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勝利の女神

 とても重い障害のある小さな女の子をもつお母さんのお話です。女の子は生まれながらに重症心身障害を患い、ずっと寝たきりで、お母さんはその介護が大変でした。もうヘトヘトに疲れ果てます。しかも、親戚や近所からジロジロ見られたり、心ない言葉を浴びせられたりします。身も心も疲れ果てたお母さんは、この子を道連れに、という思いが頭をよぎったことが何度もあるといいます。

 そんなときに、小学生のお兄ちゃんがスッと寄ってきて、お兄ちゃんはとても優しい子で、お母さんの背中をパッと支えてくれたというのです。そのお母さんは、優しいお兄ちゃんがいたからこそ、自分たちは今、やっとこういう平穏な暮らしができるようになったのだと、お兄ちゃんへの感謝の気持ちでいっぱいです。

 ところがそのお兄ちゃんが、時々小さな声で、「妹を学校には連れてこないでね」と頼むというのです。学校でも子供たちのいじめの問題とかありますので、お母さんには理解できます。こんな障害の重い妹がいるのが分かったら、どんな冷やかしを受けたりいじめられたりするか分かりません。

 「そうだね、お母さん、連れて行かないから安心してね」とお兄ちゃんに言います。けれども、お母さんは、学校ではいないことにされる妹のことも不憫でなりません。同じようにお腹を痛めて産んだ子です。障害は確かに重い。言葉も話せず、ずっとずっと寝たきりです。だけど生きているではないか。何も、いないことにしなくたっていいのではないか、とお母さんの思いは断ち切れません。

 そのお兄ちゃんが6年生になって、ソフトボール大会の選手に選ばれたんです。お母さんはいろいろ悩んだ末に意を決して、お兄ちゃんには内緒で、妹を車椅子に乗せて応援に行きます。お兄ちゃんの晴れ姿をこの妹に見せたい、と。たぶん、応援席の隅っこのほうに隠れるようにして見ていたはずです。

 試合は、お兄ちゃんが大活躍してチームが勝ちました。お母さんが妹に、「よかったね、帰ろうか」と言って帰ろうとしたら、試合を終えたチームメートたちが遠くからジーッとこちらを見ています。「あいつのお母さんじゃないか。車椅子の子は誰だ。あいつに妹なんかいたんだっけ?」

 お母さんにはそんなザワザワした声が聞こえました。学校にだけは連れてこないでね、と優しいお兄ちゃんに言われていたのに、そのイチバンの晴れ舞台の場に連れてきて、しかもチームメートに見つかってしまった。あわてて帰ろうとするのだけれど、今度は足がすくんでどうにも動くことができない。

 そうしたらチームメートたちが、こっちの方に少しずつ近寄ってきます。ああ、万事休す! 気がついたときには周りを子供たちに囲まれていました。お母さんの頭は真っ白、心臓はバクバクで、もうどうしていいか分かりません。

 子供たちが車椅子を覗き込みます。そんな重い障害児なんて見たことがないですから。視線も合わない、たぶん、口をポカンと開けて、よだれでも垂らしていたかもしれません。おそらく初めて。「へー、こんな子がいるの」と見るのです。

 そうしたら、その中の何人かが手を伸ばしてきて、女の子の頭を撫でたんです。そして、「勝利の女神だね」って言ったんです。「この子が応援してくれたから、オレたちは勝てたんだよ」。誰かが言い出して、「そうか、そうだよ、勝利の女神だよ」と。みんなが、「ありがとう、勝利の女神だよ」と言ったのです。

 とってもステキな子供たちですね。

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さむいね
ああさむいね
虫がないてるね
ああ虫がないてるね
もうすぐ土の中だね
土の中はいやだね
痩せたね
君もずゐぶん痩せたね
どこがこんなに切ないんだらうね
腹だらうかね
腹とつたら死ぬだらうね
死にたくはないね
さむいね
ああ虫がないてるね

〜『秋の夜の会話』草野心平

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