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哀しみのクラシック音楽ファン

 クラシック音楽を聴くことを強くお勧めするものの、一方では残念なことに、クラシック音楽ファンであることの悲哀、寂しさというものがございます。それは、他人から滅多に共感や理解を得られないことです(家族でさえも)。たとえば人との会話の中で「どんな音楽が好きですか?」と尋ねられて「クラシック音楽です」と答えても、多くの場合、そこから先の会話が殆ど進みません。せいぜい「あー、いい趣味ですね」ぐらいの反応で終わっちゃう。

 ごくたまに「私もファンです!」という人がいて「やった!」と喜んでも、いざ話し出すとうまく噛み合わないことが、ままあります。ふつうは何らかのファン同志だと共感してめちゃくちゃ盛り上がるんですが、クラシック音楽では必ずしもそうはならない。人それぞれに嗜好、方向性、深度、経験などが異なるのは他の分野のファンにもいえることですが、クラシック音楽の場合は、それが露骨な差別意識、格差意識となって現れることがしばしばあります。

 とりわけ通(つう)を自認しているような人の中には、オーディオマニアもそうなんですが、何かにつけて相手のマウントを取ろうとする人が少なくないように感じます。私もかつて、そんな人から見下され、嫌な思いをしたことがあります。まークラシック音楽もオーディオも、人それぞれに独特の価値観や強い思い入れ、拘りを生じる趣味ですから、そんなふうになるのはある程度は仕方がないのかもしれません。でも、とても残念な部分ではあります。

 一方では、クラシック音楽には全くの門外漢の同僚から、激しく批判を浴びたこともあります。「あんなの何が楽しいんですか。ポップスやロックだと、アーティストや曲目は無限に広がっていくのに、クラシックなんて、限られた曲数をあれこれ聴くだけじゃないですか」って。「いや、そういうことではないんだ」と反論しようとしましたが、一切聞く耳を持たないオーラが全身から発散されていましたので、それ以上言うのはやめました。もー何といいますか、「哀しみのモーツァルト」などとよく言われますが、まさに「哀しみのクラシック音楽ファン」でありますよ。
 
 ですので、クラシック音楽に熱中するに際しては、そのあたりの覚悟?はしておいたほうがよさそうです。気の合う仲間を見つけるのはなかなか困難です。まーでも、しょせんは趣味なので、他人はどうあれ自分の世界に浸れればそれで十分という認識でいいのだと思います。しかし、こうしたネガティブな話は冒頭に申し上げるべきだったかもしれません。どうかお許しください。

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音楽は血液中の赤血球を再生させるって

 うつ病などの治療法として「音楽療法」というのがありますね。もっぱらメンタル面での有効性がうたわれているわけですけど、新たな実験によれば、それ以外にも、音楽によって赤血球の数が増える、つまり血液に関して細胞が健康になることが実証されたというのです。

 さらに、いろいろなジャンルの音楽で試した結果が興味深いところでして、てっきり激しい音楽より、穏やかで心安まる静かな音楽のほうがよいのかと思いましたら、むしろ逆で、激しく賑やかな音楽のほうがたくさん赤血球が増えるそうです。クラシック音楽ファンとしてはちょっと残念です。

 反対に実験の中で唯一、赤血球が破壊されたのが105デシベルのホワイトノイズだそうです。ホワイトノイズというのは「ザー」とか「ゴー」という雑音のこと。たとえば電車が通るときの地下鉄内音が100デシベル、間近での車のクラクションが110デシベル。そういう音に晒されていると、赤血球は死に続けるそうです。とてもヤバイです。
 

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オーディオの話

オーディオは一生の友。ゆる〜いファンではありますが、いろいろと感じることがあります。


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音楽は無用のようでありながら、じつは調和を考えるうえで大いに有用であり、仁義という、人の愛情のあり方も、調和がなければ自我のけわしさに埋没するしかない。極言すれば、音楽がわからなければ、人を愛する愛しかたがわからない。
 
〜宮城谷昌光

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