陶淵明
憶我少壮時
無楽自欣豫
猛志逸四海
騫翼思遠翥
荏苒歳月頽
此心稍已去
値歓無復娯
毎毎多憂慮
気力漸衰損
転覚日不如
壑舟無須臾
引我不得住
前塗当幾許
未知止泊処
古人惜寸陰
念此使人懼
憶(おも)う 我(われ)少壮(しょうそう)の時(とき)
楽(たの)しみ無(な)きも自(みずか)ら欣予(きんよ)せり
猛志(もうし)四海(しかい)に逸(いっ)し
翼(つばさ)を騫(あ)げて遠(とお)く翥(と)ばんと思えり
荏苒(じんぜん)として歳月(さいげつ)頽(くず)れ
此(こ)の心(こころ) 稍(ようや)く已(すで)に去(さ)れり
歓(かん)に値(あ)うも復(ま)た娯(たの)しみ無(な)く
毎毎(ことごと)に憂慮(ゆうりょ)多(おお)し
気力(きりょく)漸(ようや)く衰損(すいそん)し
転(うた)た覚(おぼ)ゆ日(ひ)に如(し)かざるを
壑舟(がくしゅう)須臾(しゅゆ)無(な)く
我(われ)を引(ひ)いて住(と)どまるを得(え)ざらしむ
前塗(ぜんと) 当(まさ)に幾許(いくばく)なるべし
未(いま)だ知(し)らず 止泊(しはく)の処(ところ)
古人(こじん) 寸陰(すんいん)を惜(お)しめり
此(これ)を念(おも)えば人(ひと)をして懼(おそ)れしむ
【訳】
思えば、私が若かった頃は、楽しいことがなくても喜びにあふれていた。大きな志は四海の彼方を越え、翼を広げてどこまでも飛んでいこうと思っていたものだ。
だが、次第に年月が過ぎるにつれ、そうした気持ちもだんだんと失せてしまった。楽しいことに出会っても、楽しいと思う気持ちは沸かず、いつも心配事が多くなった。
気力は次第に衰え、日一日と弱くなっていくのを感ずる。谷に隠した舟がすぐに運び去られるように、時の流れは私をとどまらせてはくれない。
この先いくばくの時間もないであろうに、まだ落ち着く所すらできないでいる。古人は僅かな時間を惜しんだというが、そう思うと恐れ多く、己のあり方に不安を覚えさせられる。
【解説】
「雑詩」とは、その時々に感じたことをとりとめもなく綴った詩という意味で、ここの詩は、陶淵明(陶潜)が折にふれて感慨を詠んだ「雑詩十二首」のなかの其の五です。制作時期は、わずかに第六首に「五十年」とあることから、50歳前後の作と推定されています。この詩では、とくに最後の四句が人口に膾炙し、歳月は人を待ってくれないから、寸暇を惜しんで勉古人はわずかな時間を惜しんだのだから、凡人である自分はさらに短い時間も大切にしなければならない、と言っています。ここでの古人は陶淵明の曾祖父である陶侃(とうかん)を指しています。陶侃は偉大な祖先であり、大司馬の地位にまで昇った人です。
五言古詩。「豫・翥・去・慮・如・処」「住・懼」で韻を踏んでいます。〈欣豫〉は喜び楽しむ。〈猛志〉は大きな志。〈四海〉は周りの海、転じて世界。〈騫翼〉羽ばたいて高く飛び上がる。〈遠翥〉は遠くへ飛んで行く。〈荏苒〉は、だんだんと、次第に。〈頽〉は衰える。〈値〉は会う。〈壑舟〉は谷間に隠した舟。〈須臾〉は、しばらく。〈引我〉は私に~をさせる。〈不得〉は~させない。〈住〉はとどまる。〈幾許〉は、どれほど、いくばく。〈寸陰〉は一寸の光陰で、わずかな時間のこと。
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