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日本史人物集

旧石器時代〜奈良時代 /平安時代鎌倉時代室町時代安土桃山時代江戸時代明治時代

日本史人物集  

相沢忠洋(あいざわただひろ)1926〜1989

  • 群馬県の岩宿遺跡(旧石器時代の遺跡)をはじめて発見。
  • それまでは縄文時代より前には日本列島には人間がいなかったと考えられていた。

モース 1926〜1989

  • 明治政府に雇われたアメリカ人。
  • 縄文時代の大森貝塚を発見。

卑弥呼(ひみこ)3世紀前半

  • 弥生時代の邪馬台国の女王で、239年に中国のに使いを送った。
  • 卑弥呼のことは「魏志」倭人伝に書かれている。親魏倭王の称号や金印を受ける。

倭王武(わおうぶ)5世紀

  • 大和政権の大王(おおきみ)の一人。雄略天皇ではないかと考えられている。
  • 勢力を九州〜関東に広げ、中国のに使者を送った。

蘇我馬子(そがのうまこ)?〜626

  • 大臣となり仏教をすすめた。仏教に反対する物部氏をたおし、蘇我氏の繁栄をきずいた。
  • 推古天皇をたて、聖徳太子(厩戸王)と協力し政治を行った。

推古天皇(すいこてんのう)554〜628

  • 欽明天皇の娘で、日本で最初の女帝。
  • 推古天皇の時代は豪族の蘇我氏が強い力を持っていた。

聖徳太子(しょうとくたいし)574〜622

  • 推古天皇摂政として蘇我馬子と協力し、冠位十二階十七条の憲法の制定などに関与し天皇中心の政治をめざした。
  • 小野妹子らを遣隋使として中国の隋に派遣した。
  • 仏教を厚く信仰し、法隆寺や四天王寺を建てた。

蘇我入鹿(そがのいるか)?〜645

  • 飛鳥時代の豪族で蘇我蝦夷の子。聖徳太子の子、山背大兄王の一族を滅ぼした。
  • 天皇以上の力をもったが、大化の改新で殺された。

中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)626〜671

  • 645年、蘇我氏を滅ぼして大化の改新を行い(645年)、都を難波(大阪市)にうつした。
  • 天智天皇となり、近江(滋賀県)に都を開き、近江令や庚午年籍をつくった。

中臣鎌足(なかとみのかまたり)614〜669

  • もともと有力豪族の一つ。中大兄皇子を助けて大化の改新を行った。
  • のちに藤原の姓をもらい、藤原氏の祖先となった。

天武天皇(てんむてんのう)?〜686

  • 天智天皇の弟で、もと大海人(おおあまの)皇子といった。
  • 天智天皇死後の皇位後継ぎ問題で、大友皇子に勝利、天武天皇となった(壬申の乱)。

持統天皇(じとうてんのう)645〜702

  • 天武天皇の皇后で、天武天皇の死後、持統天皇となった(686年)。
  • 藤原京をつくり、律令制度を整えた。

藤原不比等(ふじわらのふひと)659〜720

  • 藤原鎌足の子で、光明皇后の父。
  • 大宝律令(701年)・養老律令の制定に力をつくした。

柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)7世紀後半

  • 持統天皇、文武天皇につかえた宮廷歌人。
  • 和歌の租」として知られ、「万葉集」に約450首の歌を残している。

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元明天皇(げんめいてんのう)661〜721

  • 唐の都長安にならい、平城京(奈良の都)をつくった。
  • 太安万侶らに命じて「古事記」(日本最古の歴史書)をつくらせた。

太安万侶(おおのやすまろ)?〜723

  • 奈良時代の官人。
  • 元明天皇の命令で稗田阿礼(ひえだのあれ)と日本最古の歴史書「古事記」を著す。

山上憶良(やまのうえのおくら)660〜733

  • 奈良時代の貴族で、歌や学問にすぐれた人。
  • 貧窮問答歌」で農民の貧しく苦しい生活をうたった。

聖武天皇(しょうむてんのう)701〜756

  • 奈良時代の天皇。仏教を深く信仰し、国ごとに国分寺国分尼寺を、都には東大寺大仏をつくらせた。
  • 天平文化が栄え、東大寺正倉院に天皇の遺品がある。

光明皇后(こうみょうこうごう)701〜760

  • 藤原不比等の娘で、聖武天皇のきさき。天皇一族以外からはじめて皇后になった。
  • 仏教を深く信仰して、病人や貧しい人々のための悲田院施薬院という施設をつくった。

