マキャヴェリの言葉

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  • 君主たらんとする者は、種々の良き性質をすべて持ち合わせる必要はない。しかし、それらを持ち合わせていると、人々に思わせることは必要である。
  • 為政者であろうと指導者と呼ばれようと、支配者の存在しない社会はあったためしはない。
  • 君主は、悪しきものを学ぶべきであり、しかもそれを必要に応じて使ったり使わなかったりする方策も会得すべきである。
  • 私は、愛されるよりも怖れられるほうが、君主にとっては安全な選択であると言いたい。なぜなら、人間には、怖れている者よりも愛している者のほうを容赦なく傷つけるという性向があるからだ。
  • 別の人格を装うことは、場合によっては賢明な方法になる。
  • 個人の間では、法律や契約書や協定が、信義を守るのに役立つ。しかし、権力者の間で信義が守られるのは、力によってのみである。
  • 謙譲の美徳をもってすれば、相手の尊大さに勝てると信ずる者は、誤りを犯すはめになる。
  • 我々の経験では、信義を守ることなど気にしなかった君主の方が、偉大な事業を成し遂げていることを教えてくれる。
  • 統治者の知性を測る最もよい方法は、側近に置いている者を観察することである。
  • 運命の女神は、積極果敢な行動をとる人間に味方する。
  • 良い進言から君主の深い思慮が生まれるのではなく、君主の深い思慮からよい進言が生まれる。
  • 武装する預言者が勝利を収めることができるのであり、反対に、備えなき者は滅びるしかなくなる。
  • 君主にとっての敵は、内と外の双方にある。これらの敵から身を守るのは、準備怠りない防衛力と友好関係である。
  • 自らの安全を、自らの力によって守る意思を持たない場合、いかなる国家といえども、独立と平和を維持することはできない。
  • 祖国の存亡がかかっているような場合は、その目的にとって有効ならば、いかなる手段も正当化される。
  • 弱体な国家は、常に優柔不断である。
  • 人間というものは、自分を守ってくれなかったり、誤りを正す力もないものに対して、忠誠であることはできない。
  • 恩恵は、人々に長くそれを味わわせるためにも、小出しにして施すべきである。
  • 残酷さが小出しにされ、時が経つにつれて度を増していく場合は、残酷さが下手に使われるということである。
  • 結果さえよければ、手段は常に正当化される。
  • 寛大は用いるにあたって当(とう)を得なかったならかえって有害である。
  • 中くらいの勝利で満足する者は、常に勝者であり続けるだろう。
  • 人の上に立つ者が尊敬を得るには、大事業を行い、前任者とは違う器であることを、人々に示すことである。
  • 人を率いていくほどの者ならば、常に考慮しておくべきことの一つは、人の恨みは悪行からだけではなく、善行からも生まれるということだ。
  • 君主たる者は、才能ある人材を登用し、その功績に対しては、十分に報いることも知らねばならない。
  • 地位獲得の当初は敵に見えた者の方が、もともと味方であった者よりも役に立つことが多い。
  • 思慮に富む武将は、配下の将兵を、やむをえず戦わざるを得ない状況に追い込む。
  • 一軍の指揮官は、一人であるべきである。
  • 天気のいい日に嵐のことなど考えてもみないのは、人間共通の弱点である。
  • 軍の指揮官にとって、もっとも重要な資質は何かと問われれば、想像力である、と答えよう。
  • 敵と見られていた人たちは、その評判を消したいという思いから、なお君主のために精を出すようになる。
  • 敵に対する態度と、味方に対する態度を、はっきり分けて示すことである。
  • 国家の指導者たる者は、必要に迫られてやむを得ず行ったことでも、自ら進んで選択した結果であるかのように思わせることが重要である。
  • 個人でも国家でも同じだが、相手を絶望と怒りに駆り立てるほど痛めつけてはならない。
  • 相手を、どんなことにしろ、絶望に追い込むようなことは、思慮ある人のやることではない。
  • やむを得ず人を傷つける場合、その復讐を恐れる必要がなくなるまで徹底的に叩き潰さなければならない。
  • 中立の立場をとった場合、勝者にとっての敵となるばかりでなく、敗者からも助けてくれなかったという敵視を受けることとなる。
  • 君主は、自らの権威を傷つける恐れのある妥協は、決してすべきでない。
  • 無理強いされて結んだ協約を破棄するのは、決して恥ずべき行為ではない。
  • 自ら武力を持たなければ、どんな国でも安泰ではない。自ら実力を持たない権力者の名声ほど、当てにならないものはない。
  • 一度でも徹底的に侮辱したり、手ひどい仕打ちを与えたことのある者を、重要な任務につかせてはならない。
  • 次の二つは絶対に軽視してはならない。第一は、寛容と忍耐をもってしては、人間の敵意は決して消え去らない。第二は、報酬と経済援助などの援助を与えても敵対関係は好転しない。
  • 人の運の良し悪しは、時代に合わせて行動できるか否かにかかっている。
  • 不正義はあっても秩序ある国家と、正義はあっても無秩序な国家のどちらかを選べといわれたら、私は前者を選ぶだろう。
  • 民衆というものは、善政に浴している限り、特に自由などを望みもしなければ、求めもしないものである。
  • 国家が貧しく貧素な褒美しか出せないにしても、褒美を出すことをためらってはならない。
  • 民衆は、群れをなせば大胆な行為に出るが、個人となれば臆病である。
  • 大衆の判断は、抽象的に説明されたときに間違う。
  • 大衆は常にものごとの外見だけを見て、その結果によって判断する。
  • 人間の意見が、いかに偽りに満ち、いかに誤った判断でゆがめられているかは、あきれ返るほどである。
  • 決断力に欠ける人々がいかに真面目に協議しようとも、そこから出てくる結論は常に曖昧で、それゆえ、常に役立たないものである。また、優柔不断さに劣らず、長時間の討議の末の遅すぎる結論も同じく有害であることに変わりない。
  • 変革というものは、ひとたび起こると、必ずや次の変革を呼ぶようにできている。
  • 一個人の力量に頼っているだけの国家の命は短い。
  • 好機というものは、すぐに捕まえないと逃げ去ってしまう。
  • 偶然が我々の行動の半分を支配し、その残りを我々が操る。
  • 医者によれば、病気は初期には簡単に治せるが発見するのが難しく、認識されず治療されないまま時間が経つと、簡単に発見できるようになるが治すのが難しくなる。国家についても同じことが起こる。国内に病弊が蔓延った時、認識して対処すれば、すぐに治す事ができる。しかし、病弊を認識せず、それが誰もがわかるほどに肥大化してしまうと、手の施しようがなくなる。
  • 人間にとって最高に名誉ある行為とは、祖国のために役立つことである。
  • 肩書が人間を持ち上げるのではなく、人間が肩書を輝かせる。
  • ある人物を評価するに際して、もっとも簡単で確実な方法は、その人物がそのような人たちと付き合っているかを見ることである。
  • 天国へ行くのにいちばん有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである。
  • 良い面を残そうとすれば、どうしたって、悪い面も同時に残さざるを得ない。
  • 新しい秩序の導入は難しい。これによって利益を失う者は必死で抵抗し、利益を得る者は消極的だからである。
  • 戦いを避けるために譲歩しても、結局は戦いを避けることはできない。なぜなら、譲歩しても相手は満足せず、譲歩する者に敬意を感じなくなり、より多くを奪おうと考えるからである。
  • 戦いに敗れたら、外交に勝て。
  • 君主が思慮深い側近に全面的に仕事を委ねた場合、目を放した隙にその側近が政権を奪うから、その君主の統治は長続きしない。
  • 肩書が人間をもちあげるのではなく、人間が肩書を輝かせる。
  • 必要に迫られた時に大胆で果敢であることは、思慮に富むことと同じと言ってもよい。
  • 策略を巡らして相手を欺き、それによって勝利を得た場合は、正々堂々戦って勝つのと同様に賞賛されるべきである。
  • 権力を持った人々の間でも、最近に与えた恩恵によって、以前の怨念が消えるなどと思う人がいたならば、その人は取り返しのつかない誤りを犯すことになる。
  • 頭にしかと入れておかねばならないのは、新しい秩序を打ち立てるといことくらい、難しい事業はないということである。
  • 突然に地位を受け継ぐことになってしまった者にとって、心すべき最大のことは、何よりもまず最初に、しかも直ちに、土台を固めることである。
  • 力量抜群の人物ならば、何をやろうと、それから生じる小さな欠陥等は帳消しにされてしまう。
  • 賢明な人間は、愚か者が最後に行うことを即座にやる。
  • 良き力をもつ者は、良き友に恵まれるものである。

