい。私ごとき者の手の及ぶ範囲ではないので、上の上の階級については申しません。

 ところで、世間で人に知られず、寂しく荒れたような草深い家に、思いもよらない可愛らしげな女がひっそり閉じ籠められているようなのは、この上なく珍しく思われましょう。どうしてまあ、こんな人がいたのだろうと、予想外な点が、不思議に気持ちが引きつけられるものです。

 また、父親が年を取って見苦しく太り過ぎ、男兄弟の顔が憎々しげで、想像するにも大したこともない家の奥に、女がたいそう誇り高く、ちょっと習い覚えた芸事も趣ありげに見えたとしたら、ほんのわずかな取り柄であっても、どうして意外なことでおもしろくないことがありましょうか。特別に欠点のない方面での選択には入らないでしょうが、それなりの女として捨てたものではないでしょう」と言って、式部を見やると、式部は自分の妹たちがまあまあの評判であることを思っておっしゃるのか、と受け取ったのか、何とも言わない。

 「さてどんなものか、上流階級の貴族と思う中でさえ、すぐれた女はめったにいそうもない世の中なのに」と、源氏はお思いのようである。源氏は白いお召物で柔らかなものの上に、直衣だけをわざと気楽な感じにお召しになって、紐なども結ばずに、脇息に寄りかかっていらっしゃる灯影は、とても素晴らしく、女として拝したいくらいだ。この源氏の君の御ためには、上の上の女を選び出しても、なお満足ということはあるまいとお見受けされる。

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夕顔

■夕顔の咲く辺り

 六条わたりの御忍び歩(あり)きのころ、内裏(うち)よりまかでたまふ中宿(なかやど)りに、「大弐(だいに)の乳母(めのと)のいたくわづらひて尼になりにける、とぶらはむ」とて、五条なる家尋ねておはしたり。

 御車入(い)るべき門(かど)は鎖(さ)したりければ、人して惟光召させて、待たせたまひけるほど、むつかしげなる大路(おほぢ)のさまを見渡したまへるに、この家のかたはらに、檜垣(ひがき)といふもの新しうして、上は半蔀(はじとみ)四五間ばかり上げわたして、簾などもいと白う涼しげなるに、をかしき額(ひたひ)つきの透き影、あまた見えて覗(のぞ)く。立ちさまよふらむ下(しも)つ方思ひやるに、あながちに丈(たけ)高き心地ぞする。「いかなる者の集へるならむ」と、様(やう)変はりて思さる。

 御車もいたくやつしたまへり、前駆(さき)も追はせたまはず、「誰(たれ)とか知らむ」とうちとけたまひて、すこしさし覗きたまへれば、門は蔀(しとみ)のやうなるを、押し上げたる、見入れのほどなく、ものはかなき住まひを、あはれに、「何処(いづこ)かさして」と思ほしなせば、玉の台(うてな)も同じことなり。

 切り懸(か)けだつ物に、いと青やかなる葛(かづら)の心地よげに這(は)ひかかれるに、白き花ぞ、おのれひとり笑みの眉(まゆ)開けたる。「遠方人(をちかたびと)にもの申す」と、ひとりごちたまふを、御隋身(みずゐじん)つい居て、「かの白く咲けるをなむ、夕顔と申しはべる。花の名は人めきて、かうあやしき垣根になむ咲きはべりける」と申す。げにいと小家(こいへ)がちに、むつかしげなるわたりの、この面(も)かの面、あやしくうちよろぼひて、むねむねしからぬ軒のつまなどに這ひまつはれたるを、「口惜しの花の契りや。一房折りて参れ」とのたまへば、この押し上げたる門(かど)に入りて折る。

 さすがに、ざれたる遣(や)り戸口に、黄なる生絹(すずし)の単袴(ひとへばかま)、長く着なしたる童(わらは)の、をかしげなる出で来て、うち招く。白き扇のいたうこがしたるを、「これに置きて参らせよ。枝も情けなげなめる花を」とて取らせたれば、門開けて惟光の朝臣(あそん)出で来たるして、奉らす。「鍵を置き惑はしはべりて、いと不便(ふびん)なるわざなりや。もののあやめ見たまひ分くべき人もはべらぬわたりなれど、らうがはしき大路(おほぢ)に立ちおはしまして」と、かしこまり申す。引き入れて、下りたまふ。

