小倉百人一首 ・1〜2526〜50 ・51〜75 ・76〜100

  1. かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな もゆる思ひを

    藤原実方朝臣

    【歌意】 こんなにあなたが恋しいのに私の気持ちを言うことができない。まして伊吹山のさしも草のように、私の燃えている心をあなたは知らないんだ。

    【作者】(ふじわらのさねかたあそん)?〜998年

    【説明】「いぶき」は「言ふ」と「伊吹」の掛詞。「おもひ」は「思ひ」と「火」の掛詞。思いを寄せる相手に初めて心の内を打ち明けた歌。

  2. 明けぬれば 暮るるものとは知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな

    藤原道信朝臣

    【歌意】 夜が明けると、やがて日が暮れてまた逢えるとは分かっていても、やはり恨めしく思ってしまう夜明けだ。

    【作者】(ふじわらのみちのぶあそん)972〜994年

    【説明】 相手の女のもとから帰った、雪の降る朝に詠んだ後朝の歌。

  3. 嘆きつつ ひとり寝る夜の明くるまは いかに久しきものとかは知る

    右大将道綱母

    【歌意】 嘆きながら一人寝る夜の明けるまでが、どんなに長く感じられることか、あなたはきっとご存知ないのでしょうね。

    【作者】(うだいしょうみちつなのはは)937?〜995年 藤原兼家の第二夫人となって道綱を生んだ。『蜻蛉日記』の作者。

    【説明】 夫の藤原兼家がやってきた時、門を遅く開けたところ、「立ち疲れた」と言ったのに答えた歌。ひとり寝の夜長に堪えられない気持ちを訴えている。

  4. 忘れじの 行く末までは かたければ 今日をかぎりの命ともがな

    儀同三司母

    【歌意】 いつまでも忘れないというあなたの言葉が、いつまでも変わらないとは思えません。ですから、いっそ今日を限りに死んでしまいたい。

    【作者】(ぎどうさんしのはは)?〜996年 高階貴子(たかしなたかこ)。藤原道隆(ふじわらのみちたか)の妻。儀同三司(伊周)、定子(一条天皇の中宮)の母。

    【説明】 道隆が婿として通い始めた結婚当初に詠まれた歌。喜びの中にも不安を隠せない女性らしい感じが自然な姿で詠まれている。

  5. 滝の音は 絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ

    大納言公任

    【歌意】 滝の水音が聞こえなくなって久しいけれども、その名声だけは今でもなお人々に知られている。

    【作者】(だいなごんきんとう)966〜1041年 藤原公任。漢詩文・和歌・管弦の三才を備えていたという。

    【説明】 京都嵯峨の大覚寺で、枯れてしまった古い滝を見て詠んだ歌。大覚寺は、9世紀はじめに嵯峨天皇が造った離宮。

  6. あらざらむ この世のほかの思ひ出に 今ひとたびのあふこともがな

    和泉式部

    【歌意】 私はまもなく病気のために死んでしまいます。あの世への想い出に、せめて今ひとたびあなたにお逢いしたい・・・。

    【作者】 (いずみしきぶ)978?〜?年 一条天皇の中宮、彰子(しょうし)に仕える。

    【説明】 死期が迫ったのを自覚し、男のもとに贈った歌。

  7. めぐりあひて 見しやそれともわかぬまに 雲がくれにし 夜半(よは)の月かな

    紫式部

    【歌意】 久しぶりにめぐり逢えたのに、夜中の月が見えたかどうかもわからないうちに雲にかくれてしまったように、あの人はあわただしく帰ってしまわれた・・・。

    【作者】(むらさきしきぶ)973?〜1019?年 藤原為時の娘。一条天皇の中宮彰子に仕える。『源氏物語』『紫式部日記』の作者。

    【説明】 7月10日ごろ、久しぶりに再会した幼友達が、ほんのわずかな時間で月のように帰ってしまったので詠んだ歌。

  8. 有馬山 猪名(いな)の笹原 風吹けば いでそよ人を忘れやはする

    大弐三位

    【歌意】 有馬山の近くの猪名の笹原に風が吹いて、そよそよとそよいでいます。そうなんです、揺れて頼りにならないのはあなたの気持ちで、私は決してあなたのことを忘れるものですか。

