
『文選』
行行重行行
与君生別離
相去万余里
各在天一涯
道路阻且長
会面安可知
胡馬依北風
越鳥巣南枝
相去日已遠
衣帯日已緩
浮雲蔽白日
游子不顧返
思君令人老
歳月忽已晩
棄捐勿復道
努力加餐飯
行(ゆ)き行(ゆ)き重ねて行き行く
君と生きながら別離(べつり)す
相去(あいさ)ること万余里(ばんより)
各(おのおの)天の一涯(いちがい)に在(あ)り
道路(どうろ)阻(けわ)しく且(か)つ長(なが)し
会面(かいめん)安(いづ)くんぞ知るべけんや
胡馬(こば)は北風(ほくふう)に依(よ)り
越鳥(えっちょう)は南枝(なんし)に巣(す)くう
相去(あいさ)ること日(ひび)に已(すで)に遠く
衣帯(いたい)日(ひび)に已(すで)に緩(ゆる)む
浮雲(ふうん)白日(はくじつ)を蔽(おお)い
游子(ゆうし)顧返(こへん)せず
君(きみ)を思えば人をして老いせしむ
歳月(さいげつ)忽(たちま)ちにして已(すで)に晩(く)れぬ
棄捐(きえん)して復(ま)た道(い)う勿(な)からん
努力(どりょく)して餐飯(さんばん)を加えよ
【訳】
あなたは遠くへ遠くへ、さらに遠くへ行ってしまわれ、とうとう生き別れになってしまいました。もはや万余里も離れてしまい、お互いがそれぞれ天の一方の果てにいるかのようです。二人の間の道のりは険しく長く、いつ会えるかなんて知ることもできません。
北の国に生まれた馬は北風に向かって身を寄せ、南の国に生まれた鳥は南に面した枝を選んで巣作りをすると言います。あなたも故郷を恋しく思っていませんか。
お別れした日が日増しに遠く感じられ、私は日に日に痩せて、衣服の帯が緩くなるばかりです。浮雲が太陽を覆い隠すように、旅するあなたは振り返ってはくれません。
あなたのことを思い、私は老け込んでしまいました。歳月はたちまちのうちに過ぎ去ってしまいます。もはやあなたへの想いはうち捨てて二度と言いません。どうかご飯をたくさん召し上がって、お元気でいてください。
【解説】
『文選』は、六朝時代の梁の昭明太子が側近の文人らの協力を得て編集した詩文集です。30巻からなり、春秋戦国時代以降の800余の文章・詩・賦が収録されています。この詩は『古詩十九首』の其の一で、遠くへ去っていった夫を思う妻の気持ちが詠われています。ただし、前半の8句を夫の言葉、後半の8句を妻の言葉とする解釈もあるようです。なお、与謝蕪村はこの詩を踏まえ、「行々てここに行々夏野かな」という句を詠んでいます。
〈行行重行行〉は、どんどんと遠くに行ってしまうこと。〈君〉はわが夫のこと。〈生別離〉は生きながら別れること。〈会面〉は面会。〈胡〉は北方の国、〈越〉は南方の国。「胡馬依北風 越鳥巣南枝」は「馬や鳥でさえも自分がやってきた方角を意識しています。あなたは私と過ごした故郷のことを思っていますか」と問いかけており、〈浮雲〉は他の女の譬えで、「浮雲蔽白日 游子不顧返」には「他の女があなたを隠してしまい、あなたは振り返らない」という意味が込められているとされます。〈棄捐〉は捨てる。〈道〉は言と同じで「いう」と読む。〈加餐飯〉は当時の挨拶言葉で、「ご健勝でたくさんご飯を召し上がれ」の意。
【PR】
『文選』編纂のポリシー
昭明太子が『文選』を編纂するにあたって掲げた基準は、文学の歴史において画期的なものでした。それまでの中国では、歴史書や哲学書(『論語』などの経典)もすべて同じ「書物」として扱われていましたが、彼は「純粋な文学としての美しさ」に明確な線を引きました。ただの歴史の記録や、道徳・哲学の理屈を並べただけの文章、つまり「事理をいうもの」は、どれだけ立派でも『文選』には入れませんでした。深い情趣をたたえ、言葉のレトリック(対句や美しい表現)が極限まで洗練されているもの、すなわち、「内容の深さ(質)」と「表現の美しさ(文)」が完璧に融合した名文・名詩だけを厳選したのです。これによって「文学」というジャンルの独立性が一気に高まりました。
→目次へ
|
がんばれ高校生!
がんばる高校生のための文系の資料・問題集。 |