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万葉集の歌【目次】万葉集古典に親しむ

作者未詳歌(巻第12)~その3

巻第12-3061~3065

3061
暁(あかとき)の目覚(めさ)まし草(くさ)とこれをだに見つついまして我(わ)れと偲はせ
3062
忘れ草 垣(かき)もしみみに植ゑたれど醜(しこ)の醜草(しこくさ)なほ恋ひにけり
3063
浅茅原(あさぢはら)小野に標(しめ)結(ゆ)ふ空言(むなこと)も逢はむと聞こせ恋のなぐさに
3064
人(ひと)皆(みな)の笠に縫(ぬ)ふといふ有間菅(ありますげ)ありて後にも逢はむとぞ思ふ
3065
み吉野の秋津(あきづ)の小野に刈る草の思ひ乱れて寝(ぬ)る夜(よ)しぞ多き
  

【意味】
〈3061〉明け方のお目覚めに役立つ草として、こんな物でも覧になりながら、私を偲んでください。

〈3062〉憂いをを忘れさせるという忘れ草を垣根いっぱいに植えたけれど、何ともつまらない草で、やはり恋い続けるばかりではないか。

〈3063〉浅茅原の野に標を張るというような空しい嘘でもいいから、逢いたいと言って下さい。恋の慰めのために。

〈3064〉人々がみんな笠に編むという有間菅の名のように、あり長らえて後も、今のように逢いたいと思っている。

〈3065〉吉野の秋津の野で刈ったる草が乱れるように、思い乱れて独り寝る夜が多くなっている。

【説明】
 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。3061の「目覚まし草」は、目を覚まさせる材料の意。何の品であるかは分かりません。3062の「忘れ草」は、ヤブカンゾウのこと。初夏に八重咲きのユリのような花が咲きます。「忘れ草」と呼ばれるのは、この花を眺めていると世の中の嫌なことを忘れていられるという中国の故事によります。「しみみに」は、よく茂って。「醜の醜草」の「醜」は、醜いことで、罵る意。

 3063の上2句は「空言」を導く序詞。「浅茅」は、丈の低い茅。「標結ふ」は、自分の物であるしるしの標縄を張ること。「小野」の「小」は接頭語。「空言」は、嘘。巻第11-2466に類似の歌があります。3064の上3句は「あり」を導く序詞。「有馬菅」の「有馬」は、摂津国の有馬(神戸市北区・三田市)あたりで、当時は菅の産地として有名でした。「ありて」は、過ごして。3065の上3句は「乱れ」を導く序詞。「み吉野」の「み」は接頭語。「秋津の小野」は、吉野の宮滝一帯。

巻第12-3066~3069

3066
妹(いも)待つと御笠(みかさ)の山の山菅(やますげ)の止まずや恋ひむ命(いのち)死なずは
3067
谷(たに)狭(せば)み嶺辺(みねへ)に延(は)へる玉葛(たまかづら)延(は)へてしあらば年に来ずとも [一云 岩つなの延へてしあらば]
3068
水茎(みづくき)の岡の葛葉(くずは)を吹きかへし面(おも)知る子らが見えぬころかも
3069
赤駒(あかごま)のい行きはばかる真葛原(まくずはら)何の伝(つ)て言(こと)直(ただ)にしよけむ
  

【意味】
〈3066〉あの子のことを思って、止むことなく恋い続けるだろう、生きている限りは。

〈3067〉谷が狭くて峰に向かって伸びる玉葛のように、仲が絶えずに続くなら、一年にわたってお見えにならなくとも。(岩つなのように仲を続けるなら)

〈3068〉岡の葛葉が吹き返されて裏が白く見えるように、はっきりと顔を見知っているあの子が見えないこの頃だよ。

〈3069〉赤駒でさえ行くのをはばかる真葛原ではあるまいに、どうしてわざわざ伝言にするのか。直接に来て言えばよいのに。

【説明】
 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。3066の「妹待つと」は「御笠」の枕詞。上3句は「やまず」を導く序詞。3067の上3句は「延へて」を導く序詞。「玉葛」の「玉」は美称。3068の「水茎の」は「岡」の枕詞。上3句は「面知る」を導く序詞。3069の上3句は「何の伝て言」を導く序詞。「真葛原」の「真」は接頭語で、葛の生えている原。馬が歩き悩むほどに葛が茂っている原のように、人を介した伝言ではまわりくどくてじれったい、直に言ってほしいと諭している歌です。