    【作者】(だいにのさんみ)999〜?年 紫式部の娘、藤原賢子(ふじわらのかたこ)のこと。一条天皇の中宮彰子に仕え、後に後令泉天皇の乳母となる。

    【説明】「そよ」は「それだよ」と「そよそよ」の掛詞。作者のもとへ通ってくるのが途絶えがちになってきた男が、「あなたが心変わりしたのではないかと気がかりです」と言ってきたのに答えた歌。

  9. やすらはで 寝なましものを さ夜ふけて かたぶくまでの月を見しかな

    赤染衛門

    【歌意】 あなたが来ないとわかっていれば、ためらわずに寝てしまったものを、今か今かとお待ちしているうちに夜がふけて、とうとう西に傾く月を見てしまいました。

    【作者】 (あかぞめのえもん) 958?〜?年 大江匡衡(おおえのまさひら)の妻。一条天皇の中宮彰子に仕える。

    【説明】 作者の姉妹の一人に通っていた男が、行くと言いながら来なかった翌朝、姉妹に代わって詠んだ歌。男とは、藤原道隆。

  10. 大江山 いく野の道の遠ければ まだふみも見ず 天の橋立

    小式部内侍

    【歌意】 大江山を越えて生野を通って丹後まで行く道のりは、都からあまりに遠い。だから、まだ天の橋立の地を踏んだこともなく、母からの文(ふみ)も見ていません。

    【作者】(こしきぶのないし)1000?〜1025年 橘道貞(たちばなのみちさだ)と和泉式部の間の娘。一条天皇の中宮、彰子に仕える。

    【説明】「ふみ」は「踏み」と「文」の掛詞。母の和泉式部が夫とともに丹後国(京都府北部)へ赴いていたころ、作者が歌合に召された。そこへ藤原定頼がやってきて、「歌はどうなさいますか。代作してもらうために、丹後へ人をおやりになりましたか。文を持った使者は帰ってきませんか」などと言ってからかった。当時、作者の周囲では、作者の歌がすぐれているのは、実は母の和泉式部が代作しているからだという噂があった。そこで小式部は定頼を引きとめ、この歌を詠んで自分の歌才を示してみせた。

  11. いにしへの 奈良の都の八重桜 けふ九重(ここのへ)に にほひぬるかな

    伊勢大輔

    【歌意】 昔の奈良の都で咲いていた八重桜が、今日はこの平安の都の宮中で、色美しく咲き誇っています。

    【作者】(いせのたいふ) 11世紀後半の人。伊勢の祭主、大中臣輔親(おおなかとみのすけちか)の娘。一条天皇の中宮彰子に仕える。

    【説明】「けふ」は「今日」と「京」の掛詞。「九重」は「宮中」と「この辺」の掛詞。奈良から宮中に献上された八重桜を受け取る役目を仰せつかった作者が詠んだ歌。

  12. 夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の関はゆるさじ

    清少納言

    【歌意】 まだ夜が明けないうちに、鶏の鳴き声をまねてだまそうとしても、この逢坂の関は決して許さないでしょう。私はお逢いしません。

    【作者】(せいしょうなごん)966?〜1027?年 清原元輔の娘。一条天皇の中宮定子に仕える。『枕草子』の作者。

    【説明】「あふ」は「逢ふ」と「逢坂」の掛詞。大納言藤原行成が夜更けまで話し込んでいたが、宮中の物忌みがあるからと理由をつけて帰っていった。翌朝、「鳥の声にもよほされて」と言ってよこしたので、作者は函谷関(かんこくかん)の故事をふまえて、夜更けの鳥の声は、あの函谷関のそら鳴きのことですねと返事をした。すると行成が、「関は関でも、あなたに逢う逢坂の関」とたわむれを言ってきたので、この歌を詠んだという。
     函谷関の故事とは、中国の戦国時代、斉(せい)の国の孟嘗君(もうしょうくん)が、秦(しん)に使いして捕えられたが、部下に鶏の鳴きまねをさせて、一番鳥が鳴かなければ開かない函谷関を夜中に開かせて脱出したというもの。