行基(ぎょうき)668〜749

  • 百済からの渡来人の子孫で、奈良時代の僧。日本最初の大僧正。
  • 一般の人々に仏教を広めると共に社会事業につとめ、東大寺の大仏づくりにも協力した。

鑑真(がんじん)688〜763

  • 中国の唐の高僧。苦難の船旅を克服し、6回目に盲目になりながらも来日し、律宗を伝える。
  • 日本に仏教を広め、759年、奈良に唐招提寺を建てた。

阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)701〜770

  • 遣唐留学生として唐に渡り、ときの皇帝に信頼され高官となった。
  • 日本に帰国できず、唐の都長安で亡くなった。

大伴家持(おおとものやかもち)718〜785

  • 歌人として有名な大伴旅人の子で、地方役人として各地をまわり、やがて都にもどった。
  • 万葉集に約480首の歌を残しており、万葉集の編集に関係したとされる。

額田王(ぬかたのおおきみ)7世紀後半

  • 万葉集を代表する女流歌人。
  • はじめ大海人皇子(のちの天武天皇)のきさきとなり、のちに天智天皇のきさきとなった。

道鏡(どうきょう)?〜772

  • 孝謙上皇に重く用いられた僧で、太政大臣禅師(法王)となり権力をふるう。
  • 皇位をうかがったが、和気清麻呂にはばまれ、下野に流された。

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桓武天皇(かんむてんのう)737〜806

  • 794年、都を平城京から京都の平安京に移した。
  • 坂上田村麻呂を征夷大将軍に任命し、蝦夷を平定した。

坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)758〜811

  • 桓武天皇より征夷大将軍に任命され、東北地方を制圧した。
  • 現在の岩手県に胆沢(いさわ)城を築き、鎮守府をここに移した。

最澄(さいちょう)767〜822

  • 桓武天皇の命令で唐にわたり、新しい仏教の勉強をした。
  • 帰国後、比叡山に延暦寺を建て天台宗を広めた。死後、伝教大師の称号が与えられた。

空海(くうかい)774〜835

  • 桓武天皇の命令で唐にわたり、新しい仏教の勉強をした。
  • 帰国後、高野山に金剛峰寺を建て真言宗を広めた。死後、弘法大師の称号が与えられた。

藤原良房(ふじわらのよしふさ)804〜872

  • 平安前期の貴族・政治家。
  • 9世紀中ごろ清和天皇のとき、人臣からはじめて摂政になった(摂関政治の源流)。

菅原道真(すがわらのみちざね)845〜903

  • 宇多天皇のもと右大臣になり、894年に遣唐使の廃止を提案し、認めさせた。菅原家は代々学者の家で、菅原道真は学問の神様(天神様)としてまつられている。
  • 宇多天皇の死後、藤原時平の策略で大宰府に左遷された。

紀貫之(きのつらゆき)?〜946

  • 平安時代中期の歌人。「古今和歌集」を編さんした。
  • 最初のかな文字日記として有名な「土佐日記」を著した。

平将門(たいらのまさかど)?〜940

  • 桓武天皇の子孫で、関東に勢力を持った武将。
  • 935年、地元の豪族の味方をえて朝廷に反乱をおこした(平将門の乱)。

藤原純友(ふじわらのすみとも)?〜941

  • 伊予国(愛媛県)で役人をしていたが、瀬戸内海の海賊の首領となった。
  • 反乱をおこしたが、941年に滅ぼされる(藤原純友の乱)。

藤原道長(ふじわらのみちなが)966〜1027

  • 藤原氏による摂関政治の全盛時代をきずいた。
  • 「この世をばわが世とぞ思う望月の欠けたることのなしと思えば」の歌が有名。

藤原頼通(ふじわらのよりみち)992〜1074

  • 藤原道長の子で、3代の天皇の摂政・関白になった。
  • 宇治(奈良県)に平等院鳳凰堂を建てた。

清少納言(せいしょうなごん)966?〜1025?

