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一茶の俳句集

一茶の俳句集  

春の句

春めくややぶありて雪ありて雪

道を行くと藪があり、その根元には残雪がまだ深く残っている。進んで行くとまた藪があり、また雪が続く。けれども、何となく春めいて、春はもう近いと感じられることだ。〔季語〕春めく

雪とけて村いっぱいの子どもかな

雪国の長い冬がようやく終わり、雪が解け出した。家の中にこもっていた子どもたちがいっせいに外へ出て遊んでいて、村じゅうが子どもたちでいっぱいだ。〔季語〕雪とく

春雨や食はれ残りの鴨(かも)が鳴く

春雨がしとしとと降る中、鴨の鳴き声が聞こえてくる。あの鴨は、冬の間にうまく猟師から逃れた、食われ残りの鴨なのだ。〔季語〕春雨

菜の煮える湯の湧き口や春の雨

温泉の湧き口に青い菜を突っ込んで煮ている。春雨が静かに降りそそぎ、辺り一面が煙っているようだ。〔季語〕春の雨

大根(だいこ)引き大根で道を教へけり

畑で大根を引き抜いている人に道を尋ねたら、今抜いたばかりの大根で道を指して示してくれた。〔季語〕大根引き

浅間根のけぶるそばまで畑かな

浅間山では、煙の出るすぐそばまで耕されて畑になっているよ。〔季語〕畑

めでたさも中位(ちゆうくらゐ)なりおらが春

めでたい新年を迎えた。自分にとっては上々吉のめでたさとはいえないが、まずまず中くらいといったところだろう。〔季語〕春

悠然(いうぜん)として山を見る蛙(かへる)かな

一匹の蛙が悠然と、はるかかなたの山を眺めていることだ。〔季語〕蛙

梅が香(か)やどなたが来ても欠け茶碗

わが家の庭にも春が来て梅の香りがただよっている。しかし、こんな貧乏暮らしでは誰が来ても欠け茶碗しか出すことができない。〔季語〕梅

われと来て遊べや親のない雀

親のない子すずめよ、私も親のないさびしさは、おまえと同じだ。こっちへ来て、さあいっしょに遊ぼうじゃないか。〔季語〕雀

雀の子そこのけそこのけお馬が通る

道に遊んでいるすずめの子よ、そこを早くのけよ。お馬が通るからあぶないぞ。〔季語〕すずめの子

やせ蛙(がへる)まけるな一茶これにあり

かえるがけんかをしている。やせたカエルよ、がんばれ負けるな。おれ(一茶)がここについているぞ。〔季語〕蛙

鳴く猫に赤ん目をして手まりかな

女の子が鞠(まり)をついている。猫がやって来て、遊んでくれとしきりに鳴いてじゃれつくが、女の子はあかんべえをしてまた鞠つきを続けている。〔季語〕手まり

夕月や鍋(なべ)の中にて鳴く田螺(たにし)

夕月がかかってきた。台所の鍋の中では、タニシがこれから煮られることも知らずに鳴いている。〔季語〕田螺

米まくも罪ぞよ鶏(とり)が蹴合(けあ)ふぞよ

米をまいてやったら、鶏がそれを争ってけんかする。罪なことをしたものだ、これではうっかり米もまけない。〔季語〕(無季)

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夏の句

(あり)の道(みち)雲の峰よりつづきけん

夏空の下、黒い蟻が延々と列を作っている。この列はいったいどこから来ているのか。ひょっとしてあの雲の峰から続いているのではないだろうか。〔季語〕雲の峰

昼顔やぽつぽと燃える石ころへ

噴き上げられた溶岩が、じりじりと、ゆっくりとした速度で山を流れ下ってゆく。可憐な昼顔が、何も知らぬげにその傍で花を咲かせている。そして、ぽっぽと燃える溶岩に巻きつこうと、つるを伸ばしている。〔季語〕昼顔