巻第12-3070~3073

3070
木綿畳(ゆふたたみ)田上山(たなかみやま)のさな葛(かづら)ありさりてしも今ならずとも
3071
丹波道(たにはぢ)の大江の山の真玉葛(またまづら)絶えむの心我が思はなくに
3072
大崎の荒礒(ありそ)の渡り延(は)ふ葛(くず)のゆくへもなくや恋ひわたりなむ
3073
木綿包(ゆふづつ)み[一云 畳(たたみ)]白月山(しらつきやま)のさな葛(かづら)後(のち)もかならず逢はむとそ思ふ
  

【意味】
〈3070〉田上山のさね葛が延び続けるように、このまま無事に生き延びていつかきっと逢いたい。今でなくとも。

〈3071〉丹波へ行く道にある大江山に玉葛が生えている。その玉葛が絶えないように、あなたとの縁が絶えるなどとは私は思っていません。

〈3072〉大崎の荒磯の渡し場で延びている葛のように、どこへ行くべきかも分からずに恋し続けることか。

〈3073〉白月山のさね葛の、分かれて延びる蔓がその先でまた絡まり合うように、必ず再び逢いたいと私は思っています。

【説明】
 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。3070の「木綿畳」は「田上山」の枕詞。「田上山」は大津市南部の山。上3句は「ありさりて」を導く序詞。「さな葛」はサネカズラで、別名ビナンカズラ。ビナンは「美男」のことで、昔はこの植物から採れる粘液を男性の整髪料として利用していました。3071の「大江山」は、山城から丹波へ越える途中にある山。「真玉葛」の「真」は美称。つる性の植物であり、そのつるが容易には切れないため、「絶えむ」の枕詞になっています。

 3072の「大崎」は、和歌山市の加太の岬。葛のつるがどの方向に、どこまで伸びていくのか分からないさまを、自分の恋に譬えています。葛は秋の七草の一つで、根から良質の澱粉(くず粉)がとれます。3073の「木綿包」は「白月山(所在未詳)」の枕詞。上3句は「後も逢ふ」を導く序詞。

巻第12-3074~3077

3074
はねず色のうつろひやすき心あれば年をぞ来経(きふ)る言(こと)は絶えずて
3075
かくしてぞ人は死ぬといふ藤波(ふぢなみ)のただ一目のみ見し人ゆゑに
3076
住吉(すみのえ)の敷津(しきつ)の浦(うら)のなのりその名は告(の)りてしを逢はなくも怪(あや)し
3077
みさご居(ゐ)る荒礒(ありそ)に生(お)ふるなのりそのよし名は告(の)らじ親は知るとも
   

【意味】
〈3074〉はねずの花の色のように移り気な心をお持ちなので、お逢いできないまま年月が経ってしましました。言伝てだけは絶やさずに。

〈3075〉こうして人は死ぬというのですね。藤の花のような、ただ一度だけ見たあの人に恋をして。

〈3076〉住吉の敷津の浦のなのりそではないが、名のってはいけない大切な名をお教えしたのに、逢ってくださらないのは変だ。

〈3077〉みさごが棲む荒礒に生えるなのりそのように、決してあなたの名は申しません、たとえ二人の仲を親に知られても。

【説明】
 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。3074の「はねず色の」は「うつろひやすき」の枕詞。「はねず」は、バラ科の庭梅ではないかといわれ、花色は、黄色がかった薄い赤色。男の見目好さをも暗示しているとみえます。3075について、当時、藤は春日野に野木として咲いていました。「藤波の」は「一目見し人」の枕詞。3076の「住吉」は、大阪市住吉区。「敷津の浦」は、住吉大社の南西にあった海岸。「なのりそ」は、ホンダワラの古名。「な告りそ」と通じるので、『万葉集』の歌には好んで詠まれています。親から告げるなといわれている秘密の名という意味が含まれています。3077の「みさご」は、魚を獲る猛禽類。上3句は「名は告らじ」を導く序詞。

巻第12-3078~3081

3078
波の共(むた)靡(なび)く玉藻(たまも)の片思(かたもひ)に我(あ)が思ふ人の言(こと)の繁(しげ)けく
3079
わたつみの沖つ玉藻(たまも)の靡(なび)き寝む早(はや)来(き)ませ君待たば苦しも
3080
わたつみの沖に生(お)ひたる縄海苔(なはのり)の名はかつて告(の)らじ恋ひは死ぬとも
3081
玉の緒(を)を片緒(かたを)に縒(よ)りて緒(を)を弱み乱るる時に恋ひずあらめやも
 

