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巻第5(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第5-897~903

訓読

897
たまきはる うちの限りは 平らけく 安くもあらむを 事もなく 喪なくもあらむを 世間(よのなか)の 憂けく辛けく いとのきて 痛き瘡(きず)には 辛塩(からしほ)を 注(そそ)くちふがごとく ますますも 重き馬荷(うまに)に 表荷(うはに)打つと いふことのごと 老いにてある 我が身の上に 病をと 加へてあれば 昼はも 嘆かひ暮らし 夜はも 息づき明かし 年長く 病みしわたれば 月重ね 憂へさまよひ ことことは 死ななと思へど 五月蝿(さばへ)なす 騒く子どもを 打棄(うつ)てては 死には知らず 見つつあれば 心は燃えぬ かにかくに 思ひ煩ひ 音(ね)のみし泣かゆ
898
慰むる心はなしに雲隠り鳴き往く鳥の哭(ね)のみし泣かゆ
899
術(すべ)もなく苦しくあれば出(い)で走り去ななと思へど児等(こら)に障(さや)りぬ
900
富人(とみひと)の家の子どもの着る身なみ腐(くた)し捨つらむ絹綿(きぬわた)らはも
901
荒栲(あらたへ)の布衣(ぬのきぬ)をだに着せかてにかくや嘆かむ為(せ)むすべをなみ
902
水沫(みなわ)なすもろき命も栲縄(たくづな)の千尋(ちひろ)にもがと願ひ暮らしつ
903
しつたまき数にもあらぬ身にはあれど千年(ちとせ)にもがと思ほゆるかも

意味

〈897〉
 この世に生きている限りは、平穏で安らかにありたいのに、無事でありたいのに、世の中の憂鬱と辛さは、「とりわけ痛い傷に辛い塩をふりかける」という諺のように、「重い馬荷にいっそう上荷を積み重ねる」という諺のように、年老いてしまった我が身の上に、病気まで重なっているので、昼はずっと歎いて過ごし、夜はずっと溜息をついて明かし、そうやって長の年月病み続けてきたので、幾月も呻吟した挙句、いっそ死のうと思うけれども、騒ぎ回る子供たちを捨てて死ぬことはできず、その子たちを見つめていると、心は燃え立ってくる。あれこれと思い悩み、声を上げて泣くばかりだ。
〈898〉
 自分で自分を慰めることもできずに、雲に隠れながら鳴いていく鳥のように声をあげて鳴いている。
〈899〉
 どうしようもなく苦しいのでいっそ死んでしまおうかと思うが、子らのために妨げられて、それもできない。
〈900〉
 裕福な家の子供が着余して、腐らせて捨てる絹や綿の着物は、何とまあ。 
〈901〉
 粗末な布の着物すら、なかなか着せてやることができず、こうして嘆くのだろうか、どうする手立ても無くて。
〈902〉
 あぶくのように脆い命も、千尋の長さであってほしいと願いながら、一日一日を送っている。
〈903〉
 物の数にも入らない我が身ではあるけれども、やはり千年でも生きられるなら生きたいと思われるよ。

鑑賞

 山上憶良が筑前守の任を終えて帰京後の70歳を過ぎた頃の作で、「痾(おもきやまひ)に沈み自らを哀しむ文」と題された漢文に続き、「老身に病を重ね、年を経て辛苦(くる)しみ、また児等を思ふ歌」とある7首。末尾に、天平5年(733年)6月3日に作る、とあり、巻第5-978の歌がその後の歌として辞世の歌らしくありますが、日付のあるものとしては、これが憶良の最後の歌となっています。

 漢文では、生まれてこのかた身を修め善行を積み、毎日勤行し精神を敬拝してきたにも拘らず、十余年もの間この病苦に悩まねばならぬ不合理を訴え、自身の病状については、手足は動かず、関節はすべてうずき、身体はだるく重りを背負ったようだ、梁(はり)などから垂らした布紐にとりすがって立とうと思うが翼を傷めた鳥のようで、杖を頼りに歩こうとするが足悩む驢馬(ろば)のようだ、などと書かれています。また、五臓をえぐり割いて病原にどこまでも迫り、探り当て、撲滅を願う、とすさまじい気魄を見せている一方、結局、長寿短命は妖鬼のしわざなどというものではなく、あくまでその人の善・不善の因果の報いであり、わが病は自身の飲食の不摂生の業報による、だから自分で治せるようなものではない、と悲観しています。

 
897の「たまきはる」は「うち」の枕詞。「うちの限りは」の「うち」は「現(うつ)」の転音で、現実に生きている、すなわち命。「喪」は、凶事。「憂けく辛けく」は形容詞「憂し・辛し」の名詞形。「いとのきて痛き瘡には辛塩を注く」は、当時の諺。「注くちふ」の「ちふ」は、という。「ますますも重き馬荷に表荷打つ」も「いとのきて・・・」と類似の諺。「表荷」は、荷の上にさらに積む荷。「ことことは」は、同じことなら、いっそのこと。「死なな」の「な」は、願望。「五月蝿なす」は、五月の蠅のごとくで「騒く」の枕詞。「打棄てては」は、残したままでは、見捨てては。「死には知らず」の「知らず」は、知られずで、できない。「かにかくに」は、とやかくと、あれこれと。「泣かゆ」の「ゆ」は、自発の助動詞。

 
898の「雲隠り鳴き往く鳥の」は「哭のみし泣かゆ」を導く譬喩式序詞。899の「出で走り去なな」の「な」は、願望。「障りぬ」の「ぬ」は、完了。900の「着る身なみ」は、着物が多くて着る身がないので、の意。「腐し」は、腐らせて。「捨つらむ」は、捨てていることだろう。「はも」は、強い詠嘆で、眼前にないものをあげて、それが今欲しいと思う気持ちを表します。901の「荒栲」は、麻衣や藤衣などの縫い目の粗い布。「着せかてに」は、着せてやれなくて。「すべをなみ」は、どうしようもないので。902の「水沫なす」は「もろき」の枕詞。「栲縄の」は「千尋」の枕詞。「尋」は、男が両手を広げた長さ。「もが」は、願望。903の「しつたまき」は、安物のありふれた腕輪のことで「数にもあらぬ」の枕詞。「もが」は、願望。この歌には「去る神亀二年(725年)作る」との注が付いており、同類の歌なのでここに載せたとあります。

 これらの歌について
窪田空穂は、次のように評しています。「ここに言っていることは、老齢に加うるに病苦の甚しいものがあり、おなじことならば死にたいと思うが、弁別のつかない幼い児を見ると、死ぬことも出来ないという嘆きである。この嘆きは無知な庶民のこうした際の嘆きといささかの異なりもないものである。その学問をもって起用され、国守としての官に久しくあり、七十四の老齢に至っている憶良であるから、その最後に持った心境は、何らかの特色があるのではないかと想像されるが、その実は全く常凡なもので、それらしいものも持ってはいない。それにまたこの歌の詠風は、素朴で率直でその点では他に例のないものであって、おのずから一種の歌品をなしているのは、これが憶良の心の生地(きじ)であったろうと思わせる」
 


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