【現代語訳】
 六条辺りに、源氏がお忍び通いをなさっていたころ、宮中から出て行かれる途中のお休み場所として、「大弍の乳母が重い病気になって尼になっていたのを、お見舞いしよう」ということで、五条にあるその家を訪ねていらっしゃった。

 お車が入るべき正門は閉ざしてあったので、源氏は従者に惟光を呼びにやらせ、お待ちになっている間、むさ苦しげな大路の様子を見渡していらっしゃると、この家の隣に、桧垣というものを新しく作って、上方は半蔀を四、五間ほどずらりと吊り上げて、簾などもとても白く涼しそうなところに、美しい額つきをした透き影が、たくさん見えてこちらを覗いている。立ち動き回っているらしい下半身を想像すると、やたらに背が高い感じがする。源氏は、「どのような者が集まっているのだろう」と、風変わりな思いをなさる。

 源氏は、お車もたいそう地味になさり、従者に先払いもおさせにならず、「誰とも分かろうはずがない」と気をお許しなり、少し覗いてご覧になっていると、門は蔀のようなのを押し上げてあって、その奥行きもなくささやかな住まいであり、しみじみと、「どの家を終生の住みかとできようか」とお考えになってみると、立派な御殿も同じことである。

 切り懸けめいた板塀に、とても青々とした蔓(つる)草が気持ちよさそうに這いまつわっているところに、真っ白い花が、自分ひとりにこやかに明るく咲いている。「遠方の人にお尋ねする」と独り言をおっしゃると、御随身がひざまずいて、「あの白く咲いている花を、夕顔と申します。花の名は人を連想させますが、このようなみすぼらしい家の垣根に咲くのでございます」と申し上げる。なるほど辺りは小さい家が多く、むさ苦しそうな所で、この家もあの家も見苦しくよろけ傾いて、頼りなさそうな軒の端などに這いまつわっているのを、「気の毒な花の定めよ。一枝手折ってまいれ」とおっしゃるので、この押し上げてある門から入って折った。

 そうは言うものの、しゃれて趣のある遣戸口に、黄色い生絹の単袴を、長く着こなした女童で、かわいらしげな子が出て来て、ちょっと手招きをする。白い扇でたいそう香を薫きしめたのを出して、「これに載せて差し上げなさいませ。枝も風情なさそうな花ですもの」と言って渡したので、御随身は門を開けて出てきた惟光朝臣に託して、源氏に差し上げさせた。惟光は、「鍵を置き忘れまして、大変ご迷惑をおかけいたしました。どなた様と分別申し上げられる者もおりませぬ辺りですが、ごみどみした往来にお立ちになられて」とお詫び申し上げた。車を引き入れて、源氏はお降りになった。

(注)大弍の乳母・・・源氏の乳母。源氏の家来である惟光の母。
(注)半蔀・・・「蔀」は格子の裏に板を張った板壁。「半蔀」は上半分が蔀となって外側に吊り上げられるようになっている。
(注)切り懸けだつ・・・柱に横板を少しずつずらして打ちつけた板塀。

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■夜半、もののけ現われる

(一)
 宵過ぐるほど、少し寝入りたまへるに、御枕上(まくらがみ)にいとをかしげなる女ゐて、「おのがいとめでたしと見たてまつるをば尋ね思ほさで、かくことなることなき人を率(ゐ)ておはして時めかしたまふこそ、いとめざましくつらけれ」とて、この御傍らの人をかき起こさむとすと見たまふ。物に襲はるる心地して、おどろきたまへれば、灯(ひ)も消えにけり。うたて思(おぼ)さるれば、太刀を引き抜きて、うち置きたまひて、右近(うこん)を起こしたまふ。これも恐ろしと思ひたるさまにて参り寄れり。「渡殿(わたどの)なる宿直人(とのゐびと)起こして、紙燭(しそく)さして参れ、と言へ」とのたまへば、「いかでかまからむ、暗うて」と言へば、「あな若々し」とうち笑ひたまひて、手をたたきたまへば、山びこの答ふる声、いとうとまし。

