王維
単車欲問辺
属国過居延
征蓬出漢塞
帰雁入胡天
大漠孤煙直
長河落日円
蕭関逢候騎
都護在燕然
単車(たんしゃ)辺(へん)を問わんと欲して
属国(ぞくこく)居延(きょえん)を過(す)ぐ
征蓬(せいほう)漢塞(かんさい)を出(い)で
帰雁(きがん)胡天(こてん)に入(い)る
大漠(たいばく)孤煙(こえん)直(なお)く
長河(ちょうが)落日(らくじつ)円(まど)かなり
蕭関(しょうかん)候騎(こうき)に逢えば
都護(とご)燕然(えんぜん)に在(あ)りと
【訳】
ただ一人、車を駆って辺境の巡察に向かう。属国の官を拝命した私は、居延の地にさしかかった。風に吹かれて転がる枯れヨモギのように漢の塞(とりで)を出ていくと、道連れは、異郷の空へと飛んでゆく雁ばかり。
果てしなく広がる砂漠のかなたには、ひとすじの烽火(のろし)がまっすぐに立ちのぼり、はるかに流れ行く黄河のはてには、丸い夕日が沈んでいく。
私は蕭関で物見の騎馬に出会った。その話では、都護殿はいま燕然山まで北上して奮戦中とのことだ。
【解説】
737年、作者が37歳で節度判官となり涼州(りょうしゅう:今の甘粛省武威市)に赴任したときの作、あるいは涼州の河西節度副大使の崔希逸(さいきいつ)から命じられ、涼州に視察に赴いたときの作ともいわれます。一種の辺塞詩であり、「単車」「属国」など、紀元前100年に匈奴に使者として赴き、捕らえられて19年後にようやく帰還した前漢の蘇武(そぶ)に関連した語が使われています。もっとも、王維のこの旅はそのような危険を伴うものではありませんでした。
五言律詩。「辺・延・天・円・然」で韻を踏んでいます。〈塞上〉は辺境の塞(とりで)のあたり、〈単車〉は一台の車。従者を伴わず単身で旅すること。〈問辺〉は辺境を視察すること。〈属国〉は帰順した異民族の国。転じて、その国々に派遣された官吏。〈居延〉は西域の国名で、漢代の匈奴の国。〈征蓬〉は風に吹かれて転がっていく枯れヨモギ。転じてあてもなく旅する人。〈孤煙〉はただひとすじ立ち上る煙。わずかに存在する人家の煙とする説もあります。〈胡天〉は異郷の空。〈大漠〉は広い砂漠。ここではゴビ砂漠を指します。〈長河〉は黄河。〈蕭関〉は長安から西北へ通じる要衝の関所。〈候騎〉は斥候の騎馬。〈都護〉は辺境の軍事と行政を司る官。ここでは崔希逸をさします。〈燕然〉は匈奴の領域内の山。昔、匈奴に勝利し、山頂に記念碑を建てました。
※辺塞詩・・・辺境の地の事物や生活を題材とした詩。 辺境に出征した兵士の情や残された家族の悲しみを詠じる。 盛唐期に、山水詩と並び盛んになった。
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