  13. 今はただ 思ひ絶えなむとばかりを 人づてならで 言ふよしもがな

    左京大夫道雅

    【歌意】 今はもう、あなたを思い切ってしまおう。それを人づてではなく、直接お逢いして話すことができればいいのに。

    【作者】(さきょうのだいぶみちまさ)993〜1054年 藤原道雅。関白道隆の孫、伊周の子。

    【説明】三条院の皇女、当子(とうし)内親王のもとに、作者がひそかに通っていたことを天皇が聞き知り、監視の女房をつけたため、逢うことができなくなった折の歌。その後、内親王は尼となり、若くして死去した。

  14. 朝ぼらけ 宇治の川霧たえだえに あらはれわたる 瀬々(せぜ)の網代木(あじろぎ)

    権中納言定頼

    【歌意】 夜明けごろに立ちこめていた宇治川の川霧が、とぎれとぎれに晴れてきて、川瀬川瀬に網代木が点々とあらわれてきたことよ。

    【作者】 (ごんちゅうなごんさだより) 995〜1045年 藤原定頼。公任の子。

    【説明】 「たえだえに」は「川霧がたえだえに」と「たえだえに現れる」の掛詞。「網代」は、冬に鮎の稚魚をとるために杭を打ち並べ、簀(す)を設けたもの。宇治川の冬の風物詩として知られ、『更級日記』や『蜻蛉日記』にも出てくる。

  15. 恨みわび ほさぬ袖(そで)だにあるものを 恋にくちなむ 名こそ惜しけれ

    相 模

    【歌意】 あの人の冷たさを恨み悲しんで、涙の乾くひまのない袖さえ朽ちないのに、世間に浮き名を流して朽ちてしまう私の名が口惜しいことだ。

    【作者】(さがみ)11世紀半ばの人。相模守大江公資(さがみのかみおおえのきんすけ)の妻。

    【説明】 報われぬ恋と、よからぬ噂が立ったことへの恨みを詠った歌。

  16. もろともに あはれと思へ山桜 花よりほかに 知る人もなし

    前大僧正行尊

    【歌意】 私がおまえを懐かしむように、おまえも私を懐かしんでおくれ、山桜よ。おまえの他にお互いを分かり合える者はいないのだから。

    【作者】(さきのだいそうじょうぎょうそん) 1055〜1135年 参議・源基平(みなもとのもとひら)の子。12歳で三井寺に入り、後に天台座主大僧正となった。

    【説明】 大和国(奈良県)吉野郡堵十津川の東にある大峰山で修行していた作者が、思いがけず桜の花を見て詠んだ歌。ひっそりと咲く山桜に、孤独に堪えて修行するわが身を重ね合わせ、共感に浸った。

  17. 春の夜の 夢ばかりなる手枕(たまくら)に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ

    周防内侍

    【歌意】 短い春の夜の夢ほどのはかない契り。あなたがしてくれた手枕のために、つまらない浮名が立ってしまう、それが口惜しいのです。

    【作者】(すおうのないし)11世紀後半の人。周防守平棟仲(すおうのかみたいらのむねなか)の娘?

    【説明】「かひなく」は「甲斐なく」と「腕(かひな)」の掛詞。二条院で人々が夜通し物語などしていた時、周防内侍が物に寄りかかって、「枕が欲しいものです」とつぶやいたところ、大納言藤原忠家が、「これを枕にどうぞ」と言って、自分の腕を御簾の下から差し入れてきたので、この歌を詠んだ。

