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哲学に親しむがんばれ高校生!

サルトル

パリ生まれのフランスの哲学者、小説家、劇作家(1905年~1980年)。 3歳のとき右眼を失明。第二次世界大戦後に、無神論的実存主義とマルクス主義の総合を試みて、世界的な影響を及ぼした。また、雑誌『現代』を創刊し、文学者の社会参加(アンガージュマン)を説き、共産主義に接近、反戦・平和運動に積極的に参加した。1964年にはノーベル文学賞の受賞を拒否。
24歳のときに知り合ったシモーヌ・ド・ボーボアールは、最初は恋人として、後には思想上の同志として、生涯をともにする唯一の伴侶となった。

 無神論的な実存主義(⇔本質主義)の哲学者であり、小説家、劇作家でもあっただったサルトルは、行動する知識人としてさまざまな活動を行いました。哲学においてはヘーゲルの弁証法、フッサールの現象学を批判的に継承し、物的存在すなわち事物がそれ自身として既にあるのを「即自存在」、それに対して自己の存在を意識する自分の存在を「対自存在」と把握し、対自存在と他人の意識との関係で作られるのが「対他存在」だと捉えました。言い換えると、他人が意識する自分を気遣う自分のありようが「対他存在」です。
 
 この思想は実存主義の代表的な理論とされ、「存在(実存)は本質に先立つ」という彼の有名な言葉に要約されます。人間にたとえるなら、人がどう振る舞うかが先にあり、その振る舞いによって後に本質が作られるという考え方です。さらにそれを進めて、人間は自由な存在であるがゆえにその振る舞い(選択と決断)によって生じる結果について一切の責任を負わなければならないとしました。
 
 彼が考える自由というのは、何をしてもよいという楽観的な自由ではなく、その選択と結果に同等の責任を伴う自由です。またそれぞれに異なる人間には選択の正解など無いし、誰かに教えてもらうものでもない。さらに誰かと共有もできないし、失敗したからといって誰にも文句を言えない、孤独で苦痛なものでもある。このことをサルトルは「人間は自由の刑に処されている」または「人間は自由に呪われている」と表現しました。

 だからといって「自由の刑」から目を背け、何もしなくてよいわけではなく、サルトルは、だからこそ自己の客体性を容認しつつ、自分の目の前に広がる自由の中から生き方を選択し、その人生に自分を拘束して積極的に社会参加するべきであると説きました。また、そうすることによって社会を作り変えるべきだ、と。この概念を「アンガージュマン」と呼びます。
 
 第二次世界大戦が終わった1945年の秋、サルトルは雑誌『現代』を創刊し、その編集長になりました。そこでサルトルの掲げたスローガンが「アンガージュマン」です。サルトルは、人間はそもそも自由な存在だとされているが、決してそうではなく、人間は時代と社会の状況に「拘束されている」と考えました。自由はこの拘束とぶつかることからしか生まれない。そうだとすれば哲学者や学者や作家も、時代状況と徹底的に関わっていくことしか、その使命を見出す方法はないのではないか。雑誌『現代』はそう訴えようとしたのです。
 
 サルトルは一方で、ナチス支配下のフランスでのレジスタンス運動(抵抗運動)への参加や、戦後のマルクス主義への接近と原水爆禁止運動への積極的な発言など、幅広く行動する思想家でもありました。また、定住を好まず、パリのサン=ジェルマン通りのカフェに毎日のように通いつめ、若者たちと一緒に議論して親しまれ、サルトルを敬う彼らから「サン=ジェルマン通りの法主」と呼ばれるようになったこともありました。 
 
 このころは、マルクスの共産主義が有力視されてきた時代と重なります。そのため、多くの若者たちがサルトルの呼びかけに感化され、彼らは共産主義革命や学生運動にのめり込んでいきました。ひいては火焔瓶を投げつけて機動隊ともみ合うなどの過激で暴力的な活動へと連なっていったのです。