涼風(すずかぜ)の曲がりくねつて来たりけり

裏長屋の奥のわが家には、涼風も曲がりくねって、ようやくたどり着くことだ。〔季語〕涼風

ふるさとや寄るもさはるも茨(ばら)の花

故郷の柏原に帰ってきた。しかし、会う人はことごとくトゲのある茨の花のようなもので、誰ひとり自分を暖かく迎えてはくれない。〔季語〕茨の花

大蛍(おほぼたる)ゆらりゆらりと通りけり

大きな源氏蛍が、暗やみの中を大きな弧を描きながらゆらりゆらりと飛んでゆく。〔季語〕蛍

大の字に寝て涼しさよ寂しさよ

わが家の座敷で大の字に寝そべると、折から涼しい風が吹いてきて、とても気持ちがよい。しかし、故郷では誰ひとり暖かく迎えてくれる人もなく、一人ぼっちとなった自分の寂しさがこみあげてくる。〔季語〕涼しさ

寝せつけし子の洗濯(せんたく)や夏の月

夜になって子どもを寝かしつけた農家の女が、休む間もなく小川で洗濯をしている。夏の夜の月がその流れにきらめいている。〔季語〕夏の月

(のみ)の跡(あと)かぞへながらに添乳(そへぢ)かな

赤ん坊に添い寝をして乳をやっている母親が、わが子の体の蚤に食われた跡を数えて嘆いている。何とも愛情深い姿だ。〔季語〕蚤

(せみ)鳴くや我が家も石になるやうに

蝉が鳴いている。その声を聞いていると、我が家が石のように固まってしまう感じがしてくる。〔季語〕蝉

麦秋(むぎあき)や子を負ひながらいはし売り

麦が黄色く実った畑の道を、子どもを背負った越後の女が天秤棒をかついでイワシを売り歩いている。何とも哀れを誘う姿だ。〔季語〕麦秋

焼け土のほかりほかりや蚤(のみ)さわぐ

火事で焼けたあとの土が、ほかりほかりとまだ熱い。そんな中で、蚤どもが騒ぎまわっているよ。〔季語〕蚤

やれ打つな蝿(はへ)が手をすり足をする

それ、蝿を打ち殺してはいけない。よく見ると、手をすり合わせて命乞いをしているではないか。〔季語〕蝿

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秋の句

有明や浅間の霧が膳(ぜん)を這(は)

夜が明けても、まだ空に月が残っている。早立ちのために食膳につくと、浅間山の方から霧が流れてきて膳のあたりを這っている。〔季語〕霧

名月をとってくれろと泣く子かな

名月を取ってくれとわが子が泣いてねだる。親として、それにこたえてやれないじれったさ。〔季語〕名月

名月の御覧(ごらん)の通り屑家(くづや)かな

下界を照らしている八月十五夜の月が御覧のように、わが家はぼろくずのようなみすぼらしいあばら家です。〔季語〕名月

名月や膳(ぜん)に這(は)ひよる子があらば

今夜は名月だ。死んだあの子が生きていて、膳に這い寄ってくるようであったなら、さぞかし楽しい夜だっただろうに。〔季語〕名月

けふからは日本の雁(かり)ぞ楽に寝よ

はるばると海を渡ってきた雁よ。今日からは日本の雁だ。安心してゆっくり寝るがよい。〔季語〕雁

(あふ)のけに落ちて鳴きけり秋の蝉(せみ)

