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漢詩を読むがんばれ高校生!

竹里館(ちくりかん)

王維

独坐幽篁裏
弾琴復長嘯
深林人不知
明月来相照

独(ひと)り坐(ざ)す幽篁(ゆうこう)の裏(うち)
琴(きん)を弾(だん)じて復(ま)た長嘯(ちょうしょう)す
深林(しんりん)人(ひと)知らず
明月(めいげつ)来たりて相(あい)照(て)らす

【訳】
 ひっそりとした竹林の中にただ一人で座り、琴(きん)を弾いたり、声を伸ばして歌ったりする。こんなに深い竹林の中にいる私に誰も気づかない。明るい月だけが知っていて、私を照らしてくれる。

【解説】
 王維は、晩年に長安郊外の輞川(もうせん)という広大な地に別荘(輞川荘)を構え、「半官半隠」(半分は官吏で半分は隠者)の生活を楽しみました。この詩も『鹿柴』と同じく、この地の二十景の一つをうたったもので、清浄な世界に身を置く王維の人生観が凝縮されているといわれる詩です。また、王維には輞川荘の素晴らしい風景を描いた「輞川図」もあり、多くの画家たちに模写されました。
 
 五言絶句。「嘯・照」で韻を踏んでいます。「竹里館」は輞川荘内の竹林にあった建物。〈幽篁〉は奥深く静かな竹林。〈裏〉は「うち」と読み、中の意。〈長嘯〉は口笛を吹くように口をすぼめて発声すること、一種の声楽。長吟。〈深林〉は深い竹林の中。〈人不知〉は誰も気づかない。〈明月〉は明るい月。中国の詩文で「月」はしばしば、孤独の人を慰めるものとして歌われています。〈相照〉の「相」は一つの動作が他に及ぼすときに用いられる軽い意味の接頭語で、互いにの意味はありません。

 なお、3世紀中ほどの魏末の隠者集団である「竹林の七賢」のうち、嵆康(けいこう)は琴の名手であり、阮籍(げんせき)は長嘯を得意としました。この詩の前半はこの故事を意識して作られています。

王維(おうい)

杜甫に次ぐ盛唐の大詩人(699年?~761年)で、仏教信者であったため「詩仏」と称される。科挙に合格して玄宗に仕え、安史の乱で捕えられいったんは賊軍に与したが、許されて唐王朝に復帰した。晩年は長安郊外の輞川(もうせん)に隠棲。絵画にも堪能で、その詩風も「詩中に絵あり、画中に詩あり」と評された。

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押 韻

押韻とは、同じ音または類似の響きの漢字(音読み)を句の末尾に揃える決まり。韻を踏むことによって、文章がリズム感を持ち、読みやすく心に残りやすい詩となる。

古体詩もすべて押韻されていたが、近体詩では、基本的に偶数句末が韻を踏む。五言絶句なら2句と4句目。七言律詩なら2・4・6・8句。逆に奇数句末では韻を外さなくてはならない。なお七言詩の場合に限り、初句でも韻を踏むことがある。

ただし、日本語や現代中国語で発音しても同じ響きにならないものがあるが、時代の推移によって発音が変わったことによる。 

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