マキャヴェリについて

 1469年、フィレンツェ共和国の指導者を多く輩出した貴族の分家に生まれる。上流階級の必須教養だったローマ・ギリシア古典やラテン語などを学んで育ち、その青年期は、大ロレンツォによる独裁、大ロレンツォ死後に発生したメディチ家追放、サヴォナローラの神政とその失脚・処刑など、フィレンツェ共和国の激動期に重なる。
 
 マキャヴェリはサヴォナローラ失脚後に政府の書記官として勤務。在任中はフランス王、教皇、皇帝ほかイタリア各国に派遣されて外交折衝にあたった。また、軍事問題では傭兵制から徴兵制への移行を企図した。
 
 1512年の共和政府崩壊とメディチ家復活によって職を追われ、反メディチの陰謀の疑いで一時拘留される。釈放後にフィレンツェ郊外に隠遁し、文筆業に従事。『君主論』はこの時期に就職論文のようなかたちで執筆された。
 
 フィレンツェ史を完成させた後に公職に復帰。しかし、1527年の政変でメディチ家が追放され、マキャヴェリもついで失職。その後間もなく亡くなった。
 
マキャヴェリが『君主論』で説いたのは、人間は誰もが自己利益の追求という原理に沿って行動するのであり、君主も同じく、道徳的・倫理的ではなく合理的に思考し行動していくべきという思想。、


 

 

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