杜甫
丞相祠堂何処尋
錦官城外柏森森
映階碧草自春色
隔葉黄鸝空好音
三顧頻繁天下計
兩朝開済老臣心
出師未捷身先死
長使英雄涙満襟
丞相(じょうしょう)の祠堂(しどう) 何(いず)れの処(ところ)にか尋ねん
錦官城(きんかんじょう)外(がい) 柏(はく)森森(しんしん)
階(きざはし)に映ずる碧草(へきそう) 自(おのずか)ら春色(しゅんしょく)
葉を隔(へだ)つる黄鸝(こうり) 空しく好音(こういん)
三顧(さんこ)頻繁(ひんぱん)なり 天下の計
両朝(りょうちょう)開済(かいさい)す 老臣の心
出師(すいし)未(いま)だ捷(か)たざるに身(み)先(ま)ず死し
長(とこし)えに英雄をして涙(なみだ)襟(えり)に満たしむ
【訳】
蜀の丞相(諸葛亮)を祭った祠堂は、どこへ尋ねたらよいのか。それは成都の郊外、柏がうっそうと茂った辺りだ。階(きざはし)に映る草の緑には春の気配がただよい、梢の間に見え隠れするウグイスだけが、いたずらに好い声でさえずっている。
三顧の礼をはらった蜀の劉備に「天下三分の計」を示し、以来、劉備・劉禅の二代にわたって、老いてなお蜀の政治を支え続けた。
そして、魏討伐の軍を起こし、戦いに勝たないうち陣没し、その生き様と忠誠ぶりは、後世の英雄たちに悲憤の涙をしぼらせた。
【解説】
杜甫が49歳のときの作。戦乱から逃れるため家族とともに各地を転々とし、ようやく落ち着いたのが成都(四川省)でした。成都の郊外には、三国時代の英雄・諸葛亮(しょかつりょう:字は孔明)を祀った「武侯祠(ぶこうし)」があり、この詩はそこを訪れて詠んだものです。杜甫は諸葛亮を深く尊敬していたといい、諸葛亮を歌った詩を20篇余りも作っています。三国志を扱った詩は、晩唐の杜朴や李商隠に見られますが、杜甫はそのさきがけといえます。
七言律詩。「尋・森・音・心・襟」で韻を踏んでいます。「蜀相」は蜀の宰相、諸葛亮のこと。〈丞相〉は宰相。天子を補佐する最高位の官。〈祠堂〉は先祖の霊を祀ったところ。ここでは武侯祠のこと。〈錦官城〉は成都の別称。〈柏〉はコノテガシワ。〈森森〉はうっそうと繁っているさま。〈階〉は祠堂の階段。〈黄鸝〉はウグイス。〈三顧〉は、劉備が諸葛亮の庵を三度訪ねて軍師として招いたこと。〈天下計〉は、諸葛亮が劉備に示した「天下三分の計」。〈両朝〉は劉備・劉禅二代の朝廷こと。〈老臣〉は年を取った重臣のことで、諸葛亮を指す。〈開済〉は、基礎を作り軌道に乗せること。〈出師〉は、魏を討伐する軍勢のこと。〈捷〉は勝利すること。
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