  • 平安時代の女流作家、歌人。
  • 一条天皇の中宮・定子に仕え、随筆「枕草子」を書いた。

紫式部(むらさきしきぶ)970?〜1014?

  • 平安時代の女流歌人・文学者で、光源氏を主人公にした長編小説「源氏物語」を書いた。
  • 才能を認められて、一条天皇の中宮・彰子に仕えた。

白河上皇(しらかわじょうこう)1053〜1129

  • 院政を行って藤原氏をおさえ、上皇に権力を集中させた。中級の貴族や武士を用いた。
  • 仏教を深く信じ、出家して法皇となった。法勝寺を建てた。

平清盛(たいらのきよもり)1118〜1181

  • 平氏の総大将で、保元の乱平治の乱に勝ち中央に進出した。
  • 武士で最初の太政大臣になり、「平氏でない者は人でない」といわれるほど権力をにぎった。

源義朝(みなもとのよしとも)1123〜1160

  • 平清盛と対立した源氏の総大将。源頼朝・義経の父。
  • 保元の乱で平清盛とともに勝ったが、平治の乱で清盛に敗れた。

藤原秀衡(ふじわらのひでひら)1122?〜1187

  • 平安時代末、東北の平泉(岩手県)を中心にさかえた奥州藤原氏の3代目。
  • 源義経をたすけて、源頼朝と対立した。

源義経(みなもとのよしつね)1159〜1189

  • 源頼朝の弟で、壇ノ浦の戦いで平氏をたおした。
  • その後、頼朝と対立するようになり、頼朝の命令で奥州平泉で殺された。

後白河法皇(ごしらかわほうおう)1127〜1192

  • 平清盛や源頼朝の時代の朝廷の実力者。
  • 武士の力を利用して朝廷を守ろうとした。

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源頼朝(みなもとのよりとも)1147〜1199

  • 平氏をたおし、1192年、征夷大将軍になって鎌倉幕府をひらいた。
  • 御家人制など武士による政治のしくみを整えた。

北条政子(ほうじょうまさこ)1157〜1225

  • 伊豆の武士北条時政の娘で、源頼朝と結婚した。
  • 頼朝の死後、政治の実権をにぎり尼将軍といわれた。承久の乱で後鳥羽上皇に勝利した。

源実朝(みなもとのさねとも)1192〜1219

  • 兄の頼家の跡をついて鎌倉幕府3代将軍となったが、28歳のとき頼家の息子公暁に殺された。
  • 歌人で歌集に「金塊和歌集」がある。

後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)1180〜1239

  • 1221年、承久の乱をおこし鎌倉幕府をたおそうとしたが敗れ、隠岐島に流された。
  • 新古今和歌集」を藤原定家らにつくらせた。