 人え聞きつけで参らぬに、この女君いみじくわななき惑ひて、いかさまにせむと思へり。汗もしとどになりて、われかの気色なり。「もの怖(お)ぢをなむわりなくせさせたまふ本性(ほんじやう)にて、いかに思さるるにか」と右近も聞こゆ。いとか弱くて、昼も空をのみ見つるものを、いとほし、と思して、「われ人を起こさむ。手たたけば、山びこの答ふる、いとうるさし。ここに、しばし、近く」とて、右近を引き寄せたまひて、西の妻戸に出でて、戸を押し開けたまへれば、渡殿の灯も消えにけり。

【現代語訳】
 宵を過ぎるころ、源氏が少しお眠りになっていると、その枕元にとても美しいようすの女が座って、「私があなたのことをとても素晴らしいとお慕い申し上げているのに、それを深くお考えにならず、このような格別に優れてもいない女を連れていらっしゃってお可愛がりになるのが、まことに心外でつろうございます」と言って、源氏の側に寝ている夕顔を引き起こそうとするのを、夢に御覧になった。魔物に襲われる心地がして、はっと目を覚ますと、火も消えていた。気味悪くお思いになり、太刀を引き抜いて傍らに置き、右近をお起こしになった。右近も気味悪く思っているようすで、源氏のお側に寄ってきた。「渡殿にいる宿直人を起こして、紙燭をつけて参れと言いなさい」とおっしゃると、「どうして行けましょうか。暗くて」と言うので、「まるで子供みたいな」と、お笑いになって手をお叩きになると、そのこだまする音がして、まことに気味が悪い。

 誰も聞きつけずに参上しないので、この女君はひどく震え脅えて、どうしようどうしようと思っている。汗もびっしょりになって、正気を失ったようすだ。「むやみにお怖がりになるご性質ですから、どんなにかお怖がりのことでしょう」と、右近も源氏に申し上げる。源氏は、「ほんとうにか弱くて、昼も空ばかり見ていたものだな、かわいそうに」とお思いになって、「私が行って、誰かを起こしてこよう。手を叩くとこだまするのが、まことにうるさいから。こちらに、しばらく側にいてやってくれ」と言って、右近を女君の近くに引き寄せなさり、西の妻戸に出て、戸を押し開けなさると、渡殿の火もすっかり消えていた。

(二)
 風少しうち吹きたるに人は少なくて、候(さぶら)ふ限り皆寝たり。この院の預かりの子、むつましく使ひたまふ若き男(をのこ)、また上童(うへわらは)一人、例の随身(ずいじん)ばかりぞありける。召せば、御答へして起きたれば、「紙燭(しそく)さして参れ。随身も弦(つる)打ちして、絶えず声(こわ)づくれ、と仰せよ。人離れたる所に、心解けて寝(い)ぬるものか。惟光朝臣(これみつのあそん)の来たりつらむは」と、問はせたまへば、「候ひつれど、『仰せ言もなし、暁に御迎へに参るべき由』申してなむ、まかではべりぬる」と聞こゆ。この、かう申す者は、滝口なりければ、弓弦(ゆづる)いとつきづきしくうち鳴らして、「火危ふし」と言ふ言ふ、預かりが曹司(ざうし)の方に去(い)ぬなり。内裏(うち)を思しやりて、「名対面(なだいめん)は過ぎぬらむ、滝口の宿直申し今こそ」と、推し量りたまふは、まだいたう更けぬこそは。

 帰り入りて探りたまへば、女君はさながら臥(ふ)して、右近は傍らにうつ伏し臥したり。「こはなぞ。あな、ものぐるほしのもの怖ぢや。荒れたる所は、きつねなどやうのものの、人おびやかさむとて、け恐ろしう思はするならむ。まろあれば、さやうのものには脅されじ」とて、引き起こしたまふ。「いとうたて乱り心地の悪(あ)しうはべれば、うつ伏し臥してはべるや。御前(おまへ)にこそわりなく思さるらめ」と言へば、「そよ、などかうは」とて、かい探りたまふに息もせず。引き動かしたまへど、なよなよとして、われにもあらぬさまなれば、いといたく若びたる人にて、物にけどられぬるなめりと、せむかたなき心地したまふ。