【意味】
〈3078〉波の寄るがままに靡いて片寄っている藻のように、片思いに私が思っている人の、ほかの人との噂が激しくて。
 
〈3079〉大海原の沖でくねり靡く玉藻のように、あなたに寄り添って寝たい。早くいらっしゃって下さい、待っているのは辛くてなりません。
 
〈3080〉大海原の沖に生えている縄海苔のように、あなたの名を決してもらしません。たとえ恋に思い乱れて死ぬようなことがあっても。

〈3081〉玉の緒を片糸で縒ると弱いので切れて乱れるように、二人の仲が乱れている時だからといって、恋い焦れずにいられない。

【説明】
 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。3078の上2句は「片思」を導く序詞。「共」は、とともに。「玉藻」の「玉」は美称。3079の上2句は「靡き」を導く序詞。「わたつみ」は「海の神」の意ですが、ここでは「海」。3080の上3句は「名は告らじ」を導く序詞。「縄海苔」は未詳ながら、細長く縄のような海藻か。3081の「玉の緒」は、玉を貫き通す紐。「片緒」は、ただ一筋の糸。

巻第12-3082~3085

3082
君に逢はず久しくなりぬ玉の緒(を)の長き命の惜(を)しけくもなし
3083
恋ふること増(ま)される今は玉の緒の絶えて乱れて死ぬべく思ほゆ
3084
海人娘子(あまをとめ)潜(かづ)き採(と)るといふ忘れ貝 世にも忘れじ妹(いも)が姿は
3085
朝影(あさかげ)に我(あ)が身はなりぬ玉かぎるほのかに見えて去(い)にし子ゆゑに
 

【意味】
〈3082〉あなたに逢えず、ずいぶん久しくなりました。このように切ない思いをするのなら、先の長い命であろうとも少しも惜しいと思いません。
 
〈3083〉恋い焦がれて苦しさがつのる今はもう、玉の緒が切れて玉が乱れ飛ぶように、死んでしまいそうです。
 
〈3084〉海女が海に潜って採るという忘れ貝。その忘れ貝のようには、決してあの子の姿を忘れたりしない。

〈3085〉朝日に映る影のように、私はやせ細ってしまった。玉がほのかにきらめくように、ほんの少し姿を見せて立ち去ってしまったあの子のために。

【説明】
 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。3082の「玉の緒の」は玉を貫き通す紐のことで、「長き」の枕詞。3084の上3句は「忘れじ」を導く序詞。3085の「朝影」は朝日に照らされて映る細長い影。「玉かぎる」は「ほのかに」の枕詞。これと全く同じ歌が巻第11にもあります(2394)。

巻第12-3086~3090

3086
なかなかに人とあらずは桑子(くはこ)にもならましものを玉の緒(を)ばかり
3087
ま菅(すげ)よし宗我(そが)の川原(かはら)に鳴く千鳥(ちどり)間(ま)なし我(わ)が背子(せこ)我(あ)が恋ふらくは
3088
恋衣(こひごろも)着奈良(きなら)の山に鳴く鳥の間(ま)なく時なし我(あ)が恋ふらくは
3089
遠(とほ)つ人(ひと)猟道(かりぢ)の池に住む鳥の立ちても居(ゐ)ても君をしぞ思ふ
3090
葦辺(あしへ)行く鴨(かも)の羽音(はおと)の音のみに聞きつつもとな恋ひわたるかも
 

【意味】
〈3086〉なまじっか人ではなく、蚕(かいこ)にでもなったほうがいい。わずかばかりの命だとしても。

〈3087〉宗我の川原に鳴く千鳥の声のように、のべつまくなしです、あなた、私の恋心は。
 
〈3088〉恋の衣を着慣らすという奈良山で鳴く鳥の声が絶え間ないように、途切れる時がありません、私の恋は。

〈3089〉遠くにいる人、雁という名の猟道の池に住んでいる水鳥のように、立っても座っても、絶えずあなたを思っています。

〈3090〉芦辺を行く鴨の羽音のように、ほのかに噂を聞くばかりで、逢えないあなたをわけもなく恋い続けています。

【説明】
 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。3086の「なかなかに」は、なまじっか。「桑子」は桑を食う子、つまり蚕。「玉の緒ばかり」の「玉の緒」は玉を貫き通す紐のことで、蚕の命の短さを喩えています。3087の上3句は「間なし」を導く序詞。「ま菅よし」は「宗我」の枕詞。「宗我の川原」は、御所市を発して大和川に合流する曾我川。
 
 3088の「着」までは掛詞によって「奈良」を、上3句は「間なく時なし」を導く序詞。「恋衣」はここにのみある語で、恋を常に身から離れぬ着物に喩えています。3089の「遠つ人」は遠くから来る雁を人に見立てた語で、「猟道」の枕詞。「猟道の池」は所在未詳。上3句は「立つ」を導く序詞。3090の上2句は「音」を導く序詞。「音」は噂。

