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ヘッドホンの残念

 古いオーディオ・ファンとして(古いだけですけど)、とても残念で残念でならないのが、とくに若い人たちの間で主流になっている、携帯型音楽プレーヤーとヘッドホン(またはイヤホン)による音楽鑑賞スタイルです。中には、スピーカーで一度も聴いたことない人もいるとか。あまつさえ、レコード会社も、J-POPを中心に、ヘッドホン向けのディスク作り、すなわちヘッドホンで聴いたときにいちばん良い音に聴こえるディスク作りをしているといいますから、もうがっかり至極なんです。

 音質の面だけを捉えると、日進月歩の技術革新によって、携帯型音楽プレーヤーでは信号圧縮技術などが格段に向上、ヘッドホンもますます高性能化して、中には数値的にスピーカーと遜色ないものもあるやに聞きます。しかも、それらが割と安価で実現できているのはとても素晴らしいことだと思います。しかしながら、いくら携帯型音楽プレーヤーやヘッドホンの性能がアップしても、絶対にスピーカーを超えられない、違う言い方をすれば、スピーカーでないと得られない感覚や感動があると思っています。

 どういうことかというと、ヘッドホンでは、臨場感を出そうとしていくら音量をあげても、耳の中、頭の中でガンガン鳴り響くばかりで、決して体には伝わってきませんでしょ。実際にコンサートに行って生音の迫力に接したときのことを思い出してみてください。その違いは、単に音質だけの問題ではありませんよね。生音は、耳だけでなく体でも聴いている。素晴らしい音楽を、文字通り「体感」し、体じゅうが生音によってじんじん打ち震えているわけです。

 私らのような古来のオーディオ・ファンが自室の本格オーディオ装置で音楽を再生するのは、言ってみれば、そうした生音を疑似的に体験しようとしていることに他なりません。もちろん全く同じ条件や環境になるのは無理ですが、できるだけコンサートの生音に近い「空間」を作り出し、そこに全身でどっぷり浸る。ヘッドホンでは、たとえ100万円の高価なものでも絶対にできないこと。私もたまにヘッドホンで聞くことはありますが、全く異質の体験であると思っています。

 とはいうものの、「いやいや、そんなの端から分かっている、生音とはしょせん別物だと思って聴いている」とか「これだって、れっきとした音楽鑑賞」「音質さえ良ければそれでいい」とか言われたらそれまでなんですけどね。それに「生音に触れるために、我々はしょっちゅうライブに行っているんだ!」という反論もある。そして、いつでもどこでも他人に気兼ねなく聴けるのは何より便利で楽しい。それはまぎれもなく大きな利点。でも、いつもヘッドホンが主役なのは、何か悲しい。どこか寂しい。

【追伸】
 最近の研究結果では、「皮膚」には、目でなくても光を捉え、耳でなくても音を聞き、舌でなくても味を知るという感覚が備わっていることが分かってきたそうです。生命進化において、その皮膚の能力は脳が生まれる前から存在していたため「0番目の脳」とも呼ばれているとか。やはり全身で音楽を聴く意味合いは大きいと感じる次第です。

ヘッドホン向けのディスク作り

 今のレコード会社は、ヘッドホンやイヤホンを主体とする若者のオーディオ・シーンに合わせてか、ヘッドホンで聴くのを前提としたディスク作りをしているといいます。つまりヘッドホンで聴いたときにいちばん良い音が出るように調整している。だから、従来のオーディオ装置では良い鳴り方をしない、って(今のところは若者向けの「J−POP」のジャンルだけらしいですけど)。

 どういうカラクリかというと、録音された音の加工段階で、コンプレッサーを使って小さい音を大きく、大きい音を小さくして、全体として再生時の平均音量を大きくする。そうすれば、ダイナミックレンジが狭いポータブル・オーディオやミニコンポ、またヘッドホンやイヤホンなどでは音が良く聴こえる。ところが、広大なダイナミックレンジを持つ本格的なオーディオ機器では「音と音の隙間」が少なくなり再生時に音が混じる、平面的でうるさい音になるなどの問題が生じる。ですって。
 
 私もいつだったか、子供たちが持っていた流行のJ−POPのCDを借りて自分のオーディオ装置で聴いたことがありますが、ほんの数秒間聴いただけで「何じゃこの音は?」とびっくりしましたもん。まさに平面的という言葉がピッタリで、ただただ、やかましいばかり。一方、演歌のCDも持っているんですが、こちらは決してそんなふうにはなりません。その違いは歴然としています。

 まー、メーカーさんも商売ですからね、若者たちにそっぽを向かれては困る。彼らのオーディオ・シーンに出来るだけ合わさなくてはならない。冷静になって考えれば、これはこれで有りなのかなとも思います。それを直ちに「困った!」とか「邪道だ!」とするのは「時代遅れ」の考え方かもしれません。早い話が、J-POPはわざわざ本格オーディオで聴かなきゃいい。ミニコンポやポータブル・オーディオで良い音が得られるのなら、それはそれで意義のあること。「箱庭の美学」じゃないですが、限られた極小空間で高みを追求するのも、優秀な技術者の拘りなのかもしれません。
 

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ダイナミックレンジ

機器が処理可能な音(信号)の大小の幅を示したもの。単位はデシベル(dB)。この数値が大きいほど小音量と大音量の幅が広くなり、音楽の表現力も豊かになる。

通常、音量を下げていくとやがて音源ソースは機器が持つノイズに埋もれていくので、これが信号の最小値になる。また、音量を上げていくとだんだん歪みが大きくなり、正しく信号が再生できなくなるので、これが最大信号の限界となる。

人間の聴覚が持つダイナミックレンジ、すなわち知覚できる最小の音圧と、苦痛を感じる最大音圧の比率は、およそ120dBといわれる。

聴感上の音量変化の幅が広い音を、「ダイナミックレンジが広い」などと表現する。一般のCDは96dB、レコードはおよそ65dBといわれる。

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