時は平安時代。在原業平(ありわらのなりひら)青年が、幼なじみでずっと想いを寄せていた隣家の紀有常(きのありつね)の娘に、歌を贈りました。その歌とは、
筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざる間に
「あなたと会わないでいるうちに、ボクの背丈もずいぶん伸びてきましたよ」というような意味ですね。すぐに「逢いたい」とか「好きです」なんて言わず、かなり婉曲的な表現になっています。これに対して娘が返事をよこしてきたのは、
くらべこし 振り分け髪も 肩過ぎぬ 君ならずして たれか上ぐべき
意味は、「あなたと比べっこをしていた私のおかっぱの髪も、今では肩を過ぎてずっと長くなってしまいました。でも、あなた以外の誰のために私の髪を結い上げて成人のしるしとできましょうか」
いかがでしょう。幼馴染みで初恋の男の求愛に対し、これほど見事な答えはないのではないでしょうか。奥ゆかしさのなかにも、一途な想いと熱い情感がズコーン!と伝わってきます。しかも何という洗練さ! かの時代の男女のありようのあまりのカッコよさに、舌を巻かざるを得ません。
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