巻第12-3091~3095

3091
鴨(かも)すらもおのが妻どちあさりして後(おく)るる間(あひだ)に恋ふといふものを
3092
白真弓(しらまゆみ)斐太(ひだ)の細江(ほそえ)の菅鳥(すがどり)の妹(いも)に恋ふれか寐(い)を寝(ね)かねつる
3093
小竹(しの)の上(うへ)に来居(きゐ)て鳴く鳥(とり)目を安(やす)み人妻ゆゑに我(あ)れ恋ひにけり
3094
物思(ものも)ふと寐(い)ねず起きたる朝明(あさけ)にはわびて鳴くなり庭つ鳥(とり)さへ
3095
朝烏(あさがらす)早くな鳴きそわが背子(せこ)が朝明(あさけ)の姿見れば悲しも
 

【意味】
〈3091〉鴨でさえも、連れ合い同士で餌をあさっているうちに、片方が少しでも遅れると恋しがるというのに。

〈3092〉斐太の細江に棲む菅鳥が妻を求めて鳴くように、あの子に恋い焦がれているからか、なかなか寝つけない。

〈3093〉篠の上に来て鳴く鳥のように、見た目が安らかなので、人妻だと分かっているのに恋してしまったことだ。

〈3094〉物思いをして寝られず起きた夜明けには、庭の鳥さえわびしく鳴いている。
 
〈3095〉朝の烏よ、そんなに早くから鳴かないでおくれ。いとしいあのお方が朝帰りする姿を見るのが悲しいから。

【説明】
 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。3091は、夫から冷たくされている妻が、夫婦で一緒に餌をあさっている鴨を見て、鴨は、連れ合いが少し離れただけでも恋しがるというのに、自分はその雌鳥にも及ばない、と嘆いている歌、あるいは、官人である夫が、地方官に任ぜられて、単身任地へ行った後の心をうたったものかもしれません。「妻どち」の「どち」は、妻と一緒に。「あさり」は餌を探し求めること。

 3092の「白真弓」は「斐太」の枕詞。「斐太の細江」は、所在未詳。上3句は「恋ふ」を導く序詞。「菅鳥」は未詳。「寐を寝かねつる」は、熟睡できない。3093の上2句は「目を安み」を導く序詞。「目を安み」は、見た目が安らかなので。「ゆゑに」は、なのに。3094の「朝明」は、早朝。3095の「な鳴きそ」の「な~そ」は禁止。

巻第12-3096~3100

3096
馬柵(うませ)越しに麦(むぎ)食(は)む駒(こま)の罵(の)らゆれど猶(なほ)し恋しく思ひかねつも
3097
さ桧隈(ひのくま)桧隈川(ひのくまかは)に馬(うま)留(とど)め馬に水(みづ)飼(か)へ我(わ)れ外(よそ)に見む
3098
おのれ故(ゆゑ)罵(の)らえて居(を)れば青馬(あおうま)の面高(おもたか)夫駄(ぶだ)に乗りて来(く)べしや
3099
紫草(むらさき)を草と別(わ)く別(わ)く伏(ふ)す鹿(しか)の野は異(こと)にして心は同じ
3100
思はぬを思ふと言はば真鳥(まとり)住む雲梯(うなて)の社(もり)の神(かみ)し知らさむ
  

【意味】
〈3096〉柵越しに麦を食べる馬が怒鳴り散らされるように、どんなに罵られても、なおいっそう恋しくてならない。

〈3097〉桧隈を流れる桧隈川のほとりに馬をとめて、馬に水をお与え下さい。私はよそながらあなたのお姿を眺めましょう。
 
〈3098〉あんたのせいで叱られている折も折、人目につく白い面長の馬に乗って、よくも堂々と訪ねて来れますね。
 
〈3099〉紫草を他の草と区別してそこに寝る鹿のように、私たちは住む所こそは違うけれども、その心持ちは同じだ。

〈3100〉思ってもいないのに思っているなどと言うのなら、恐ろしい鷲の棲む雲梯の杜の神さまが成敗なさることだろう。

【説明】
 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」。3096の上2句は、馬に乗る意から「罵らゆ」を導く序詞。「罵る」は、ののしる、悪口を言う。「思ひかねつ」は。思うまいとしても、そのようにはできない。関係を結んだ男が親から気にいられずに、逢うのを妨げられる歌は多くありますが、これは関係を絶てと激しく罵られているものです。

 3097の「さ桧隈」の「さ」は接頭語で、「桧隈川」の位置を示すとともに、重ねて語調を整える修辞。「桧隈」は、奈良県明日香村檜前。「桧隈川」は、奈良県高市郡を通って曾我川に合流する川。「飼へ」は、食餌を与える意の語。「外に見む」は、よそながら君を見よう。村に住む女性が、思いを寄せる男または通りすがりの旅人に声をかけた歌、または、朝の別れに名残りを惜しんで、しばらくでも長く夫を見ようとしていっている歌とされます。なお、『古今集』にある「ささのくま檜の隈川に駒とめてしばし水かへ影をだに見む」は、この歌が流伝されたものとされます。
 