【現代語訳】
 風がわずかに吹いているうえに、人気も少なく、仕えている者は皆寝ている。この院の留守居役の子供で、源氏が親しく召し使っておいでになる若い男と、殿上の童一人と、いつもの随身だけがいる。お呼びになるとお返事して起きてきたので、「紙燭をともして持って参れ。随身も弦打ちをして絶えず音を立てていよ、と命じよ。人気のない所に、気を許して寝ている者があるか。惟光朝臣が来ていただろう、それはどうした」と、お尋ねになると、「参っておりましたが、『ご命令もない、早暁にお迎えに参上する』と申して、帰ってしまいました」と申し上げる。この、こう申し上げた者は滝口の武士であったので、弓の弦をまことに手馴れたようすで打ち鳴らして、「火の用心」と言いながら、留守居役の部屋の方角へ去っていく。源氏はこの声を聞き、宮中を思いやりになって、「今ごろは名対面は過ぎただろう、滝口の宿直奏しはちょうど今ごろだろう」と、ご推量になるのは、まだ、さほど夜も更けていないのか。

 源氏が元の場所へ戻って、お確かめになると、女君は前のまま臥していて、右近は傍らにうつ伏していた。「これはどうしたことか。何とばかばかしいほどの怖がりようだ。荒れた所では、狐などのようなものが、人を脅かそうとして怖がらせるのだろう。私がいるからには、そんなものには脅されないぞ」と言って、右近を引き起こしなさった。右近は、「とても気味悪くて、ひどく気分も悪うございますので、うつ伏していたのです。ご主人さまこそ、ひどく怖がっていらっしゃるでしょう」と言うので、源氏は「そのことよ。夕顔はどうしてこんなに怖がるのか」と言って、手探りでご覧になると、息もしていない。揺すってご覧になっても、ぐったりとして正体もないようすなので、「ほんとうに子供っぽい人なので、物の怪に魂を取られてしまったらしい」と、どうしようもない気がなさった。

(注)名対面・・・清涼殿で午前十時ごろに行われる点呼。
(注)宿直奏し・・・名対面のあとに滝口の武士が弓の弦を鳴らして姓名を名乗ること。

(三)
 紙燭(しそく)持て参れり。右近も動くべきさまにもあらねば、近き御几帳(みきちやう)を引き寄せて、「なほ持て参れ」とのたまふ。例ならぬことにて、御前(おまへ)近くも、え参らぬつつましさに、長押(なげし)にもえ上らず。「なほ持て来(こ)や。所に従ひてこそ」とて、召し寄せて見たまへば、ただこの枕上に、夢に見えつるかたちしたる女、面影に見えてふと消え失せぬ。昔物語などにこそかかることは聞け、といとめづらかにむくつけけれど、まづ、この人いかになりぬるぞと思ほす心騒ぎに、身の上も知られたまはず添ひ臥して、「やや」とおどろかしたまへど、ただ冷えに冷え入りて、息はとく絶え果てにけり。

 言はむ方なし。頼もしく、いかにと言ひふれたまふべき人もなし。法師などをこそは、かかる方の頼もしきものには思すべけれど。さこそ強がりたまへど、若き御心にて、言ふかひなくなりぬるを見たまふに、やる方なくて、つと抱(いだ)きて、「あが君、生き出でたまへ、いと、いみじき目な見せたまひそ」とのたまへど、冷え入りにたれば、けはひものうとくなりゆく。

【現代語訳】
 そこに、留守居役の息子が紙燭を持って参った。右近も動けそうもないので、源氏は傍らの御几帳を引き寄せて夕顔を隠し、「もっと近くに持って参れ」とおっしゃる。ふだんと違ったことなので、おそれおおくて御前近くに参上できず、ためらっていて長押にも上がりかねている。「もっと近くに持って来なさい。遠慮も場所によるぞ」と言って、紙燭を取り寄せてご覧になると、ちょうどその枕元に、夢に現れた姿の女が幻影のように現れて、ふっと消え失せた。「昔の物語でこそ、このような話は聞くけれど」と、たいそう意外で気味悪いが、まず、「この女はどのようになったのか」と心配で、わが身の危険もお顧みにならず、女君に添い臥して、「これこれ」とお起こしになるが、すっかり冷たくなっていて、息はとっくにこと切れてしまっていた。

 源氏はどうすることもできない。頼りになり、どうしたらよいかとご相談できるような人もいない。法師などは、このような時の頼みになる人とはお思いになるが。あれほど強がっておられたが、まだお若いため、空しく死んでしまったのをご覧になると、どうしようもなくて、女をひしと抱いて、「いとしい人よ、生き返っておくれ。ひどく悲しい目に遭わせないでおくれ」とおっしゃるが、冷たくなっていたので、人を抱いている感じがしなくなっていく。