  18. 心にも あらでうき世にながらへば 恋しかるべき 夜半(よは)の月かな

    三条院

    【歌意】 自分の心を押し殺して、この辛い世の中を長らえたならば、きっと恋しく思えるだろう、夜中の月よ。

    【作者】(さんじょういん)976〜1017年 令泉天皇の第二皇子。在位5年で譲位。翌年に崩御。

    【説明】 眼病を患い、帝位を去ろうとしたころに詠んだ歌。藤原道長が先帝一条院と自分の娘・彰子との間に生まれた皇子を即位させようと、退位を迫るという状況もあった。

  19. 嵐吹く 三室(みむろ)の山のもみぢ葉は 竜田(たつた)の川の錦なりけり

    能因法師

    【歌意】 嵐が吹き散らす三室山のもみじの葉は、竜田川の川面一面に広がって、まるで錦織のようだ。

    【作者】(のういんほうし)988〜?年 俗名、橘永ト(たちばなのながやす)。著書に『能因歌枕』がある。

    【説明】『古今集』の「竜田川もみぢ葉流る神なびの三室の山にしぐれ降るらし」(巻第5-284)を念頭に置いた歌。「三室の山」は、大和国(奈良県)生駒郡斑鳩町にある神南備(かんなび)山。

  20. さびしさに 宿を立ちいでてながむれば いづこもおなじ 秋の夕暮れ

    良暹法師

    【歌意】 あまりの寂しさに、わが家を出てあたりを眺めると、やはりどこも同じように寂しい秋の夕暮れだった。

    【作者】(りょうせんほうし) 11世紀前半の人。延暦寺の僧。

    【説明】 人気(ひとけ)のない秋の山里にせまる夕暮れの寂寥感を詠った歌。

  21. 夕されば 門田(かどた)の稲葉おとづれて 芦(あし)のまろやに 秋風ぞ吹く

    大納言経信

    【歌意】 夕方になって、家の前にある田の稲葉に秋風がさわさわと吹きつけ、そのまま芦で葺いた粗末な家にも吹いてくるよ。

    【作者】(だいなごんつねのぶ)1016〜1097年 源経信。

    【説明】 作者の縁戚である源師賢(みなもとのもろかた)の梅津(京都の桂川左岸一帯)の山荘で詠んだ歌。田園の秋の風景。

  22. 音にきく 高師(たかし)の浜のあだ波は かけじや袖(そで)の ぬれもこそすれ

    祐子内親王家紀伊

    【歌意】 うわさに聞く高師の浜のあだ波は袖にはかけまい、袖が濡れてしまうから。それと同じに、浮気で名高いあなたのことも心にかけまい、後で袖が涙で濡れるから。

    【作者】(ゆうしないしんのうけのきい) 11世紀後半の人。後朱雀天皇の第一皇女、裕子内親王に仕える。

    【説明】「たかし」は「高師」と「高し」の掛詞。「かけ」は「波をかけ」と「思いをかけ」の掛詞。「高師の浜」は和泉国、現在の大阪府堺市浜寺〜高石市の一帯。プレイボーイの誘いをみごとに切り返した歌。

  23. 高砂の 尾の上の桜咲きにけり 外山(とやま)のかすみ 立たずもあらなむ

    前中納言匡房

    【歌意】 遠くの高い山に桜が咲いている。その桜を眺めていたいから、近くの山の春霞よ、どうか立ち込めないでおくれ。

    【作者】(ごんちゅうなごんまさふさ) 1041〜1111年 大江匡房。

    【説明】「高砂」は、砂が高く積もったところから、山の意。播磨国(兵庫県)の歌枕である「高砂」とする説もある。

  24. うかりける 人を初瀬の山おろしよ はげしかれとは 折らぬものを

    源俊頼朝臣

    【歌意】 つれないあの人が私を顧みるよう初瀬の観音様にお祈りをしたのに。初瀬の山おろしよ、あの人がいっそうつれなくなるなんてお祈りしていませんよ。

    【作者】(みなもとのとしよりあそん) 1055〜1129年 勅撰集『金葉集』の撰者。

    【説明】「初瀬」は、大和国(奈良県)の地名。長谷寺があり、現世利益の観音信仰の霊場だった。

  25. ちぎりおきし させもが露を命にて あはれ今年の 秋もいぬめり

    藤原基俊

    【歌意】 あなたが約束してくださった、さしも草に置く恵みの露のようなお言葉を、命のように大切にしてきましたのに、ああ、今年の秋も願いかなわずむなしく過ぎ去っていくのですね。