 3098は、男との交際を保護者から叱責されている最中に、タイミング悪く男がやって来た。それも人目につく白い馬で堂々と。ふつう恋人のもとへそっと訪れる男は黒や栗毛の馬に乗るのに、なんという無神経さ。女の男に対する怒りはすさまじく、相手を「君」とか「わが背子」と言わずに「おのれ」と言っています。「面高」は、面長の意味とするほか、顔がごつごつしている、あるいは顔を高く上げたさまとする説があり、「夫駄」は、夫役に使う荷馬のことで、ののしっていうときに使われる言葉のようです。

 なお左注には「この一首は、平群文屋朝臣益人が伝えて云わく、昔、紀皇女(天武天皇の皇女)がひそかに高安王と通じて叱られているときに、この歌を作ったと聞いている。ただし、高安王は左遷されて伊予の国守に任ぜられた」旨の記載があります。しかし、高安王は紀皇女より時代が新しく、二人を結びつけるのは年代的に無理があるため、多紀皇女(たきのひめみこ)ではないかとする見方があります。紀皇女は天武帝の皇女で、弓削皇子から恋歌を贈られる(巻第2-119~122)など、艶聞の多い女性であったことから、そうした記憶がいつしかこの歌と結びつき、紀皇女に比定されてしまったのかもしれません。
 
 3099の「紫草」はムラサキ科の多年草草木で、根を乾かして染料をとるために重用され、全国で栽培されていました。上3句は「野を異にして」を導く序詞。「野」は、住まい。なお、この歌が何を比喩しているのか、また結句である「心は同じ」の、何の心と何の心が同じなのかの意味が分からないため、さまざまな解釈がなされています。中には、この歌の前後の歌がいずれも相手を非難する「憤り」の気持ちを詠んでいることから、この歌も同じような気持ちが込められているとして、「大切な紫草ばかりをかき分けて寝そべっている鹿に憤るのと同じで、私も紫草の栽培主の気持ちと同じように、あなたに憤っている」のように解するものもあります。
 
 3100の「真鳥」の「真」は美称で、鳥の代表である鷲、鷹などとされます。「雲梯の杜」は、橿原市雲梯町、大和三山の一つ雲梯山の西北約900mに鎮座する河俣神社。壬申の乱のときに大海人皇子を守護する託宣をした神として知られています。「神し知らさむ」の「知らす」は統治なさる、お治めになる意で、ここは、神が処理なさろう。

巻第12-3101~3102

3101
紫(むらさき)は灰(はひ)さすものぞ海石榴市(つばきち)の八十(やそ)の衢(ちまた)に逢へる子や誰(た)れ
3102
たらちねの母が呼ぶ名を申(まを)さめど道行く人を誰(た)れと知りてか
   

【意味】
〈3101〉紫は灰をさして作るもの、その灰を作る椿にちなむ海石榴市の、道が八方に分かれている広場で出逢ったあなたは、どこのどなたですか。
 
〈3102〉母が呼ぶ私の名を申し上げてもいいのですが、行きずりの誰とも分からないあなたのことを、どなたと知った上で申しましょうか。

【説明】
 問答歌(問いかけの歌と、それに答える歌によって構成される唱和形式の歌)。3101は女性に名を尋ねる男の求婚の歌、3102はそれに返した女の歌。3101の上2句は「海石榴市」を導く序詞。「紫は灰さすものぞ」は、紫染めには美しく発色させるための媒染剤として椿の灰汁(あく)を入れることを歌ったもので、女を「紫」に、自分を「灰」に譬え、「紫色は灰汁をさして美しい色になるものだ。女だって男とふれてそうなるのだから、あなたも私と付き合えよ」と誘っています。「海石榴市」は、奈良県桜井市金屋の三輪山の山麓にあった市(いち)で、歌垣の場所としても知られています。ここの歌は、その折の恋の掛け合い、あるいは、謡い物として、古くから伝わった歌かもしれません。「八十の衢」は、道が四方八方に分かれている所。「逢へる子や誰」と名を訊ねるのは求婚を意味しました。

 3102の「たらちねの」は「母」の枕詞。「母が呼ぶ名」は、母が呼ぶ本名のことで、本名を明かすことは求婚を受け入れることを意味しました。「申さめど」は、申してもよいが。「道行く人」は、行きずりの人。「誰れと知りてか」は、下に「申さむ」が略されており、どなたと知って私の名を申しましょうか。相手が自分の名を名乗らずいきなり問うてきたのに対し不審げに問い返しており、気をもたせながら求婚を一応はねつける歌となっています。
 
