蕪村の俳句集
春雨や暮れなむとしてけふもあり
春雨が降り続いている。夕暮れが迫ってきたが、暮れそうで暮れない一日だよ。〔季語〕春雨
春風や堤(つつみ)長うして家遠し
春風がそよそよと吹くなか、堤の上の道を歩き通している。懐かしい故郷ははるか彼方に霞んでいる。〔季語〕春風
遅き日のつもりて遠きむかしかな
遅々とした春の日が続いている。こうした日々を幾年も重ねるうち、昔もはるか遠くなってしまったことだ。〔季語〕遅き日
やぶ入りの夢や小豆(あずき)の煮えるうち
やぶ入りで久しぶりに我が家に帰ってきた子どもが、小豆を煮てやっている僅かの間にも横になって眠ってしまった。疲れているのだろうが、きっと楽しい夢を見ているんだろう。〔季語〕やぶ入り
燭(しょく)の火を燭にうつすや春の夕(ゆう)
春の日の夕暮れ。燭台から燭台へと灯りをうつしていく。明るくなった室内もまた春らしくのどかであることだ。〔季語〕春の夕
公達(きんだち)に狐(きつね)化けたり宵(よい)の春
なまめかしい春の宵。一人歩いていくと、ふと貴人らしい人に出会った。あれはキツネが化けたに違いない。〔季語〕宵の春
春雨や小磯(こいそ)の小貝(こがい)ぬるるほど
小磯の砂の上に美しく小さな貝が散らばっている。春雨が降ってはいるが、その貝をわずかに濡らすほどだ。〔季語〕春雨
春の海ひねもすのたりのたりかな
のどかな春の海。一日中、のたりのたりと波打っているばかりだよ。〔季語〕春の海
春雨にぬれつつ屋根の手毬(てまり)かな
女の子たちの遊んでいる声が聞こえなくなったと思ったら、いつの間にか春雨がしとしとと降っている。屋根の上には、引っかかった手まりが濡れている。〔季語〕春雨
春の夕(ゆうべ)絶えなむとする香(こう)をつぐ
夕闇が迫ってきた。清涼殿では、女房たちが、絶えようとする香をついでいる。何とも優艶な風情であるよ。〔季語〕春の夕
滝口に灯(ひ)を呼ぶ声や春の雨
春雨が降りしきり、辺りがひっそりと暗くなってきた。そんな中、滝口には、禁中警護の武士たちが灯を求める声が響いている。〔季語〕春の雨
片町にさらさ染(そ)むるや春の風
道の片側だけ家並みの続く町はずれ。反対側の空き地には、色も鮮やかに染め上げられた更紗が干してある。折りしも吹き過ぎる春風の心地よさよ。〔季語〕春の風
高麗舟(こまぶね)のよらで過ぎゆく霞(かすみ)かな
高麗船が沖合いを静かに通り過ぎていく。こちらの港にも寄らないで、そのまま霞の中に消え入ってしまった。〔季語〕霞
さしぬきを足でぬぐ夜(よ)や朧月(おぼろづき)
男がほろ酔い加減で帰宅するなり、部屋の中にごろりと横になる。そのまま足を動かしながら指貫を脱いでいる。外は朧月夜。静かで艶な春の夜の情景である。〔季語〕朧月
菜の花や月は東に日は西に
夕方近い、一面の菜の花畑。月が東の空に登り、振り返ると日は西の空に沈もうとしているよ。〔季語〕菜の花
釣鐘(つりがね)にとまりてねむる胡蝶(こちょう)かな
物々しく大きな釣鐘に、小さな蝶々がとまって眠っている。何とも可憐な姿だよ。〔季語〕胡蝶
畑(はた)うつやうごかぬ雲もなくなりぬ
畑を打ち続け、ふと手を止めて空を眺めると、さっきまで動かずにいた雲がどこかへ消えてしまっていた。〔季語〕畑うつ
白梅(しらうめ)に明くる夜(よ)ばかりとなりにけり
これからは世俗を離れ、白梅に明ける夜ばかりを迎える身になるのだ。(蕪村の辞世句の一つ)〔季語〕梅
ゆく春やおもたき琵琶(びは)の抱きごころ
春が行き過ぎようとするある日、久しぶりに琵琶を奏でようと抱きかかえると、とても重く感じた。これも晩春の物憂さのゆえだろうか。〔季語〕ゆく春
ゆく春や逡巡(しゅんじゅん)として遅ざくら
散らずにいつまでもぐずぐずと咲き続けている遅ざくら。過ぎ行く春を惜しんでいるからなのだろうか。〔季語〕ゆく春・遅ざくら
ゆく春や撰者(せんじゃ)をうらむ歌の主
春は過ぎ去ろうとしているのに、自分の歌が選にもれた歌詠みが、いつまでも愚痴をこぼしていることよ。〔季語〕ゆく春
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愁(うれ)ひつつ岡にのぼれば花いばら
心が愁うまま近くの岡にのぼると、いばらの白い花があちらこちらに咲いている。その姿にいっそう自分の憂いは増すようだ。〔季語〕花いばら
