クラシック音楽ファンならずとも、老若男女の誰もが知っているベートーヴェンの交響曲第5番『運命』。あの単純ともいえるダダダダーンの出だし、実は演奏する側、とくに指揮者にとってはなかなか一筋縄ではいかないそうです。金聖響さんによれば、
―― まず最初にフォルテッシモで♪ダダダダーン! ダダダダーン!と4つの音を2度、弦楽器とクラリネットで鳴り響かせますが、まず、この音を合わせるのが難しい。至難の業です。カラヤンがベルリン・フィルを振った映像でも、イチ、ニ、サン、ン♪ダダダダーンと、3回棒を振ってからオーケストラに音を出させています。バーンスタインがウィーン・フィルを振った映像でも、「イチッ、ニッ、ン♪ダダダダーン」と、音の出る前に2度振っています。ここで「ン」といったのは、最初の音が出る前に、八分休符があるからですが、その前に指揮棒を1回振り上げるだけでダダダダーンと、すぐにオーケストラが入るのは無理でしょうね。それでは、絶対に揃いません。――
そういうもんなんですねー。素人はそんな苦労があるとは露知らず聴いているわけですが、聴くと弾くとでは大違い。私のような者にとって、こうした実際の演奏者の方のお話ってのは、なかなか興味深いものです。
ところで、同じく金聖響さんが語っていたエピソードですが、何十年も前に、作家の五木寛之さんが、ある大女優との対談で、「どんな音楽が好きですか?」と尋ねたら、「ベートーヴェンの運命交響曲です」との答えが返ってきて、五木さんは「えっ」と声を上げて驚いたそうです。次の言葉が出なかったって。その大女優とは、あの吉永小百合さんです。
金聖響さんもこの話を聞いてずいぶん驚き、なぜかというと、クラシック音楽を少しでも好きな人なら、たしかにベートーヴェンの音楽は必ず聴いているだろうし、心をふるわせたこともあるだろうけど、ふつうは「運命交響曲が好き」との答えはまず返ってこないからだそうです。あまりに有名すぎる曲なので、真正面からはなかなか言いにくいもの。まして名だたる女優さんなら、ドビュッシーとかラヴェルとか、シベリウスとかサティなんて答えるほうが格好いいし、似合っている。
それを吉永さんは、何のてらいもためらいもなくベートーヴェン、しかも『運命』と堂々と答えた。さすがに大女優の大女優たるゆえんだと、たいへん感じ入ったそうです。こういうの、やはり自分に自信がある吉永さんならではの、素直で自然な反応だったのでしょうね。あえて見栄を張ったり、自分を飾り立てる必要なんて、さらさらない!
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