 男の、貴い紫色も灰を混ぜて一体とすることで初めて成り立つものだという口説き文句について、詩人の大岡信は、「(紫と灰の)両者の混合、すなわち性交を暗示しているととれる。この歌には性的なほのめかしがあると考えていいだろう。少なくともこの歌のエロティシズムは、そこから来ている」と言っています。

巻第12-3103~3104

3103
逢はなくは然(しか)もありなむ玉梓(たまづさ)の使(つかひ)をだにも待ちやかねてむ
3104
逢はむとは千度(ちたび)思へどあり通(がよ)ふ人目(ひとめ)を多み恋つつぞ居(を)る
   

【意味】
〈3103〉逢えないことがあるのは仕方ないでしょう。だけど、お便りを運ぶ使いさえも待ちわびなければならないのでしょうか。
 
〈3104〉逢いたいとは何度も思っていますが、ひっきりなしに往き来する人の目が多いので、ただ恋いつついることです。

【説明】
 問答歌。3103は、男の疎遠を恨んだ女の歌、3104はそれに返した男の歌。3103の「然もありなむ」は、それも仕方がない。「玉梓の」は「使」の枕詞。3104の「あり通ふ」は、続いて往き来している。「人目を多み」は、人目が多いので。

巻第12-3105~3106

3105
人目(ひとめ)多み直(ただ)に逢はずてけだしくも我(あ)が恋ひ死なば誰(た)が名ならむも
3106
相(あひ)見まく欲しきがためは君よりも我(わ)れぞまさりていふかしみする
   

【意味】
〈3105〉人目が多いからといってじかに逢ってくれないで、もしも私が恋死にでもしたら、いったい誰の評判になるだろうか、だれでもない、あなたの評判になるだろうよ。
 
〈3106〉お逢いしたいと願う気持ちは、あなたより私の方がまさっているのに、どうしておいでにならないのか、変に思っています。

【説明】
 問答歌。3105は、逢いに行きたいのに逢えないのは、あなたのせいだと威嚇するふりをして言い訳する男の歌。「けだしくも」は、もしかして、万一。「誰が名ならむも」は、誰の評判になろうか、誰でもないあなたの評判になろう。3106は、それはおかしいと女がやり返した歌。「見まく」は「見む」の名詞形で、逢いたいと思っていること。「いふかし」は、心が晴れない、不審に思う。

巻第12-3107~3108

3107
うつせみの人目(ひとめ)を繁(しげ)み逢はずして年の経(へ)ぬれば生けりともなし
3108
うつせみの人目(ひとめ)繁(しげ)くはぬばたまの夜(よる)の夢(いめ)にを継(つ)ぎて見えこそ
   

【意味】
〈3107〉世間の人の目が激しいので、逢えないまま年が過ぎてしまい、苦しくて生きている心地もしない。
 
〈3108〉世間の人の目が激しくて逢えないというのなら、せめて毎夜の夢に姿を見せてください。

【説明】
 問答歌。3107は男の歌、3108はそれに返した女の歌。3107の「うつせみの」は「人」の枕詞。3108の「継ぎて」は、続いて。「こそ」は願望の助詞。

巻第12-3109~3110

3109
ねもころに思ふ我妹(わぎも)を人言(ひとごと)の繁き(しげ)によりて淀(よど)むころかも
3110
人言の繁くしあらば君も我(あ)れも絶えむと言ひて逢(あ)ひしものかも
 

【意味】
〈3109〉心からねんごろに思うあなたなのに、何しろ世間の噂が激しいものだから、逢いに行くのを躊躇しています。

〈3110〉世間の口がうるさくなったら、あなたと私の仲はこれっきりにしようなどと言って逢っていたのでしたっけ。

【説明】
 問答歌。3109は男の歌、3110はそれに返した女の歌。「ねもころに」は、心を尽くして、心の底からの意。「人言」は、世間の噂。

巻第12-3111~3112

3111
すべもなき片恋(かたこひ)をすとこのころに我(あ)が死ぬべきは夢(いめ)に見えきや
3112
夢(いめ)に見て衣(ころも)を取り着(き)装(よそ)ふ間(ま)に妹(いも)が使ひそ先立ちにける
 

【意味】
〈3111〉どうにもならない片恋の苦しさに悩んで、今日にも明日にも死んでしまいそうな私の姿は、あなたの夢に見えたでしょうか。

〈3112〉あなたの姿を夢に見て、すぐに着物を着て出かける身仕度をしていたら、あなたの言葉を伝える使いの方が先に来てしまいました。

【説明】
 問答歌。3111は女の歌、3112はそれに返した男の歌。3111の「すべもなき」は、どうしようもない。3112の「装ふ」は、準備する、身支度する。「先立ちにける」は、先になった。疎遠にしている男に女が鋭く迫ったのに対し、男がおとなしく降参している歌です。

