否定される「進化論」
かの「ダーウィンの進化論」が全否定される可能性が強くなった! アメリカの科学メディアに掲載された記事によれば、10万種以上の生物種の DNA
と、アメリカ政府の遺伝子データバンクにある 500万以上の DNA の断片を徹底的に調査したそうです。その結果、現在地球にいる大半の生物が地球上に登場したのは、10万年〜20万年前の間だとわかったそうです。そして進化の過程にある「中間種は存在しない」って。
これまで言われてきた「人類誕生までの地球の歴史」は、46億年前から始まり、35億年前くらいに最初の生物が誕生し、そこから徐々に進化してきたというものでした。しかし、実はこの地球の生物の
90%以上は、それ以前への遺伝子的なつながりはなく、 20万年前以降に現れてから後、決して「徐々に進化」などしていないというんです。進化の途中の化石が決して見つからないのはそのためなのでしょうか。
憚りながら私も、素人ながらそういうもんだろうと考えるところです。だって「進化論」が正しければ、今いるサルの中に、将来は進化して人間になるヤツが出てくることになります。でも、どう見ても人間にはなりそうもない。サルはずっとサルのままのような気がします。海にいるマグロやサバなどの魚が、やがて陸に上がって爬虫類や哺乳類になるとも考えにくい。魚はずっと魚のまま。そう思いませんか?
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『ガリバー旅行記』の不思議
アイルランドの作家ジョナサン・スウィフトによる『ガリバー旅行記』、子供向けの物語としてとても有名ですね。私も小さいころに読んだ記憶があるような無いような・・・。原作は全4篇ある大作で、実のところは当時のイギリス人の社会や慣習に批判的な視点に立った風刺文学だといいます。
そればかりか、中にはまことに不可解な記述があるのをご存じでしょうか。第3篇は空を飛ぶ島「ラピュータ」が出てくる物語で、そこにラピュータ人が発見した、火星を回る2つの衛星のことが書かれています。そして、その2つの衛星の、火星からの距離、公転時間などが、実際に存在するフォボスとダイモスにぴたり一致するというのです。
『ガリバー旅行記』が出版されたのは今から300年近く前の1726年、日本では江戸時代の享保11年にあたる年です。そして、フォボスとダイモスが発見されたのは、それから約150年後の1877年です。これはいったいどう理解したらいいのでしょう。ただの偶然の一致? それとも、ジョナサン・スウィフトはひょっとして宇宙からやって来た?
人間が魚だった痕跡?
昔も昔、はるか大昔、私たちの先祖がまだ海で生活していたころ、つまり「魚」だったころの痕跡が、今も私たちの体に残っているという話があります。その痕跡は何かというと、ほかならぬ「首」だそうです。
つまり、海から陸に上がって空気呼吸を始めると、それまで使っていたエラは不要となり退化して、くびれてきた。それが首となった。さらに驚くのが、ヒトの胎児は受胎から30日を過ぎてわずか1週間で、1億年を費やした脊椎動物の歴史を再現しているというのです。
受胎32日目の顔には魚の面影があり、エラ孔があって、手はヒレの形をしている。34日目になると両生類のカエルの顔に、36日目に爬虫類の面影になる。心臓には隔壁ができて空気呼吸の準備が整う。つまり「上陸」の再現。水中用の体から陸上用の体に切り替わるという進化上の劇的変化に必死で対応し耐える苦しみが、ちょうどその時期、つわりとなって母体に表れる。そして38日目にようやく哺乳類の顔になる・・・
うーん、何とも深遠、実に神秘的なお話です。しかし、上掲の「進化論」を否定する立場からは、人間が昔は魚だったはずはないということになります。あくまで魚は魚、人間は人間。じゃあ、なぜそんな痕跡が残っているかというと、すなわち「基本設計」が同じだったからです。地球上の生物の遺伝子の多くは共通しているといいます。たとえば人間とバナナだって、半分は同じ。だから、基本設計をベースにさまざまな仕様を加減した生物を、神様が作りたもうたということ。だっていちいち始めから設計図を書いていたら面倒ですもん。
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