藤原定家(ふじわらのていか)1162〜1241

  • 鎌倉時代はじめの歌人。
  • 後鳥羽上皇の命令で「新古今和歌集」を編さんした。「小倉百人一首」を選集した。

北条時政(ほうじょうときまさ)1138〜1215

  • 鎌倉幕府の初代執権。北条政子の父。頼朝を助けて鎌倉幕府創設に力をかした。
  • 3代将軍実朝のとき執権となって幕府の実権をにぎった。

北条泰時(ほうじょうやすとき)1183〜1242

  • 鎌倉幕府3代目の執権で、はじめての武家の法律「御成敗式目」を定めた。
  • 執権政治の体制をととのえた。

北条時宗(ほうじょうときむね)1251〜1284

  • 鎌倉幕府8代目の執権。2度にわたる元の来襲(元寇)をしりぞけた。
  • 禅宗を深く信仰し、鎌倉に円覚寺を建てた。時宗の死後、幕府の力はしだいに弱まった。

フビライ=ハン 1215〜1294

  • モンゴル民族を統一したチンギス=ハンの孫で、中国の王朝の初代皇帝。
  • 2度にわたって、日本遠征を命じた。

マルコ=ポーロ 1254〜1324

  • イタリアのベネチアの商人の子で、元のフビライ=ハンにつかえた。
  • 東方見聞録」で日本をジパングとして紹介した。

栄西(えいさい)1141〜1215

  • 宋で禅の道を学び、帰国して臨済宗(禅宗)をひらいた。
  • お茶など、宋の文化を日本に伝えた。

道元(どうげん)1200〜1253

  • 宋より帰国し、曹洞宗をひらいた。禅宗は、武士を中心に受け入れられた。
  • 越前(福井県)に永平寺を建てた。

親鸞(しんらん)1173〜1262

  • 浄土宗の法然の弟子になって念仏を学び、浄土真宗をひらいた。
  • 幕府に弾圧されて越後(新潟県)に流されたが、死ぬまで人々の救いに力を尽くした。

日蓮(にちれん)1222〜1282

  • ききんなどの災害から国と人々を救うのは法華経(日蓮宗)だけだという教えをひらいた。
  • 元寇を予言して有名になったが、他の宗派や幕府を非難したので、伊豆や佐渡に流された。

運慶(うんけい)?〜1223

  • 鎌倉時代の代表的な仏像の彫刻家。
  • 奈良の東大寺南大門に、快慶とともに金剛力士像を作った。

鴨長明(かものちょうめい)1155?〜1216

  • 鎌倉時代の歌人・文人で宮廷に仕えていた。
  • 後に京都の山里に隠遁し、日本の三大随筆のひとつとされる「方丈記」を書いた。

一遍(いっぺん)1239〜1289

  • 伊予国で豪族の子として生まれた。時宗をひらいて、踊り念仏を広めた。
  • 執着心をすてるように説き、遊行上人とよばれた。

吉田兼好(よしだけんこう)1283?〜1350?