 詩人の大岡信は、この2首は、多分に一人の人物(男性知識人)による創作めいていて、文学的な遊びの雰囲気があるように感じられると言っています。そういう目で見てみれば、「問答歌」全体にそのような雰囲気がある、とも。

巻第12-3113~3114

3113
ありありて後(のち)も逢はむと言(こと)のみを堅(かた)く言ひつつ逢ふとはなしに
3114
極(きは)まりて我(わ)れも逢はむと思へども人の言(こと)こそ繁(しげ)き君にあれ
   

【意味】
〈3113〉ずっとこのままの気持ちでいて、後に逢おうと堅く約束しながら、一向に逢ってくれませんね。
 
〈3114〉この上なく私もお逢いしたいと思っているのですが、世間の噂が多いあなたですから。

【説明】
 問答歌。3113は男の歌、3114はそれに返した女の歌。「ありありて」は、変わらぬ気持ちを持ち続けて。生き続けて。「言ひつつ」の「つつ」は、逆接の接続助詞。ながらも、にもかかわらず。3114の「極まりて」は、甚だ、この上なく。女の恨みに対して、男が恨み返した歌です。

巻第12-3115~3116

3115
息の緒(を)に我(あ)が息づきし妹(いも)すらを人妻なりと聞けば悲しも
3116
我(わ)が故(ゆゑ)にいたくなわびそ後(のち)つひに逢はじと言ひしこともあらなくに
 

【意味】
〈3115〉命のかぎり恋い焦がれて苦しく溜め息ついていたあなたなのに、人妻であったと聞くと、たまらなく悲しい。

〈3116〉私のためにそんなに嘆かないでください。これからずっと逢わないつもりだと言った覚えはありませんのに。

【説明】
 問答歌。3115は男の歌、3116はそれに返した女の歌。3115の「息の緒に」は、命のかぎりに、命懸けで。「息づく」は、苦しそうにため息をつく。3116の「なわびそ」の「な~そ」は、禁止。「こともあらなくに」は、そのように言ったことなどありませんのに。女はそれまで人妻ということはいわず、男の求婚に対して生返事ばかりしていたのでしょう。人妻と分かってもなお、この男に気をもたせています。

巻第12-3117~3118

3117
門(かど)立てて戸も閉(さ)したるを何処(いづく)ゆか妹(いも)が入(い)り来て夢(いめ)に見えつる
3118
門(かど)立てて戸は閉(さ)したれど盗人(ぬすびと)の穿(ほ)れる穴より入(い)りて見えけむ
   

【意味】
〈3117〉門を閉じて戸も閉めておいたのに、どこを通って彼女は入ってきて、夢に現れたのだろう。
 
〈3118〉門を閉じて戸も閉めてあったけれど、盗人があけた穴から入って行って、あなたの夢に見えたのでしょう。

【説明】
 問答歌。3117は男の歌、3118はそれに返した女の歌。女の夢を見た男が、翌日に戯れて女に贈ったのに対し、女も戯れに答えています。夢に見えるのは、その相手がこちらを思っているからという俗信を踏まえています。「門立てて」は、門を閉ざして。「戸も閉したるを」は、戸も閉ざしてあるのに。

 こうした滑稽趣味横溢の歌をはじめとする問答歌のかなりの部分は、男性知識人による、遊戯的側面を伴った創作であった可能性が高いと、詩人の大岡信は言っています。「問答」という形式に着目することそのものが、きわめて創作的な心の動きを示していると言ってよい、と。

巻第12-3119~3120

3119
明日(あす)よりは恋ひつつ行かむ今夜(こよひ)だに早く宵(よひ)より紐(ひも)解け我妹(わぎも)
3120
今さらに寝(ね)めや我(わ)が背子(せこ)新夜(あらたよ)の一夜(ひとよ)もおちず夢(いめ)に見えこそ
  

【意味】
〈3119〉明日からは、お前を恋いつつ旅行くことになるだろう。せめて今夜くらいは宵のうちから早く紐を解け、妻よ。

〈3120〉今さら早く寝たって仕方ないでしょう。あなた、そんなことより明日からの毎晩毎晩、一夜も欠かさず夢に現れて下さいな。

【説明】
 問答歌。3119は、旅立ち前夜の男の歌。3120はそれに返した女の歌。男が興奮しているのに対し、女は反対に思いを深め、今夜限りなのに、今さら宵から寝ても同じこと、それより別れてから浮気をしないように、と言っています。「新夜」は、新しく来る夜。

