短歌を作ってみました< ちょっと美しい日本語< がんばれ凡人!
水仙を詠む短歌1首

前栽に
並んで笑う水仙の
待ちわびた春にぎやかに来る
あの人の言葉
- 無名なものを讃えることができるのが歌だ。 〜長田弘
- しゃべるのは下手なんです。思っている強い気持ちを乗せるのに、なんだか短歌の枠(スタイル)がすごくハマって、ずっと書いていられました。散文だと自由なので、ゴールがないじゃないですか。でも、短歌は「五・七・五・七・七」に強制的に収めなくていけないので、何回も何回も言葉を言い換える必要があるんです。
〜伊藤紺
- 「うれしい」と「よろこび」って近い言葉ですよね。でも、「=」では結べない。そういうことに、短歌を書いていると気づくんです。言葉を言い換えながら『五・七・五・七・七』にしていくなかで、言い換えられない言葉だったり、逆に適当に選んだ言葉が見えてくるんです。短歌にする過程で、気持ちが磨かれていく感じとでも言うんですかね。自分の本当の気持ちにたどり着けるようになるのが、おもしろいんです
〜伊藤紺
- どの部分を消し残すか、ということが作歌のたのしみに変わってゆくことだろう。 〜寺山修司
- 毎日、人の数だけ違う事が起こっている。同じ日なんて無い。一瞬も無い。自分に起こる事をよく観察し、面白がったり考え込んだりする事こそ人生の醍醐味だと思う。
〜さくらももこ
- 私の歌はその時々の私の命の破片である。 〜若山牧水
- 短歌の内容は単純でなくてはならない。 〜窪田空穂
- 歌は精神の現れである。したがっていい歌を詠もうとすれば、いい精神を持っていなければならない。 〜窪田空穂
- 伸びようとする調べと、抑へようとする力との調和、これが作歌の要諦である。 〜窪田空穂
- 比喩は感動そのものに対して直接な現し方ではありません。したがって、比喩の歌には熱が乏しくて理智の働く傾向があります。 〜島木赤彦
- 誰かの為に、何かの為に、という大義名分では決して短歌は作れるものではない。短歌はもっとつきつめた、ひとりぼっちなものだと思う。 〜河野裕子
- ”秀歌”とは何か、と問われたならば、一言で答えることができる。それは心臓にドキンとくる歌である。 〜藤平春男
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