夏川をこすうれしさよ手にぞうり
ぞうりをぬいで手に持ち、素足のまま夏の川をわたる。何ともうれしく、気持ちのよいことだ。 〔季語〕夏川
寂(せき)として客の絶え間のぼたんかな
牡丹を見物に来ていた客足が途絶えた。花はひっそりと咲き誇っている。〔季語〕牡丹
落合(おちおう)て音なくなれる清水(しみず)かな
岩の間を音を立てて流れていた幾筋かの清水が、合流してからは静かに流れていく。〔季語〕清水
青梅(あおうめ)に眉(まゆ)あつめたる美人かな
青い梅がなっているのを観た美人が、見ただけで酸っぱそうだと感じて、その美しい眉をひそめた。〔季語〕青梅
牡丹(ぼたん)散つてうちかさなりぬニ三片
咲き誇っていた牡丹の花が、わずか数日で衰え始め、地面に花びらがニ、三片と重なって落ちている。〔季語〕牡丹
五月雨(さみだれ)や大河を前に家二軒
五月雨が降り続いて水かさを増した大河がごうごうと流れている。その大河の前に家が二軒建っているが、水の勢いに今にもおし流されてしまいそうだ。〔季語〕五月雨
涼しさや鐘をはなるるかねの声
早朝の涼しさの中、鐘の音が響いている。一つまた一つと鐘をつくたびに、その音は遠くへ離れていくようで、何ともさわやかだ。〔季語〕涼し
お手討ちの夫婦(めをと)なりしを更衣(ころもがへ)
不義密通によりお手討ちになるべきところを許されて、他国に落ちのびたお前と私。今こうして、ようやく更衣の季節を迎えることができたよ。〔季語〕更衣
山蟻(やまあり)のあからさまなり白牡丹(はくぼたん)
大きく真っ白な白牡丹の花びらに、山蟻が這っていく。その黒さが何とも印象的だ。〔季語〕牡丹
夕風や水 青鷺(あをさぎ)の脛(はぎ)をうつ
暑い日差しが傾いて、ようやく夕風が立ち染めてきた。川岸では青鷺が脛を水に浸して立っていて、何とも涼しそうだ。〔季語〕青鷺
絶頂の城たのもしき若葉かな
山頂に城がそびえ立っている。若葉に囲まれたその姿は、とても頼もしく感じられる。〔季語〕若葉
石工(いしきり)の鑿(のみ)冷したる清水(しみず)かな
夏の日盛りの石切り場。人夫の使うのみも熱くなってきたのか、傍らの清水にずぶりと浸けた。〔季語〕清水
鮎(あゆ)くれてよらで過ぎ行く夜半(よわ)の門
夜半に門をたたく音に出てみると、釣りの帰りの友が鮎を届けてくれ、寄っていけというのに、そのまま立ち去ってしまった。厚い友情を感じつつも、私は門のそばに立ち尽くすのみであった。〔季語〕鮎
不二(ふじ)ひとつうづみ残して若葉かな
辺り一面、若葉にうずめられているが、くろぐろとした富士山だけがぽっかり残っている。〔季語〕若葉
行々(ゆきゆき)てここに行々(ゆきゆく)夏野かな
炎天下の夏野を旅人がずんずん歩いていく。旅はまだまだ続く。〔季語〕夏野
みじか夜や毛虫の上に露(つゆ)の玉
夏の短い夜が明けた頃、庭先では、毛虫の毛の上に露の玉がきらきら輝いている。〔季語〕みじか夜
ほととぎす平安城(へいあんじょう)を筋違(すじかい)に
ほととぎすが鋭い声で鳴きながら、平安京を斜め一直線に飛んでいった。〔季語〕ほととぎす
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朝顔や一輪(いちりん)深き淵(ふち)のいろ
すがすがしく朝顔が咲いている。その中の一輪は、底知れぬ淵のような深い藍色をして、まことに美しい。〔季語〕朝顔
四五人に月落ちかかる踊(おどり)かな
夜も更けて、月は西に落ちかかっている。その光を浴びて、四、五人の男たちがまだ踊り続けていることだよ。〔季語〕踊
湯泉(ゆ)の底にわが足見ゆるけさの秋
朝の温泉にひたって、その透き通った湯の底に、青白くほっそりした自分の足が見える。辺りはすでに初秋の気配だ。〔季語〕けさの秋
月天心(つきてんしん)貧しき町を通りけり
夜半の月が中空に輝いている。その月の光を浴びながら、貧しい家々の立ち並ぶ町を通ると、どの家からも灯りは洩れず、ひっそりと寝静まっている。〔季語〕月
白露や茨(いばら)の刺(はり)にひとつづつ
秋も深くなり、あたり一面に露が降りている。いばらに近づいてみれば、その鋭い刺(とげ)の先の一つ一つに露の玉がくっついて輝いている。〔季語〕露
灯篭(とうろう)を三たびかかげぬ露ながら
