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チャイコフスキーの二面性

 音楽評論家の樋口裕一さんが、チャイコフスキーの二面性について語っています。誰にも二面性はあるものだけど、チャイコフスキーの場合は納得できないレベルだって。たとえば、交響曲第6番『悲愴』の第1楽章、静かに鳴ってやがて音が途絶える。誰しもここで音楽が終わると思う。ところがその後、大音響が鳴り響く。聴く者は、心臓が止まるような驚きを覚えるだろう、って。

 確かに、名盤とされるカラヤン指揮、ウィーンフィルのCDを聴いていますと、来るぞ、来るぞと待ち構えていても、毎度、破壊的な大音響に打ちのめされます。初めて聴いたときなんぞ、もうショック死しそうになりましたから。それまでの音が割りと小さいため音量を上げていたので余計です。この作曲家は、いったい何という曲を作るのか、とゲンナリもしたもんです。

 樋口さんによれば、悪く言うと、これまでおとなしかった人間が突然キレてヒステリックになるようなもんだと。それが日常生活で行われると困るけど、こと芸術作品の中で起こると、そこに魂の躍動が起こり、カタルシスが起こる。それがチャイコフスキーの音楽の魅力でもある、って。うーん、なるほどではありますが、いくら「芸術は爆発だ!」とか言われても、あれはちょっと度を超えていると思うなー。極めて心臓によくない。

チャイコフスキーvs.ブラームス

 指揮者の藤岡幸夫さんが、クラシック音楽のテレビ番組で語っていたエピソードです。後期ロマン派の同時代に活躍したチャイコフスキーとブラームス。しかし、チャイコフスキーはブラームスのことが嫌いだったといいます。周囲に向かって「ブラームスは好きじゃない。彼の音楽は訳が分からない。退屈で魅力的な旋律が一つもない」と放言していたほどです。

 そして、ずいぶん後になって、ドイツのハンブルクに、ブラームスが自分の交響曲第4番を指揮しに行ったそうです。そしたら翌週にチャイコフスキーが自作の第5番を指揮するために同じホテルにやって来るというじゃありませんか。それを知ったブラームスはわざわざ滞在を延ばして、第5番を聴きに行ったんですね。そしたら、あれだけブラームスの悪口を言っていたチャイコフスキーが、ブラームスが自分のコンサートに来てくれるというので大いに喜び、コンサート後に食事に招待したのです。そして、二人は急速に仲良くなったそうです。

 酒食が進んだその席で、チャイコフスキーが「僕の5番の感想を聞かせてくれ」と尋ねたそうです。するとブラームスは「とても素晴らしいけど、最後だけはわざとらしくて良くない」と答えたのです。ずいぶんはっきり言っちゃった。そしたらチャイコフスキーは「僕もそう思う」って。二人とも、とてもいいヤツじゃないですか。藤岡さんはさらにこうおっしゃっています。やっぱりお互い直接会って飲まなきゃね、って。全くの同感であります。
 


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