衛(えい)の国に、哀駘它(あいたいだ)という、まったく風采のあがらない男がいました。ところが、彼と接した人たちは、みんな彼を慕って離れようとしません。誰もが「あいつはいい男だ」「あんな気持ちのよい男はいない」などと褒め称えます。たくさんの男たちが、彼と友達になりたがったのです。
人気があったのは男たちにばかりではありません。娘たちがこの哀駘它に出会うと、「ほかの男の妻になるより、お妾(めかけ)さんでもいいから、彼と一緒になりたい」と、数十人の女性たちが両親に泣いてせがむという始末。もう半端じゃないモテようです。
彼は、決して豪壮な家に住んでいるわけでなく、とりたてて財産があるわけでもありません。権力も地位もなく、誰かを指導するわけでもなく、空腹を満たしてやるわけでもない、ごくごく平凡な男に過ぎません。
ある時、常人とどこがどう違うのかと、魯の哀公(あいこう)が哀駘它を召し出したところ、うわさ通りの醜男です。しかし、1カ月もたたないうちに彼の人柄に魅了されてしまい、1年後には宰相として国政を任せたいとまで惚れこんでしまいました。しかし、気乗りのしなかった哀駘它は、まもなく哀公のもとから姿を消してしまいます。その後しばらくの間、哀公は、楽しみがなくなって憂鬱な日々を過ごしたといいます。
そんな彼の魅力は、いったいどこにあったのでしょうか。それは「和して、唱えず」。つまり、彼は、誰から何を言われてもハイハイと素直に答える男だったのです。なぜ、彼がそのような態度を取り続けることができたのか。彼は、すべての人に寛容の心をもてた、すなわちすべての人を愛することができたからです。
さらに、かの孔子は、哀駘它のそうした才に加えて「外に表さない徳」であると言っています。たとえば、動かないでいる水は完全な休息の状態にある。静寂を内に秘め、外には決して乱れを見せない。このような調和を養うことで徳が培われる。そして、その徳が外に表れないと、人はそこから離れていることができなくなる、と。
〜『荘子』徳充符篇
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