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クラシック音楽の曲名

 数多あるクラシック音楽のなかには、曲名があるのと無いのとがありますね。初心者にとっては、単に《第〇番》と呼ばれるより《運命》とか《ジュピター》とかの曲名があったほうが区別しやすくて何かとありがたいものです。実際、曲名付きの楽曲のほうが多くの人気を得やすいようで、まーそれはそういうもんでしょう。しかし一方では、誤解を招きやすく、また作曲家の意図と離れたイメージが固定化してしまう面もありますから注意が必要です。

 たとえばモーツァルトの交響曲で名前が付いているのは、第31番《パリ》、第35番《ハフナー》、第36番《リンツ》、第38番《プラハ》、第41番《ジュピター》です。パリ、リンツ、プラハは地名で、いずれも初演された地を表しています。《ハフナー》はハフナー家のために作曲した別の曲を改訂したのでこの名で呼ばれ、《ジュピター》は最高神ゼウスのことで、興行師が付けた題名です。いずれも曲の内容とは全く関係なく、モーツァルト自身もそんな名前で呼ばれているとは露も知りません。

 ベートーヴェンの交響曲第5番《運命》については、ベートーヴェンが弟子に第1楽章のジャジャジャジャーンという冒頭部分を「運命がこのように扉を叩く」と説明したという伝説からきているとされます。けっこう有名な話ですが、しかし、この伝説自体の信ぴょう性が疑わしく、さらには《運命》という題名は日本でしか使われていないといいますから「え、ホンマかいなー」と唖然とさせられます。

 またピアノ・ソナタ第14番《月光》もベートーヴェンが名付けたものではなく、この曲の第1楽章を聴いたある詩人が「スイスの湖の月光にきらめく波間に漂う小舟のよう」と評したのが元になっているそうです。また、同じくピアノ・ソナタの第15番《田園》、第23番《熱情》などはベートーヴェンの死後に出版社が勝手に名付けたもので、そのほうがよく売れるからだったそうです。まさに商業主義の副産物。ただ、交響曲第6番の《田園》はベートーヴェン自身が付けた名前です。

 ほかにも作曲家の意思とは全く無関係に名前が付けられた曲は多く、いくつか挙げますと、マーラーの交響曲第2番《復活》、同第8番《千人の交響曲》、ドボルザークの交響曲第8番《イギリス》、ショスタコーヴィチの交響曲第5番《革命》、ショパンの《別れの曲》《子犬のワルツ》《雨だれ》などです。こういうの、皆さまはいかが思われるでしょうか。あまり目くじら立てる必要はないかもしれませんが、少なくとも名前が付けられた事情は知っておいた方がよさそうです。

『100曲クラシック=ベスト』

 このCD、何と10枚組で3,000円もしないんですよ。ずいぶん安いです。でも、こういうコンピレーションものについては、クラシック音楽を聴いたことにはならないとか、鑑賞に耐えないとか、決してクラシック音楽ファンが増える助けにならないなどの批判を耳にすることがあります。そんなの聴いたって、クラシック音楽の何が分かるんだ!?って。

 しかしながら、これからクラシック音楽を始めようとする人にとって、これほど有難いCDはないと思います。私のクラシック音楽ファンとしての経歴はたかだか十数年ですが、私の場合、最初はiTunesで無料で試聴できる部分を片っ端から聴いたもんです(しみったれですので)。1曲あたり30秒くらいですが、そのわずかな時間のなかで、ピンと来る曲を探し求めたんです。当時はほとんど何も知らない私でしたからね。

 そうしたら、何曲も何曲も聴いているうちに、突然ビビビッと来る曲に出会ったんです。Apollo's Fireという楽団が演奏する、モーツァルトの《ピアノ協奏曲第20番》です。長い前奏があってソロピアノが入るか入らないかのところで時間切れになりますが、「うわー何と雰囲気のある曲なんだ!」って、たったそれだけでとても感動したのを覚えています。あの時の、あの曲、あの演奏との出会いが、今に繋がっているんです。

 誰だって、始めは初心者ですからね。そんな人がいきなり長大な交響曲の全楽章を聴かせられたって、たちまち拒否反応を起こしてしまうのがオチです。かの宇野功芳先生も生前、初心者へのアドバイスとしておっしゃっていました。とにかく多くの曲を聴きなさい、そして、好きなメロディがあったらそこだけでもいいから繰り返し聴きなさい、って。本当にそう思います。


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