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貧乏人の小物沢山?

 オーディオに関する格言に「貧乏人の小物沢山」というのがあるそうですね。そのココロは、オーディオアクセサリーのたぐいは、ある程度経験のある人が最後のたしなみにする程度が望ましく、システムも決まらないうちに、風評だけでアクセサリーをいじっても浪費がかさんで貧乏するだけだ、って。

 これは実に耳の痛い言葉です。私の場合、システムはそこそこ決まっているものの、目新しいものを目にし、あるいは風評に流されて、これまで、もう数え切れないほどたくさんの小物アクセサリーを買ってきました。かつて音質向上に向けて暗中模索していた時期がありまして、中には良い物もありましたが、全く効果が分からなかった物や、言うのも恥ずかしいほどオカルト的な物も少なくありません。近ごろになってようやく落ち着いてきましたが、結果、ビンボー。

 でもですねー、あえて言い訳させていただくと、そういう冒険というか試行錯誤というか失敗の経験というか、全部ひっくるめてオーディオ趣味の楽しさだと思っています。だって、最初から正解が決まりきっていたら面白くないじゃないですか。試さずに悶々としているよりは、たとえ失敗しても試して納得するほうがまし。それに、お金持ちはもっとたくさんのアクセサリーを持っているんじゃないでしょうかしら。

 いやいや、よくよく考えると、お金持ちな人ほど余計な物は持っていないといいますね。たとえばテレビなんかでよく見かけるお金持ちの家は、どの家もすっきりした部屋ばかりです。撮影用にアレンジされているとしても、本当に室内の物が少なくてカッコよくてモデルルームみたい。ひょっとしてオーディオにも同じことが言えるのでしょうか。お金持ちのオーディオ・ファンはもともと高価な機器を取り揃えているから、それ以上は何も必要としない?

 まーともかく、やはりオーディオは色々と気を遣わなくてはならないところがたくさんあります。決してシステムを組んだら「はい終わり!」ではないわけです。もっといえば、高価な機器ほどアクセサリーの必要性は高まってくると思っています。適材適所のアクセサリーの導入をはじめとするあれこれの施策を経て、だんだんに音質がアップしていきます。その違いはほんの僅かかもしれませんが、自身の耳で確認できたときの喜びは一入です。そういうのがオーディオ趣味の醍醐味。ですので、小物沢山は大いに結構と思っている次第です。

ハードに拘るおじさん

 オーディオ機器の販売業者さんのお話によると、新しく機器類を購入したことが家族にバレないように気を使っている人がけっこういらっしゃる、とのこと。たとえば、配送先を運送会社の営業所止めに指定してくるとか、店頭で直接購入するときに使い古した紙袋に入れてほしいと頼まれる、とか。

 家ではもう奥さんに呆れられていて「また新しいものを買ってきたの、いい加減にしなさい!」みたいな状況になっているのだろう、って。あは〜、図星。私はそこまで策を弄してはいないものの、宅配便が届くたびに「何買ったの!」と、逐一厳しいチェックを受けております。その度の弁解というか、説明がややこしいったらありません。

 似たような御仁は少なからずいらっしゃることと思います。でも、つくづく不思議なのが、オーディオにしろ車にしろ、おじさんはなぜにこうまで機械(ハード)にこだわるのでしょうか。一方、女性はまったくといっていいほど機械やスペックなどに興味を示さない。なんでそんなに鷹揚というか無頓着でいられるのか不思議でなりません。この男女の?決定的な溝はいったいどうやって埋めたらいいのか。それとも、そもそも埋まらないのか。
 


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ダイナミックレンジ

機器が処理可能な音(信号)の大小の幅を示したもの。単位はデシベル(dB)。この数値が大きいほど小音量と大音量の幅が広くなり、音楽の表現力も豊かになる。

通常、音量を下げていくとやがて音源ソースは機器が持つノイズに埋もれていくので、これが信号の最小値になる。また、音量を上げていくとだんだん歪みが大きくなり、正しく信号が再生できなくなるので、これが最大信号の限界となる。

人間の聴覚が持つダイナミックレンジ、すなわち知覚できる最小の音圧と、苦痛を感じる最大音圧の比率は、およそ120dBといわれる。

聴感上の音量変化の幅が広い音を、「ダイナミックレンジが広い」などと表現する。一般のCDは96dB、レコードはおよそ65dBといわれる。

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