秋の蝉も、いよいよ命を終えようとしているのか。とまる力も失い、土の上に仰のけに落ちてジージー鳴いている。〔季語〕秋の蝉

秋風に歩いて逃げる蛍(ほたる)かな

夏の夜を彩った蛍も、秋風が吹くころになると飛ぶ力もない。風に追われてよろよろ逃げるように歩く姿は、何とも哀れでならない。〔季語〕秋風

秋風やむしりたがりし赤い花

秋風が吹くころになった。あの赤い花は、死んだ「さと」が大好きで、いつもむしりたがった花だよ。〔季語〕秋風

秋寒(あきさむ)や行く先々は人の家

秋も深まり寒くなってきた。しかし、私には住みつく家もなく、行く先々はみな人の家で、寂しさがいっそう増していく。〔季語〕秋寒

木曽山(きそさん)へ流れ込みけり天の川

天空を流れる天の川は、まるで木曽山に流れ込んでいるかのように見える。〔季語〕天の川

一人(いちにん)と帳面につく夜寒(よさむ)かな

一人旅で安宿に泊まった。一人旅は宿の者から胡散臭く見られるもの。宿帳に「一人」と書かれて、夜の寒さがいっそう身に沁みる。〔季語〕夜寒

(つゆ)の世は露の世ながらさりながら

この世は露のようにはかないものだと知ってはいても、それでもやはりあきらめきれない。この世がうらめしい。(長女のさとが疱瘡で死んだときに詠んだ句)〔季語〕露

散るすすき寒くなるのが目に見ゆる

秋が深まり、日に日に散っていくすすきの穂。それを見ると、日ごとに寒くなってくるのが目に見えるようだ。〔季語〕すすき散る

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冬の句

これがまあ終(つひ)の栖(すみか)か雪五尺

五尺も降り積もった雪にうずもれたこのみすぼらしい家が、自分の生涯を終える最後の住まいとなるのか。何とわびしいことか。〔季語〕雪

ひいき目に見てさへ寒きそぶりかな

どうひいき目に見ても、自分の姿は寒そうでみすぼらしいことだ。〔季語〕寒さ

わが門(かど)へ来さうにしたり配り餅(もち)

お隣ではもう餅つきをして近所へ配っている。次は自分の家へ来るだろうと思っていると、素通りしてしまった。〔季語〕餅

うまさうな雪がふうはりふうはりと

空の上から、うまそうなぼたん雪が、ふうわりふうわりと降ってくることだ。〔季語〕雪

裏壁(うらかべ)やしがみつきたる貧乏雪

家の裏壁に、雪がしがみつくようにべったりとくっついている。家がみすぼらしいので、雪までもが貧乏くさく見えることだ。〔季語〕雪

次の間(ま)の灯(ひ)で膳(ぜん)につく寒さかな

一人旅の宿では、部屋に灯りさえもつけてくれないので、次の間からほのかにもれてくる灯りをたよりに膳に向かう。何ともわびしいことだ。〔季語〕寒さ

づぶ濡(ぬ)れの大名を見る炬燵(こたつ)かな

冷たい雨が降るなか、大名行列がずぶ濡れになって通り過ぎていく。何と大変なことだ。障子の隙間からのぞき見ているこちらは暖かい炬燵の中だというのに。〔季語〕炬燵

ともかくもあなたまかせの年の暮(くれ)

あれこれ考えたところでどうにもならない。この年の暮れも、すべてを仏さまにお任せするよりほかにない。〔季語〕年の暮

椋鳥(むくどり)と人に呼ばるる寒さかな

故郷の柏原を出てきたものの、あいつはこの寒い冬に、のこのこと出稼ぎにいく、まるで椋鳥だなどと人が陰口をたたく。寒さがますます身にしみる。〔季語〕寒さ

雪散るやおどけもいへぬ信濃(しなの)(ぞら)

雪がちらちら降ってきた。江戸では雪を見て冗談も言えるが、ここは雪国の信濃。大雪を前にしてそれどころではない。〔季語〕雪

おとろへや榾(ほた)折りかねる膝頭(ひざがしら)

自分も年を取ったものだ。若いときには膝頭(ひざがしら)で薪(まき)を折っていたものだが、もうできない。〔季語〕榾

うつくしや年暮れきりし夜の空

今年もいよいよ暮れていく。なんと美しい夜空であるよ。〔季語〕年の暮

 

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。

バナースペース

小林一茶について

 信濃北部の柏原宿(現長野県上水内郡信濃町)の有力な農家の長男として生まれる。3歳の時に生母を失い、8歳で継母を迎える。しかし、継母に馴染めず、15歳のころに江戸へ奉公に出、25歳のとき二六庵小林竹阿に師事して俳諧を学ぶ(論拠不肖ながら、藤沢周平著『一茶』では小林竹阿には実際あったこともなく弟子というのは一茶の詐称との記述がある)。