(注)長押・・・部屋の境目にある、横に渡した木材。

(注)現代語訳は、現代文としての不自然さをなくすため、必ずしも直訳ではない箇所があります。

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書名について

 作者自身が命名していないせいか、「源氏物語」には多くの呼び名がある。
 古くは「源氏の物語」と呼ばれていたことが、「紫式部日記」や「更級日記」からわかる。このほか、「光源氏物語」「紫の物語」「紫のゆかり物語」とも呼ばれ、近世以後には「源語(げんご)」「紫文(しぶん)」などと漢文調で呼ばれたこともある。
 最後の十帖は「宇治の物語」「宇治の大将の物語」「宇治十帖」などと呼ばれている。
 「更級日記」に「源氏の五十余巻、ひつに入れながら」とあるので、54巻はあったものと思われる。

巻 名

 源氏物語には70年あまりの年次と300人以上の登場人物が描かれている。
 
【第1部】
1.桐壺(きりつぼ)
2.帚木(ははきぎ)
3.空蝉(うつせみ)
4.夕顔(ゆうがお)
5.若紫(わかむらさき)
6.末摘花(すえつむはな)
7.紅葉賀(もみじのが)
8.花宴(はなのえん)
9.葵(あおい)
10.賢木(さかき)
11.花散里(はなちるさと)
12.須磨(すま)
13.明石(あかし)
14.澪標(みおつくし)
15.蓬生(よもぎう)
16.関屋(せきや)
17.絵合(えあわせ)
18.松風(まつかぜ)
19.薄雲(うすぐも)
20.朝顔(あさがお)
21少女(おとめ)
22.玉鬘(たまかずら)
23.初音(はつね)
24.胡蝶(こちょう)
25.蛍(ほたる)
26.常夏(とこなつ)
27.篝火(かがりび)
28.野分(のわき)
29.行幸(みゆき)
30.藤袴(ふじばかま)
31.真木柱(まきばしら)
32.梅枝(うめがえ)
33.藤裏葉(ふじのうらは)
 
【第2部】
34.若菜(わかな)上
35.若菜下
36.柏木(かしわぎ)
37.横笛(よこぶえ)
38.鈴虫(すずむし)
39.夕霧(ゆうぎり)
40.御法(みのり)
41.幻(まぼろし)
雲隠・・・この巻は存在せず
 
【第3部】
42匂宮(におうのみや)
43.紅梅(こうばい)
44.竹河(たけかわ)
45.橋姫(はしひめ)
46.椎本(しいがもと)
47.総角(あげまき)
48.早蕨(さわらび)
49.宿木(やどりぎ)
50.東屋(あずまや)
51.浮舟(うきふね)
52.蜻蛉(かげろう)
53.手習(てならい)
54.夢浮橋(ゆめのうきはし)

紫式部日記

 紫式部によって書かれた日記(全2巻)とされ、中宮彰子の出産が迫った寛弘5年(1008年)秋から同7年正月にかけての諸事が書かれている。写本の表題は『紫日記』とあり、内容にも紫式部の名の記載はなく、いつから『紫式部日記』とされたかは不明。『源氏物語』の作者が紫式部であるという通説は、伝説とこの日記に出てくる記述に基づいている。
 
 史書では明らかにされていない人々の生き生きとした行動がわかり、歴史的価値もある。自作『源氏物語』に対しての世人の評判や、彰子の同僚女房であった和泉式部、赤染衛門、中宮定子の女房であった清少納言らの人物評や自らの人生観について述べた消息文などもみられる。
 
 和泉式部に対しては先輩として後輩の才能を評価しつつもその情事の奔放さに苦言を呈したり、先輩に当たる赤染衛門には後輩として尊敬の意を見せている。また、清少納言への評では「清少納言と言うのはとても偉そうに威張っている人である。さも頭が良いかのように装って漢字を書きまくっているけれども、その中身を見れば稚拙なところが多い。他人より優れているように振舞いたがる人間は後々見劣りするであろう。(中略)そういう人間の行末が果たして良いものであろうか」などと、徹底的にこき下ろしている。

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古典に親しむ