本文へスキップ

ブラームスの《交響曲第1番》

 クラシック音楽駆け出しのころ、初めてこの曲の出だしを聴いたときの衝撃といったらなかったですね。いきなり苦悩が全開!なもんだから、「うわー、勘弁してくれー」みたいな。こんなにヘビーに始まる交響曲は他にないんじゃないでしょうか。しかしながら、最初からゴーンとありのままの感情をぶつけてこられたら、かえって清々しささえ感じてきます。嫌悪感は吹っ飛び、「そうか分かった。じゃあ話を聞いてやろうじゃないか」と、こちらも前のめりな気持ちになってくるから不思議です。

 しかしながら、かの故・宇野功芳先生はブラームスの「暗さ」がどうにも苦手だったようで、著書のなかでこんなふうに語っています。

 ―― ブラームスの作品は私小説のようなものだと思う。一生独身で過ごした彼の、うすよごれた部屋に通され、人生の淋しさをしみじみ語り合う趣がある。わるくいえばグチを聞かされるのだ。
 もちろん彼は実力者であり、その音楽は分厚くて立派である。彼のファンは多いし、とくに学者が好むという。彼らにいわせると「ブラームスの音楽は人を反省させる」のだそうだ。冗談じゃない、音楽を聴きながら反省なんかしたくない。ブラームス自身、「私の曲を聴くときは白い手袋をして、涙をふくためのハンカチを一枚よけいに用意してほしい」と語っている。――


 うーん、私は宇野先生とは違い、ブラームスのネクラさはむしろ好ましく思っている方ですけど、でも涙をふくハンカチを用意しろなどという押しつけがましさは、ちょっと勘弁してほしいところです。しかし、敢えてそんな不粋?な発言をするところが、またブラームスらしい生真面目さといいますか、不器用さの表れなのかもしれません。こんなこと言ったらファンの方に怒られますかね。

 《第1番》は、着想から完成まで実に21年を要したというブラームス最初の記念すべき交響曲です。ベートーヴェンが築いた9つの交響曲のスタイルを尊敬し意識するあまり、作曲に際しては推敲に推敲を重ね、発表にもたいへん慎重を期した結果といわれます。はたしてその苦労は報われ、指揮者のビューローは「ベートーヴェンの交響曲第10番だ」と絶賛し、聴衆からも高く評価されたそうです。「苦悩から光明へ」というベートーヴェンを継いだような構成も肯定的に受け入れられたとか。

 宇野先生も、「第1番だけは何とかいける」と言っています。この曲には、悲しみや苦しさとたたかう前向きな姿勢がみられるから、って。苦悩に始まり、各楽章の劇的な推移を経て、華やかで壮麗に終わる最終楽章では『喜びの歌』によく似たメロディーも登場し、とても晴れやかな気持ちで聴き終えることができます。愛聴盤は、アバド指揮、ベルリン・フィルによる1990年の録音です。大らかでありながら、情熱溢れる名演かと思います。何かこう、しっかりした気持ちになりたいときによく聴いています。私も反省させられているのかもしれません。

宇野功芳(1930〜2016年)
 指揮者で音楽評論家。「音楽評論家である以上、好き嫌いではなく良し悪しを 語らなければならない」という信念のもと、自分だったらどのように演奏するかとの観点から、独自の評論を展開。一般的な評価や人気などには一切斟酌せず、表現は非常に辛辣で、たとえば「メータのブルックナーなど聴くほうがわるい、知らなかったとは言ってほしくない」とか「あの顔を見れば、およそどのような指揮をする人であるかは一目瞭然」など。しかし、優れていると思った演奏は、ふだん酷評してばかりいる演奏家であってもきちんと褒めている。
 

【PR】

ブラームス・ファンの葉加瀬太郎さん

 ブラームスのことを「ネクラ」だといってひどく嫌悪していた故・宇野功芳先生に対して、ブラームスが最愛の作曲家だといって激賞しているのが、ヴァイオリニストの葉加瀬太郎さんです。

 葉加瀬さんによれば、敬愛する音楽家をあげればきりがないけど、ブラームスは別格だそうです。ブラームスの音楽を聴くときは、どれも映画が始まるときのようにワクワクする、って。それほどまでに大好きな理由は、まず第一に駄作がないことを挙げ、そこが圧倒的に信用できるところですって。さらに次のようにおっしゃっています。

