鎌倉時代に、執権の北条時頼から引付衆に任じられた青砥藤綱(あおとふじつな)という武士がいました。彼が、任国の上総の国から幕府に出仕する途上、滑(なめ)川という小さな川を渡ったときの出来事です。藤綱は、火打ち袋に入れていた十文銭を、あやまって水中に落としてしまいました。
すでに日は暮れており、水面は暗くて川底は見えません。彼は一行を止め、しばらく考えていました。そして「松明(たいまつ)はないか」と家来に向かって尋ねました。家来が「ここにはございません。しかし、あちらの町屋で売っているようです」と答えると、「では買ってまいれ」と命じます。
周りには何人かの町人が集まって、藤綱主従のやり取りを興味深く眺めています。家来が「おそれながら、松明は五十文でございますが・・・・・・」と言うと、藤綱は「よいから買ってまいれ」。そして、家来が求めてきた松明を掲げさせて川面を照らし、ほかの家来にも川底をさらえさせ、ようやっとのことで十文銭を見つけることができました。
この一部始終を眺めていた町人たちは、「ばかなお役人だよ。わずか十文を拾うために五十文を使い、おまけに家来たちをずぶ濡れにしてしまった」と嘲りながら帰っていきました。家来たちの中にも、恥ずかしさと憤りで身が打ち震えた者がいましたが、何せ相手は名吏の誉れ高い藤綱です。あからさまに不満を口にする者はいませんでした。
しかし、後日になって、この話を聞いたある人が藤綱の行為をなじり、「小利のために大損をしたものだ」と面と向かって非難しました。周りには家来たちもいましたが、藤綱は静かにこう答えました。
「そういう考えでは、民を愛でる心を持つことはできない。あの時、十文銭を拾わなければおそらく永遠に川底に沈んだままになっただろう。しかし、それは天下の財産を失ったことになる。松明を買うのに使った五十文は、自分には損になったが、商人には利になった。あわせて六十文は天下にとって全く失われていない。むしろ天下の利である」
この言葉に、不満を抱いていた家来たちも、「なるほど! さすがは藤綱さまだ」と大いに感動したそうです。
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(北条時頼)
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