  • 鎌倉時代末期〜南北朝期の歌人で、若いころは朝廷に仕えていた。
  • 後に出家して40代に随筆「徒然草」を書いた。

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後醍醐天皇(ごだいごてんのう)1288〜1339

  • 鎌倉幕府滅亡後、天皇中心の建武の新政を始めたが、武士の反抗にあい3年で滅んだ。
  • 足利尊氏と対立し、吉野に別の朝廷(南朝)を開いた。

楠木正成(くすのきまさしげ)?〜1336

  • 河内国(大阪府)の豪族。後醍醐天皇に味方して、鎌倉幕府軍と戦った。
  • 後醍醐天皇に信頼され、建武の新政に加わった。

新田義貞(にったよしさだ)1301〜1338

  • 上野国(群馬県)の豪族で、鎌倉幕府の御家人だった。
  • 1333年に鎌倉幕府をせめ滅ぼし、建武の新政で重用されたが、足利尊氏に敗れた。

足利尊氏(あしかがたかうじ)1305〜1358

  • 後醍醐天皇に味方して鎌倉幕府を滅ぼしたが、建武の新政に失望し、これをたおした。
  • 1338年、征夷大将軍になり室町幕府を開いた。

足利義満(あしかがよしみつ)1358〜1408

  • 室町幕府3代将軍で、花の御所(室町邸)や金閣を建てた。
  • 1392年に南北朝を合一、また明(中国)と日明貿易をさかんにした。

足利義政(あしかがよしまさ)1436〜1490

  • 室町幕府8代将軍で、芸能や美術に関心をもち、銀閣を建てた。
  • 義政の後継ぎ問題から、細川勝元と山名宗全が争い、応仁の乱がおこった。

北条早雲(ほうじょうそううん)1432〜1519

  • 相模国(神奈川県)小田原を中心に勢力を持った戦国大名。
  • 1590年に豊臣秀吉に滅ぼされるまで、5代100年にわたる関東支配のもとを築いた。

毛利元就(もうりもとなり)1497〜1571

  • 安芸国(広島県)の地頭の家に生まれ、中国10カ国を支配する戦国大名となった。
  • 3男の隆景を小早川家に、2男の元春を吉川家に養子に入れ、安芸国の支配を固めた。

世阿弥(ぜあみ)1363?〜1443?

  • 観阿弥とともに、猿楽・田楽から発達したを芸術にまで高めた。
  • 足利義満の保護を受け、「花伝書」などを著した。

一休(いっきゅう)1394〜1481

  • きびしい禅の修行に生き、人々に教えを説いた。
  • 80歳を過ぎた頃、天皇の命令によって、大徳寺の住職になった。

宗祇(そうぎ)1421〜1502

  • 各地を旅して、連歌を芸術的なものにまで高めた。
  • 連歌は、和歌の上の句と下の句を分けて詠むもので、このころさかんに行われていた。

雪舟(せっしゅう)1420〜1506

  • 室町後期の禅僧・画家で、日本の水墨画を完成させた。
  • 明に渡って絵の勉強、日本各地を旅して自然の美しさを描いた。

フランシスコ=ザビエル 1506〜1552

  • スペインのイエズス会士で、インドやインドネシアなどにキリスト教を広めた。
  • 1549年、鹿児島に上陸し日本にはじめてキリスト教を伝えた。

武田信玄(たけだしんげん)1521〜1573

  • 甲斐国(山梨県)の戦国大名。越後の上杉謙信とはげしく対立した。
  • 天下統一を目標と定め京都へ向かう途中、病没した。

上杉謙信(うえすぎけんしん)1530〜1578

  • 越後国(新潟県)の戦国大名。
  • 信濃へせめてきた武田信玄と対立、川中島で5度も戦ったが勝負がつかなかった。

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織田信長(おだのぶなが)1534〜1582

  • 尾張の戦国大名。15代将軍の足利義昭を追放し、室町幕府をたおした。
  • 安土城を築き、天下統一を目指したが、明智光秀本能寺でたおされた。

明智光秀(あけちみつひで)1528〜1582

  • はじめ越前の朝倉義景につかえ、のち将軍の足利義昭、さらに織田信長につかえた武将。
  • 本能寺の変で信長をたおしたが、秀吉に山崎の戦いで敗れ、敗走中に土民に殺された。

豊臣秀吉(とよとみひでよし)1536〜1598

  • 貧しい足軽の子に生まれたが、信長につかえ、信長の死後、天下を統一した。
  • 刀狩検地(太閤検地)によって農民を支配した。

狩野永徳(かのうえいとく)1543〜1590

  • 安土桃山時代の画家。織田信長や豊臣秀吉につかえて、狩野派の絵を大成した。
  • 洛中洛外図屏風」・「唐獅子図屏風」などをえがいた。

千利休(せんのりきゅう)1522〜1591

  • 安土桃山時代の茶人で、茶道を大成した。
  • 豊臣秀吉につかえ、政治にも深くかかわったが、のち切腹させられた。

出雲の阿国(いずものおくに)16世紀後半〜17世紀前半

  • 安土桃山時代の女性で、出雲大社の巫女。踊りの名人。
  • 歌舞伎のもととなった歌舞伎踊りを始めた。

がんばれ中学受験生!