 ――ブラームスの曲は、作曲家自身が抱えているたくさんのやりたいことを惜しみなく曲に盛り込んでいるのに、独りよがりになっていないので、演奏する側もとても楽しい。オーケストラはどのパートもすべてが弾きやすく、全員が主役のような気持ちになれます。 しかも、音楽は繊維のように入り組んで編まれているので、みんなが一緒になって演奏しないと成り立ちません。手を抜ける瞬間がないから、誰もが一生懸命にならざるを得ない。だからこそ音楽がみずみずしくなるんですね。

 (ブラームスの楽譜は)アンサンブルのチームワークをよくわかった上で、すごく考え抜いて書かれているのがわかります。本当によくできていると思います。彼の譜面はものすごい情報量で、いろんなことを教えてくれます。見れば見るほど、演奏すれば演奏するほど、新たな発見や気づきがある。昨日見つからなかったところが今日見つかったりする。

 あまり言及されないことですが、ブラームスはリズム感がいい。とにかくシンコペートが素晴らしい。僕は1拍目にドーンっとやられる曲がなにしろ嫌いなんですよ。「ドーン、ドンドドーン、ドーン、ドーン」っていうのが嫌。僕は「ンパー、パー、パー」っていう裏拍が好き。ブラームスはそれをオーケストラで用いているのがおもしろい。

 多くの音楽家は 、依頼ありきで作曲します。誰々に頼まれたから作る。ブラームスにもそういう作品はありますが、依頼がなくても彼はどんどん曲を書いていたんです。

 それは、フリッツ・ジムロックという男とブラームスの間で、「すべての曲を買い取るから、とにかく好きな曲を書け」という契約が結ばれていたから。ジムロックはブラームスの友人で、楽譜出版社を経営していました。ブラームスの財産管理もしていたらしいので、二人の信頼関係は相当強かったのだと思います。そのジムロックが、どんな編成の曲だろうと思いついたらどんどん書け、出版して売るからといって、それまで見たこともないようなギャラをブラームスに渡していたんです。すべての曲に無条件に。

 ですが、僕が思うに、縛りがない分プレッシャーが相当あったはずです。縛りがないということは、どんなものでも許されちゃう。だからこそ、ブラームスはすごく厳しく自制して、絶対に変なダサい曲は書かないと誓ったのでしょう。ストイックに音楽にすべてをささげて、音楽の中にすべてをぶち込んだのだと思います。――


 いかがでしょう。同じ音楽家であってもこんなに極端に好悪が分かれるなんて面白いもんです。日本ではとてもファンの多いとわれるブラームスです。とりわけ学者さんが好むんだとか。真面目で頭がよい人に愛されるんでしょうか。そんなこと言ったら宇野先生に失礼ですね。
 

【PR】

オーディオの話

オーディオは一生の友。ゆる〜いファンではありますが、いろいろと感じることがあります。


目次へ ↑このページの先頭へ

【PR】

ブックオフオンライン【PC・スマホ共通】

クラシック音楽用語

アゴーギク
正確なテンポやリズムに微妙な変化をつけて、表情を豊かにすること。

アーティキュレーション
音符を実際にどう表現するのか、音の切り方、つなぎ方、伸ばし方などのこと。

イン・テンポ
正確な速さで。演奏速度を一定に持続すること。

ヴィヴラート
声や音を伸ばす箇所で、音程を上下に震わせて音に表情をつけるテクニック。

ヴィルトゥオーソ
名人芸。超人芸。超絶技巧。

オブリガード
独奏または独唱部の効果を高めるため、伴奏楽器で奏される主旋律と相競うように奏される助奏。

オペレッタ
19世紀後半にウィーンやパリで流行した大衆的なオペラ。 オペラより台詞が多く、脚本が重視され、コミカルな内容の作品が多い。

オラトリオ
宗教的な題材をもとに、独唱、合唱、管弦楽のために劇的に構成した楽曲。

カデンツァ
協奏曲の曲中、演奏者が自由にアレンジして自分のテクニックを披露できる即興的な部分のこと。

カノン
ある声部の旋律を他の声部で、厳格に模倣しながら追いかけてゆく技法、また曲。

間奏曲
劇やオペラの幕間に奏される曲。通常は器楽曲。

カンタータ
一般にオーケストラ伴奏の付いた声楽曲のこと。キリストに関係のあるものを「教会カンタータ」。関係のない物を「世俗カンタータ」として区別する。

奇想曲
軽快で気まぐれな器楽小品。

狂詩曲
一定の形式をもたないで、いくつかの楽想をつぎつぎに配列した、きわめて自由で奔放華麗な器楽曲。 民族的な音楽が多く素材とされる。

【PR】

VAIO STORE

目次へ