 なお、1964年にサルトルはノーベル文学賞に選ばれましたが、これを辞退しています。当時、サルトルはあらかじめノーベル財団あてに辞退の意思をつづった書簡を送っていましたが、その到着が遅れたために混乱を招いてしまったようです。サルトルは1945年の仏最高勲章レジオン・ドヌールの受賞も辞退しています。後の説明では「公的な賞はどれも辞退している」と述べ、その理由に独立性の維持などを挙げていますが、ブルジョア的な賞だとして忌み嫌ったようです。

サルトルの著作

  • 『実存と無』
    1943年刊 。人間存在の分析を通して、人間の自由の根拠を探ろうとした。サルトルは当時38歳で、パリの一高校教師に過ぎず、ひっそりと刊行されたが、たちまちフランス全土に大きな反響を呼び、哲学界や唯物論など多くの方面から論評された。哲学書としては異例の部数を売り上げ、現在も版数を重ねている。難解な大著ながら、「この著を読まずしてはサルトルは語れない」といわれる。
  • 『嘔吐』
    1938年に刊行された長編小説。 ある絶望した研究者が、事物や境遇によって彼自身の自我を定義する能力や理性的・精神的な自由が侵されているという確信に至り、吐き気を感じさせられる様子が描かれている。

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サルトルの言葉から

  • 実在は本質に先立ち、それを規定する。
  • 人生は絶望の反対側で始まる。
  • 人間は状況によってつくられる。
  • 人は各々の道を創り出さなくてはいけない。
  • 人間は自らの行動の中で、自らを定義する。
  • 人は自由であることを運命づけられている。なぜなら、いったんこの世に投げ込まれると、人は自分の行動のすべてに責任を負わなければならないからだ。
  • 人間は自由であり、つねに自分自身の選択によって行動すべきものである。
  • 人間は自由の刑に処せられている。
  • 人間は現在持っているものの総和ではなく、彼がまだ持っていないもの、これから持ちうるものの合計である。
  • 約束とは言葉ではない。行動なのだ。
  • 悲しむことはない。いまの状態で何ができるかを考えて、ベストを尽くすことだ。
  • 人は自らの本質と選択に全責任を負う。
  • 一人でいるときに孤独を感じるのなら、あなたは悪い仲間と付き合っているということだ。
  • 金持ちが戦争を起こし、貧乏人が死ぬ。
  • ボートを漕がない人間だけが、ボートを揺らして波風を立てる時間がある。
  • 午後3時という時刻は、何をするにしても遅すぎるか、早すぎる。
  • 永遠であるという幻想が失われた時、人生は意味を持たなくなる。
  • 青春とは実に奇妙なものだ。外を見ると赤く輝いているが、内から見ても何も感じられない。
  • 現代の資本主義社会には生活はない。あるものはただ宿命だけだ。
  • 成功とは品性と知性の証拠であり、また、神聖な保護を受けた証拠である。
  • すべての答えは出ている。どう生きるかということを除いて。
  • まず第一に理解しなければならないことは、自分が理解していないということである。
  • 言葉とは、弾丸が装填されたピストルである。
  • 地獄とは他人のことだ。
  • 我々は、愛する人々を裁きはしない。
  • 人間が死ぬのはいつも早すぎるか、遅すぎるかのどちらかである。しかし、一生はちゃんとケリがついてそこにある。

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がんばれ高校生!

がんばる高校生のための文系の資料・問題集。

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シモーヌ・ド・ボーヴォワール

フランスの文学者、哲学者(1908年~1986年)。実存主義者で、サルトルのよき理解者であるとともに、サルトルから提案された互いの自律性を尊重した契約結婚をし、その関係は生涯続いた。
 
パリ生まれで、パリ大学で哲学を学んだ後に国立高等中学校で教鞭をとり、やがて文筆活動に入る。人間の自由と女性の解放を主張、「人は女に生まれるのではない。女につくられるのだ」という言葉は有名。
 
1980年にサルトルが亡くなった後の著作で、「彼の死は私たちを引き離す。私の死は私たちを再び結びつけはしないだろう。・・・こんなにも長い間共鳴し合えたこと、それだけですでに素晴らしいことなのだ」と書き残している。

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