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ベートーヴェンの《交響曲第9番》

 ベートーヴェン最後の交響曲である《第9番》が、1824年に初演されたときのエピソードは有名ですね。この時すでに完全に聴力を失っていたベートーヴェンが指揮台に立ったものの、楽団員たちは彼の横に立つ副指揮者を見ながら演奏。終わると聴衆は大喝采の拍手を送りましたが、ベートーヴェンには聞こえず、全く気づかなかった。見かねたアルト歌手が彼の手を取って観衆の方を向かせ、盛大に拍手をしている聴衆を目にしたベートーヴェンは、喜びのあまり気を失いかけた、というものです。

 ところが、大成功を収めた初演の後に行われた演奏はことごとく失敗、あるいは微妙な評価にとどまったといわれます。第4楽章が長大に過ぎ、第3楽章までに比べて異質だとされてウケが悪く、さらに当時のオーケストラや合唱団の技術ではこの曲を完璧に演奏するのが困難だったそうです。なもんで、やがて殆ど演奏されなくなり、人々の間では「ベートーヴェンが晩年に作った謎の大曲」との記憶だけが残ったとか。

 ベートーヴェンも初演以後に、第4楽章を器楽のみの編成に改める、あるいはテナーのソロ・パートを歌いやすく変更しようと計画したそうです。しかしそれは実現せず、今のような評価を得られないまま、彼はこの世を去ってしまいます。《第9番》の真価が初めて世に広まったのは、その20年後、リヒャルト・ワーグナーの手によってでした。少年時代からベートーヴェンに心酔していたワーグナーは、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の指揮者に任命されると、周囲の反対を押し切って《第9番》をプログラムに載せ、猛練習を繰り返して見事な演奏をしたのでした。

 私たちは残念ながらそのときの演奏を録音によっても耳にすることはできませんし、またベートーヴェンが存命していたとしても聴こえるべくもありませんが、せめてその事実だけでも知らせてあげたかったですね。晩年には耳の疾患に加え、人気も衰え、パトロンも去り、金銭的にも困窮し失意のどん底にあったというベートーヴェン。そのベートーヴェンが生涯の最後に戦いを挑んだ《第9番》だったのに・・・。彼の無念さを思うとたいへん胸が痛みます。

 今や欧州連合(EU)のシンボル曲に選定され、日本では年末に恒例として演奏される《第9番》。あの合唱の迫力と響きは、CDではなく、やはり生の演奏ならではですねー。私が《第9番》で最もエクスタシーを感じるのは、何といっても第4楽章のコーダ(終結部)です。楽器がぶっ飛びそうになるほどの超加速テンポ。そして最後の激しい一音でこちらの魂もぶっ飛ぶのであります。

ベートーヴェンの『エグモント序曲』

 ベートーヴェンの作品には、いくつかの短めの序曲があります。その中で『エグモント』序曲は、他のソプラノ独唱を含む9曲とともに、ゲーテの史劇『エグモント』につけた劇音楽です。とはいうものの、現在では全曲が演奏される機会はごく稀で、この序曲のみが演奏される場合が殆どだそうです。私も残念ながら序曲以外の9曲はまだ聴いたことがありません。

 作曲経緯は、1809年にウィーン宮廷劇場が、ゲーテとシラーの戯曲に音楽をつけてオペラのように上演する計画を立て、ゲーテの作品から『エグモント』を選んでベートーヴェンに作曲を依頼したことに発します。シラーの作品からは『ヴィルヘルム・テル』が選ばれ、こちらは別の作曲家に依頼されましたが、ベートーヴェンは本当は『ヴィルヘルム・テル』の方に曲をつけたかったようです。しかし、敬愛するゲーテの作品というので、否応なしに引き受けたとか。

 史劇『エグモント』のあらすじは次のようなものです。オランダ独立運動の指導者エグモントが、スペインの圧制に抗して戦うものの、捕らえられて死刑の宣告を受けてしまう。愛人のクレールヒェンが、必死にエグモントを救おうとするが、力及ばず服毒自殺を図る。いよいよ断頭台に引かれることになったエグモントは、少しの間まどろみ、そのときクレールヒェンが自由の女神になって現われ、彼を祝福する。目覚めたエグモントは強い足どりで刑場へと向かう・・・。エグモントは実在の人物であり、史実に基づいた物語だそうです。

 ベートーヴェンによる序曲は、わずか10分足らずの短い演奏でありながら、この英雄の悲劇的なストーリーをギュッと凝縮しているかのようです。冒頭は強烈ながらも短調の暗い和音で始まり、続いて激しい戦いを表現するような勇壮な音楽。そして最後は、エグモントを称える明るく勇ましい音楽に変化して終わります。いやいや、実にドラマチックで、残りの9曲を聴かずともエグモントの世界に浸れるというと、ちょっと言い訳っぽいでしょうか。そして、短い時間でベートーヴェンのエッセンスを味わいたいときに聴くには持ってこいの曲だとも思います。そう、第九のような「苦悩」から「歓喜」へ!
 

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