 29歳の時、故郷に帰り、翌年より36歳の年まで俳諧の修行のため近畿・四国・九州を歴遊する。39歳のとき再び帰省。病気の父を看病したが1ヶ月ほど後に死去、以後遺産相続の件で継母と12年間争う。一茶は再び江戸に戻り俳諧の宗匠を務めつつ遺産相続権を主張し続けた。50歳で再度故郷に帰り、その2年後28歳の妻きくを娶り、3男1女をもうけるが何れも幼くして亡くなり、特に一番上の子供は生後数週間で亡くなった。きくも痛風がもとで37歳の生涯を閉じた。2番目の妻(田中雪)を迎えるも老齢の夫に嫌気がさしたのか半年で離婚。3番目の妻やをとの間に1女・やたをもうける(やたは一茶の死後に産まれ、父親の顔を見ることなく成長し、一茶の血脈を後世に伝えた。1873年に46歳で没)。

 文政10年(1827年)閏6月1日、柏原宿を襲う大火に遭い、母屋を失い、焼け残った土蔵で生活をするようになった。そして翌年1月5日その土蔵の中で65歳の生涯を閉じた。

小林一茶の略年譜

1763年
 信濃国の農家に生まれる
 本名は弥太郎
1765年
 母親が死去
 継母を迎える
1776年
 奉公のため江戸に出る
1779年
 田沼父子が権力をふるう
1783年
 天明の大飢饉
1787年
 松平定信が老中になる
1792年
 京阪・四国・九州地方へ
 俳諧行脚(約7年間)
1801年
 帰郷。父親が死去
 遺産相続で継母と争う
1808年
 遺産の半分を取得
 本百姓に登録される
1811年
 「我春集」を書く
1814年
 結婚する
1819年
 「おらが春」を書く
1821年
 伊能忠敬による「大日本沿海輿地全図」が完成
1823年
 シーボルトが鳴滝塾を開く
1824年
 2度目の結婚、すぐ離婚
1825年
 幕府が外国船打払い令を出す
1826年
 3度目の結婚
1827年
 火事で母屋を失う
1828年
 死去(65歳)


(小林一茶)

山口素堂の俳句

山口素堂(やまぐちそどう)は、江戸時代前・中期の俳人。甲斐の出身で、江戸で芭蕉と親交を結び、蕉風の成立に貢献した人。

哀れさや しぐるる頃の 山家集

池に鵝(が)なし 仮名かき習ふ 柳陰(やなぎかげ)

筬の音 目を道びくや 藪つばき

梅の風 俳諧國に さかむなり

うますぎぬ こころや月の 十三夜

うるしせぬ 琴や作らぬ 菊の友

垣根破る その若竹を かきねかな

唐土(からつち)に 富士あらばけふの 月もみよ

草と見て 開くふようの 命かな

小僧来り 上野は谷中の 初桜

ずっしりと 南瓜落て 暮淋し

茶の花や 利休が目には 吉野山

峠凉し 沖の小島の みゆ泊り

長雨の 雲吹き出せ 青あらし

名も知らぬ 小草花咲(おぐさはなさく) 野菊かな

何となくそのきさらぎの前のかほ

海苔若和布(のりわかめ) 汐干(しおひ)のけふぞ 草のはら

初夢や 通天のうきはし 池主の花

初空や ねまきながらに 生れけり

筆始 手に艶つける 梅柳

晴る夜の 江戸より近し 霧の不二

古足袋(ふるたび)や 身程の宿の 衣配り

鬼灯や 入日をひたす 水のもの

三日月に 必ず近き 星一つ

さびしさを 裸にしけり 須磨の月

目には青葉 山ほととぎす 初鰹

武蔵野や 月宮殿の 大廣間

村雨に つくらぬ柘植の 若葉かな

椎の葉に もりこぼしけり 露の月

地は遠し 菊につつまる ばせをかな

はなれじと 昨日の菊を 枕かな

ふみもみじ 鬼すむあとの 栗のいが

日照年 二百十日の 風を待つ

冬瓜に おもふ事かく 月み哉

宿からん 花に暮なば 貫之の

宿の春 何もなきこそ 何もあれ

夕立や 虹のから橋 月は山

雪なだれ 妻は炉辺(ろばた)に 居眠れ

人やしる 冬至の前の とし忘れ

竹植る 其日を泣や 村しぐれ

綿の花 たまたま蘭に 似たるかな


(山口素堂)