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哲学に親しむがんばれ高校生!

ヘーゲル

ドイツのシュトゥットガルト生まれの哲学者(1770年~1831年)。テュービンゲン大学で神学、哲学を学び、イェナ大学助教授、ハイデルベルク大学教授、ベルリン大学教授・総長などを歴任。「弁証法」の論理を確立。世界は唯一絶対の理性の自己発展であり、世界の歴史はこの絶対精神の弁証法的発展過程であるとし、カント以来のドイツ観念論に弁証法を導入。ドイツ観念論の大成者とされる。

 ドイツの哲学者ヘーゲルは、人間の本質は精神であり、また自然界や人間の歴史を、決して絶えることのない運動としてとらえました。そして、その仕組みを「弁証法」によって説明し、弁証法の論理を確立した人です。「弁証法」とは、討論する、会話する、という意味の「ディアレクティケー」というギリシア語に由来し、存在するものが矛盾と対立のなかで変化・発展していく法則のことです。現在、哲学用語として用いる弁証法は、ヘーゲルによる弁証法を指すのが一般的です。
 
 古代ギリシアの哲学者ソクラテスは、問答法を用いて哲学を探求していました。「〇〇とは何か」という問いを投げかけ、相手の答えの中から自己矛盾を見つけてさらに問答を繰り返す、そうして、それ以上さかのぼれないところまで真実を掘り下げていこうとしたのがソクラテスの問答法で、これも弁証法の一種だとされています。
 
 ヘーゲルは、真理とは、弁証法という手法によって多くの人々が長い時間をかけて少しずつ形作っていくものだと主張しました。そもそも、それだけで真理を完全に説明できるような絶対的原理などありえない。一つの命題や主張があったとしても、それは一面的であり、必ずそれと対立する命題や主張によって否定される。この反対の命題や主張にもまた一面性があるから、それぞれのよいところを組み合わせた第三の命題や主張が出てくる。このような対立を繰り返すことによって、より新しい真理に近づいていく・・・。
 
 この過程は、正(定立)⇒反(反定立)⇒合(総合)というふうに表現されます。また最後の段階で、それら対立するものをより高次なものへと否定的に統合することを「止揚(しよう)=アウフヘーベン)といっています。
 
 ヘーゲルは、弁証法こそが人類を真理へ導く最良の方法だと考え、さらに世界の歴史にもこの弁証法を当てはめました。歴史も真理の探究と同じように、弁証法の手法によって進展していき、やがて究極の理想世界にたどり着けるだろうと考えたのです。時代はフランス革命によって王政国家が倒され、民主国家への転換期にありました。まさに歴史がより良い方向に大きく進みつつある最中にあり、そうした背景からも、ヘーゲルの考え方は広く受け入れられたのです。

ヘーゲルの著作

  • 『精神現象学』
    1807年刊。年代的にも体系的にも彼の哲学体系全体への導入部の位置を占める著作で、精神の弁証法的発展、すなわち感覚という意識のもっとも低次の段階から、経験を通じて、精神が〈絶対知〉に達する過程を論じている。
  • 『法の哲学』
    1821年刊。客観的精神の展開を法・道徳・人倫において論じている。法の原理的検討からはじまり、家族、市民社会、国家の洞察へと進む。
  • 『歴史哲学』『宗教哲学』
    ヘーゲルが1831年コレラで死んで以後、弟子たちが編纂した講義録。

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ヘーゲルの言葉から

  • 天才を知る者は天才である。
  • 何であるかを理解することは哲学の課題であり、何が理性であるかを理解することである。
  • 哲学とは性質上、難解なものであり、群衆のために作られたものでも、群衆のために用意されたものでもない。
  • ミルネバの梟は夕暮れになって初めて飛翔する(哲学は、時代が終わって夕暮れ時になってから飛び立つ、つまり哲学として形成するということ)。
  • 真なるものは全体である。
  • 理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である。
  • 好奇心でも虚栄心でもなく、便宜を考慮したものでもなく、義務や良心でもなく、妥協を許さない抑えられない不幸な渇きが、私たちを真理へと導く。
  • 自由な人間は決して妬まない。彼は偉大なものを喜んで受け入れ、そうしたものが存在することが、うれしいと喜ぶ。
  • この世で情熱なしに達成された偉大なことなどない。
  • 限界に気づくということは、すでに限界を超えているということである。
  • 世界歴史とは精神が自らの本質である自由を実現していく過程であり、それは人類の自由意識の進歩として現れている。
  • 幸福で安全だった時代は歴史のうえでは白紙になる。
  • 我々が歴史から学ぶことは、人間は決して歴史から学ばないということだ。
  • 人格とは、高いものと低いものが一つになったものである。人格には無限なものとまったく有限なもの、一定のはっきりとしたけじめと、けじめのまったくなさとが統一されている。人格の高さというのは、この矛盾を持ちこたえることである。
  • 早起きして、新聞を読むことは、現実主義的な朝の祈りである。
  • 自然な魂は常にメランコリーに包まれて、悩まされるようにできている。
  • 死を避け、荒廃から身を清く保つ生命でなく、死に耐え、死の中でおのれを維持するものこそが精神の生命である。
  • 英雄の従者にとって英雄なる人はひとりもいない。というのは、英雄が英雄でないからではなく、従者が従者であるゆえんだからだ。

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がんばる高校生のための文系の資料・問題集。

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弁証法

「対立する物事から新しい見識を見いだす」方法。ヘーゲルによって定式化された弁証法、及びそれを継承しているマルクスの弁証法を指す場合が多いが、元をさかのぼれば、アリストテレスの「問答法」に起源があるとされる。

それだけで真理を完璧に表現しているような絶対的原理などありえない。 そもそも一つの命題や主張(正)は、 そのままでは一面的だから、 かならず、それと対立する命題や主張(反)によって否定される。 この反対の命題や主張も一面性を免れないから、 正と反のそれぞれよいところを組み合わせた第三の命題や主張(合)が 出てこなければならない。 こうしてそれぞれの段階のすぐれた部分は保持したまま、 より適当な表現へと進んでいくことが、 弁証法的止揚(アウフヘーベン)と呼ばれる。


(アリストテレス)

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