亡き友の新盆にあたり、灯篭をかかげたが、数えてみるともう三度目になる。露に濡れた灯篭を見ると、なおいっそう悲しさがこみあげる。〔季語〕灯篭
鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分(のわき)かな
野分が吹き荒れる中、五、六騎の武者たちが鳥羽殿に向かって一目散に駆けていく。その後を追うように、野分はなお激しく吹きつのっている。〔季語〕野分
鳥羽上皇崩御を機に起こった保元・平治の乱に想を得たとされる句。ここでの「鳥羽殿」は建物の鳥羽離宮のこと。
柳散り清水かれ石ところどころ
柳が散り、清水は枯れ、石がところどころに露出している。わびしい秋の風景であることよ。〔季語〕柳散る
落穂(おちぼ)拾ひ日あたる方(かた)へあゆみ行く
秋の日差しが山の端にかかり、広い田んぼの一部を照らすばかりになった。農夫が落穂を拾いながら、日の当たる方へ移っていく。〔季語〕落穂
門(かど)を出れば我(われ)も行く人(ひと)秋のくれ
秋の夕方に、家の外に一歩出ると、何だか自分が旅人にでもなったような気がする。〔季語〕秋の暮
山茶花(さざんか)の木間(このま)見せけり後(のち)の月
山茶花が後の月(陰暦9月13夜の月)に照らされて、枝葉の間の隙間が見えている。〔季語〕後の月
山は暮れて野は黄昏(たそがれ)の薄(すすき)かな
遠くの山々はすでに暮れてしまったが、近くに見える野はまだ暮れなずんでいてほの明るい。薄が風にゆれている。〔季語〕薄
易水(えきすい)にねぶか流るる寒さかな
戦国時代の中国、荘士が悲壮な決意で旅立ったという易水に、真っ白な葱(ねぎ)が流れている。そのさまは何とも寒さが身に沁みる。〔季語〕寒さ
斧(おの)入れて香(か)におどろくや冬木立
冬木立の中にやって来て、枯木と思って斧を打ち込んだ。ところが、新鮮な木の香りが匂ってきて驚いた。〔季語〕冬木立
葱(ねぎ)買うて枯木の中を帰りけり
町で買ったねぎをぶら下げて、葉の落ち尽くした冬木立の中を一人で帰ってきたことだよ。〔季語〕葱・枯木
うづみ火や終(つい)には煮(に)ゆる鍋のもの
火鉢の炭は灰にうずまっている。その上にかけてある小さな鍋はいつ煮えるとも分からないが、まあそのうち煮えるだろう。〔季語〕うづみ火
楠(くす)の根を静かにぬらす時雨(しぐれ)かな
大木となった楠の木。その根元を時雨が静かに濡らしている。何と森閑とした風景だよ。〔季語〕時雨
宿かせと刀(かたな)投げ出す吹雪かな
外は吹雪。旅人が家にころがりこんできて、宿を貸してくれというより早く、刀を投げ出して腰を下ろしたことだよ。〔季語〕吹雪
水鳥や提灯(ちょうちん)遠き西の京
暗い池のほとりにたたずむと、水鳥の音がかすかに聞こえてくる。はるか西の京あたりに目を向けると、提灯の明かりが動いており、それも遠くかすかである。〔季語〕水鳥
寒月や衆徒(しゅと)の群議の過ぎて後(のち)
明日の戦いの評定を終えた僧兵たちが去っていった。そのあとには寒々とした冬の月が中空に輝いている。〔季語〕寒月
椋鳥(むくどり)と人に呼ばるる寒さかな
故郷の柏原を出てきたものの、あいつはこの寒い冬に、のこのこと出稼ぎにいく、まるで椋鳥だなどと人が陰口をたたく。寒さがますます身にしみる。〔季語〕寒さ
雪散るやおどけもいへぬ信濃(しなの)空(ぞら)
雪がちらちら降ってきた。江戸では雪を見て冗談も言えるが、ここは雪国の信濃。大雪を前にしてそれどころではない。〔季語〕雪
おとろへや榾(ほた)折りかねる膝頭(ひざがしら)
自分も年を取ったものだ。若いときには膝頭(ひざがしら)で薪(まき)を折っていたものだが、もうできない。〔季語〕榾
みのむしの得たりかしこし初時雨(はつしぐれ)
初時雨が降り出していろんなものが雨に濡れるなか、蓑虫だけは蓑を着ているので、得たりかしこしと得意そうだ。〔季語〕初時雨
寒菊(かんぎく)や日の照る村の片ほとり
村全体に日が照っているなか、とある一隅にも、寒菊が日差しを受けてつつましく咲いている。〔季語〕寒菊
水鳥や枯木の中に駕(かご)二挺(にちょう)
冷たい水面に、水鳥たちが泳いでいる。対岸の冬木立の中には、かごが二挺乗り捨てられていて、辺りには誰もいない。〔季語〕水鳥
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