    【作者】(ふじわらのもととし) 1060〜1142年 詩歌集『新撰朗詠集』の撰者。

    【説明】 作者は、興福寺にいた息子が栄えある維摩会(ゆいまえ)の講師(仏典の講師)になれるよう、その任命者である藤原忠通に願い出ていた。忠通は、清水観音の歌とされる「なほ頼めしめぢが原のさせも草わが世の中にあらむ限りは」(私を頼みにし続けよ。たとえあなたがしめじが原のさせも草のように胸を焦がして思い悩むことがあっても)の句を引いて「しめぢが原の」と答えた。その言葉を当てにして待っていたが、今年の秋も選にもれてしまった。それを恨んでこの歌を詠んだ。

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和歌の修辞技法

枕詞
 序詞とともに万葉以来の修辞技法で、ある語句の直前に置いて、印象を強めたり、声調を整えたり、その語句に具体的なイメージを与えたりする。序詞とほぼ同じ働きをするが、枕詞は5音句からなる。
(例)2、3、4、17、33、76の歌
 
序詞(じょことば)
 作者の独創による修辞技法で、7音以上の語により、ある語句に具体的なイメージを与える。
(例)3、13,14、46、48、49、77、92、97の歌
 
掛詞(かけことば)
 縁語とともに古今集時代から発達した、同音異義の2語を重ねて用いることで、独自の世界を広げる修辞技法。一方は自然物を、もう一方は人間の心情や状態を表すことが多い。
(例)8、9、10、16、19、20、22、25、27、28、51などの歌
 
縁語(えんご)
 1首の中に意味上関連する語群を詠みこみ、言葉の連想力を呼び起こす修辞技法。掛詞とともに用いられる場合が多い。
(例)14、19、25、27、46、51、55、57、60などの歌
 
体言止め
 歌の末尾を体言で止める技法。余情が生まれ、読み手にその後を連想させる。新古今時代に多く用いられた。
(例)2、10、31、64、70、76、87などの歌
 
倒置法
 主語・述語や修飾語・被修飾語などの文節の順序を逆転させ、読み手の注意をひく修辞技法。
(例)9、14、17、23、28、29、34、40、42、51などの歌
 
句切れ
 何句目で文が終わっているかを示す。万葉時代は2・4句切れが、古今集時代は3句切れが、新古今時代には初・3句切れが多い。
(初句切れの例)42、90の歌
 
歌枕
 歌に詠まれた地名のことだが、古今集時代になると、それぞれの地名が特定の連想を促す言葉として用いられるようになった。
(例)2、4、7、8、10、13、14、16、17、18、19、20、25、26、27などの歌

おもな歌枕

宇治
京都府宇治市の一帯で、「宇治山」「宇治川」「宇治橋」などと詠まれる。俗世から離れた隠遁の地とイメージされ、また冬に氷魚漁の網代(あじろ)が設けられたことから、「網代木」「霧」とともに冬の風景として詠まれた。
 
逢坂山・逢坂の関
近江国(滋賀県)と山城国(京都府)との国境にある山が逢坂山で、逢坂の関はその近江側にあった関。伊勢の鈴鹿、美濃の不破とともに三関の一つで、人々の往来が多かった。
 
小倉山
『万葉集』では奈良県桜井市近辺の山をいい、『竹取物語』の石作皇子の話に出てくる「小倉山」もこれにあたる。
平安期以降は京都市右京区嵯峨の嵐山と向き合う山をいう。
 
末の松山
陸奥(みちのく)の古地名で、岩手県二戸郡一戸町にある浪打峠とも、宮城県多賀城市八幡の末の松山八幡宮付近ともいわれる。
 
須磨
神戸市須磨区の海岸に近いあたり。天智天皇のころに関が設けられたことから、「須磨の関(守)」などとも詠まれた。
 
住の江
大阪市住吉区の住吉神社を中心とした一帯。「住吉」ともいう。「波」「松」「忘れ草」とともに詠まれることが多い。
高砂
兵庫県高砂市。常緑の松の名所だったことから、長寿・不変がイメージされた。
 
竜田
奈良県生駒郡斑鳩町の一帯で紅葉の名所。「竜田川」は生駒山地の東側を南に流れる川。
 
吉野
奈良県吉野郡吉野町。春は桜、冬は雪を連想させる歌枕。