中学受験をめざす小学生のためのページです。

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日本文化史

飛鳥文化
中国の六朝文化やギリシャ・インドの影響もみられる。わが国の仏教芸術の始まり。

白鳳文化
遣唐使によって唐の文化がもたらされる。生命力、創造力の充実した文化。

天平文化
唐文化の影響や仏教的性格が顕著。律令政治を背景にした貴族文化。古典的様式の完成。

国風文化
遣唐使が廃止され、日本独自の貴族文化が誕生。仮名文学、寝殿造、大和絵、浄土教美術など。

鎌倉文化
武家政権の成立により、それまでの優雅な公家文化と素朴で力強い武家文化が共存して新しい文化が発展。

北山文化
禅宗を背景とした武家文化と公家文化が融合。足利義満の時代に開花。水墨画、能など。

東山文化
武家文化と公家文化の融合に加え、文化の地方への普及。足利義政の時代。わび、さびという新しい美意識。

桃山文化
南蛮文化の影響が加わった自由清新な文化。振興の権力者や豪商が担い手。現実色が強く、豪放、絢爛。

元禄文化
上方の富裕な町人を中心とした、現実主義的で儒教的道徳に束縛されない自由な文化。

化政文化
江戸の町人を中心とした文化。刹那的、退廃的な色合いが強い。粋、通がもてはやされた。

日本文学(上代〜江戸)

古事記
太安万侶・撰。皇室の系譜を中心とした神話集。
 
日本書紀
舎人親王ら・撰。神代の伝承・神武天皇から持統天皇までの歴史が編年体(時系列で記事を編さんする方法)で記された正史。
 
万葉集
大伴家持ら編。わが国最古の和歌集。代表的歌人は柿本人麻呂・山部赤人・山上憶良。万葉仮名が使われている。
 
竹取物語
作者不明。最古の物語。
 
古今和歌集
紀貫之ら撰。わが国最初の勅撰和歌集。代表的歌人は小野小町・在原業平・遍昭など。
古今集以後、『後撰和歌集』・『拾遺和歌集』・『後拾遺和歌集』・『金葉和歌集』・『詞花和歌集』・『千載和歌集』の順に勅撰和歌集が続く。
 
伊勢物語
作者不明。当世一の美男子といわれた在原業平を主人公とした和歌にまつわる短編歌物語集。
 
源氏物語
作者・紫式部。54帖からなる長編物語。主人公光源氏の女性遍歴を描く。
 
枕草子
一条天皇の皇后・定子に仕えた清少納言による随筆集。
 
土佐日記
作者・紀貫之。仮名書きの旅日記。
 
更級日記
作者・菅原孝標女。13歳で父の任地・上総から帰京する旅に始まり、宮仕え、結婚など一生の回想録。
 
大鏡
作者不明。藤原道長の権勢とその由来を描いた歴史物語。
 
今昔物語集
作者不明。千余りの話からなる日本・インド・中国の仏教・民間説話集。
 
新古今和歌集
藤原定ら撰。代表的歌人は後鳥羽院・西行・慈円・藤原俊成女など。
 
方丈記
作者・鴨長明。かなと漢字の混ざった和漢混交文で書かれた随筆集。
 
平家物語
作者不明。平家一門の栄枯盛衰を描いた軍記物語。
 
小倉百人一首
藤原定家が撰集。100人の歌人の歌を一首ずつ収めている。
 
徒然草
作者・吉田兼好。無常観を根底に描かれた随筆集。
 
風姿花伝
作者・世阿弥元清。能楽論。世阿弥は足利義満の後見を受け、能を大成した。
 
好色一代男
作者・井原西鶴。浮世草子(風俗小説)。主人公。世之介の好色生活。
 
奥の細道
作者・松尾芭蕉。俳諧紀行文。
 
曽根崎心中
作者・近松門左衛門。浄瑠璃。
 
雨月物語
作者・上田秋成。九編の怪奇話からなる短編集。
 
南総里見八犬伝
作者・滝沢馬琴。八犬士が活躍する物語。
 
古事記伝
作者・本居宣長。
 
東海道中膝栗毛
作者・十返舎一九。弥次喜多の道中記。
 
おらが春
作者・小林一茶。句文集。