こんな犯罪

犯罪には「未遂」と「既遂」があって、ふつう未遂の場合は既遂に比べて罪一等減ぜられることは、大抵の人が知っています。
ところが、未遂だけが罰せられて既遂の場合には罪にならない犯罪があります。この言い方はちょっと正確でないので、もう少し細かく言うと、その行為の目的が達せられなくても行為を起こしただけで既遂として罰せられる、しかしその目的が達せられると罪にはならないという犯罪です。とんちクイズみたいですが、お分かりでしょうか? 法律に詳しい人なら当然に知っているはずですが、一般にはあまり知られていません。
その犯罪とは、刑法第77条に規定されている「内乱罪」です。すなわち政府転覆行為、クーデターです。答えを聞いたら、「あ、なーんだ」と納得されるでしょう。クーデターの目的が達成されたら、その行為者が新しい政府となるわけですから、罪になろうはずがありません。途中までは重大犯罪ですが、成功した瞬間に正義となるわけです。しかし、その辺のところも想定して条文が書かれているなんて、ちょっと面白い気がします。
それから条文に「死刑」しかない犯罪があるのをご存知ですか? 殺人罪でも「死刑または無期もしくは3年以上の懲役」とされています。ところがこの犯罪だけは「○○した者は死刑に処する」としか書かれていないのです。殺人罪よりも重い犯罪があるの?と思われる方も多いでしょう。
それは、刑法第81条に規定されている「外患誘致罪」(がいかんゆうちざい)です。難しい名前ですが、これはどういう罪かといいますと、外国に通謀して日本に武力行使をさせる行為です。すなわち国を売る行為です。なるほどなと思う反面、人を殺す人間よりもこうした国家への裏切り者を最大の犯罪者としている点は、なかなか興味深いところだなと思ってしまいます。

火事の責任
わが国の火事の原因でもっとも多いのが「放火」だという事実には、とても悲しい思いがします。放火の罪は、その対象物によって現住建造物放火罪(刑法108条)、非現住建造物放火罪(同109条)、建造物等以外の物に対する放火罪(同110条)の3つに分けられています。そのなかで現に人の住居に使用している建造物や電車などに放火する現住建造物放火罪は、死刑または無期もしくは5年以上の懲役に処せられますから、たいへん重い罪です。
一方、過失によって出火させた場合は、失火罪(同116条)として、通常の過失(業務上でない)によるのであれば20万円以下の罰金に処せられます。
ところで、失火に関しては、「失火の責任に関する法律」という特別法があります。本来であれば、故意または過失によって他人に損害を与えた者は損害賠償の責任を負うのが原則ですが、失火の場合には、失火者に重大な過失がある場合に限って損害賠償の責任を負うとされています。そうでない場合は、いくら類焼によって他人の家が焼けてしまっても損害賠償責任を負わないのです。
ずいぶん寛大というか不合理な法律のような気がしますが、これは日本の家屋事情によるところが大きいのです。日本の家屋の多くは木造建築で、しかも密集して建っていますから、いったん火が出るとたいへんな被害になる可能性が大です。そうした場合、失火者自らの家も焼失しているうえに、それらのすべての被害を賠償させるのはあまりに酷だという考えによるものです。
それでは、損害賠償の責任を負うか負わないかの分かれ目となる「重大な過失」とはどのようなものでしょう。たとえば台所で天ぷらを揚げているときに、電話がかかってきて、「ちょっとの間だけだから」とコンロの火をつけたまま長話をして、鍋に火が移り隣家まで類焼してしまったような場合。このような場合ですと、油の入った鍋の火をかけっぱなしにしておけば引火するのは容易に予想できたわけですから、重過失にあたるとされます。
いずれにしても、他人のせいで家が火事になっても損害賠償を受けられない可能性がありますから、くれぐれも火災保険には加入しておきましょう。
ふつうの人の感覚
ある専門分野でずっと同じことばかり研究していると、かえって見方や考え方が狭くなってしまう、あるいは、ふつうの人の感覚からズレてしまうようなことってないでしょうか。実は、「裁判員制度」に絡んで、専門家である法曹界や学者の人たちと一般の人たちの間に、大きな感覚の隔たりがあるという事実が分かったそうです。
”殺人”には「謀殺(ぼうさつ)」と「故殺(こさつ)」の区別があります。「謀殺」は謀って殺す、つまり殺そうと企んで殺す場合で、「故殺」はそうではなく、カッとした弾みで殺してしまうような場合です。そして、犯人の故意の程度や執拗さが大きい「謀殺」のほうが「故殺」より罪が重いというのが、専門家の間での当然の決まりごとだったわけです。私も大学は法学部でしたから、そのように教わりました。
ところが、ふつうの人々の感覚では必ずしもそうではないようです。犯人が、ある人を殺そうと企んだのには、よほどの動機や事情があったはず。そして、その目的が達せられたら満足するから、それ以上の危険はない。決して他の人を殺そうとは思わないだろう。ところが、カッとなった弾みで人を殺した犯人は、大した理由もなく人を殺したのであり、また、そのような人間はいつまたどこでカッとして人を殺すか分からない。こちらのほうがよっぽど許せないし危険だから、重罪に処すべきである、と。
この意見は、裁判員制度が正式にスタートする前の模擬裁判で模擬裁判員から発せられ、これを聞いたプロの裁判官は頭を抱えたといいます。専門家たちが考えもしなかった理屈だったからです。ずいぶんなるほどと思います。ことさように、専門家よりふつうの人たちの感覚のほうが的を射ている、あるいは正しいかもしれないってこと、他にもいろいろあるんじゃないでしょうかね。
【PR】
↑ 目次へ ↑このページの先頭へ