巻第12-3121~3122

3121
我(わ)が背子(せこ)が使(つかひ)を待つと笠(かさ)も着ず出でつつぞ見し雨の降らくに
3122
心なき雨にもあるか人目(ひとめ)守り乏(とも)しき妹(いも)に今日(けふ)だに逢はむを
  

【意味】
〈3121〉あなたからの使いが待ち遠しくて、笠もつけないで幾度も門に出て見ました。雨が降りしきるというのに。

〈3122〉何と無情な雨であることか。いつもは人目を憚ってなかなか逢ってくれないあなたに、今日こそは逢おうと思ったのに。

【説明】
 問答歌。3121は女の歌、3122はそれに返した男の歌。3121の「降らく」は「降る」に「く」が付いて名詞形になったもの。この歌は巻第11-2681の重出歌です。3122の「雨にもあるか」の「か」は、詠嘆。「人目守り」は、人目を憚る意。「乏しき」は、心を惹かれる意。「今日だに」の「だに」は、最小限の願望を示す語。雨に妨げられて外出できない嘆きをうたっており、雨には天の強い呪力が宿っているとされ、雨に濡れることは禁忌とされました。そのため、男女の恋愛生活においても、雨の降る夜に男が女の許を訪れることは基本的に避けられていました。

 ただ、この問答歌は、女の歌では人目を憚る必要のないふつうの夫婦関係のように見えるのに、男の歌は「人目守り乏しき妹」とあって状況が異なっています。関係のない別々の歌を組み合わせたものではないかと見られます。

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作者未詳歌

『万葉集』に収められている歌の半数弱は作者未詳歌で、未詳と明記してあるもの、未詳とも書かれず歌のみ載っているものが2100首余りに及び、とくに多いのが巻7・巻10~14です。なぜこれほど多数の作者未詳歌が必要だったかについて、奈良時代の人々が歌を作るときの参考にする資料としたとする説があります。そのため類歌が多いのだといいます。
 
7世紀半ばに宮廷社会に誕生した和歌は、7世紀末に藤原京、8世紀初頭の平城京と、大規模な都が造営され、さらに国家機構が整備されるのに伴って、中・下級官人たちの間に広まっていきました。「作者未詳歌」といわれている作者名を欠く歌は、その大半がそうした階層の人たちの歌とみることができ、東歌と防人歌を除いて方言の歌がほとんどないことから、機内圏のものであることがわかります。

旧国名比較

【南海道】
紀伊(和歌山・三重)
淡路(兵庫)
阿波(徳島)
讃岐(香川)
土佐(高知)
伊予(愛媛)
 
【西海道】
豊前(福岡・大分)
豊後(大分)
日向(宮崎)
筑前(福岡)
筑後(福岡)
肥前(佐賀・長崎)
肥後(熊本)
薩摩(鹿児島)
大隅(鹿児島)
壱岐(長崎)
対馬(長崎)
 
【山陰道】
丹波(京都・兵庫)
丹後(京都)
但馬(兵庫)
因幡(鳥取)
伯耆(鳥取)
出雲(島根)
隠岐(島根)
石見(島根)
 
【機内】
山城(京都)
大和(奈良)
河内(大阪)
和泉(大阪)
摂津(大阪・兵庫)
 
【東海道】
伊賀(三重)
伊勢(三重)
志摩(三重)
尾張(愛知)
三河(愛知)
遠江(静岡)
駿河(静岡)
伊豆(静岡・東京)
甲斐(山梨)
相模(神奈川)
武蔵(埼玉・東京・神奈川)
安房(千葉)
上総(千葉)
下総(千葉・茨城・埼玉・東京)
常陸(茨城)
 
【北陸道】
若狭(福井)
越前(福井)
加賀(石川)
能登(石川)
越中(富山)
越後(新潟)
佐渡(新潟)
 
【東山道】
近江(滋賀)
美濃(岐阜)
飛騨(岐阜)
信濃(長野)
上野(群馬)
下野(栃木)
岩代(福島)
磐城(福島・宮城)
陸前(宮城・岩手)
陸中(岩手)
羽前(山形)
羽後(秋田・山形)
陸奥(青森・秋田・岩手)

各巻の概要

【巻第一】
 雄略天皇の時代から寧楽(なら)の宮の時代までの歌。雑歌のみで、万葉集形成の原核となったものが中心。天皇の御代の順に従って配列されている。
 
【巻第二】
 仁徳天皇の時代から元正天皇の時代までの相聞・挽歌。巻第一と揃いの巻と考えられ、巻第一と同様に部立てごとに天皇の御代に従って歌が配列されている。このため勅撰ではないかとする説もある。
 
【巻第三】
 巻第四とともに、巻一・ニを継ぐ意図で構成されている。拾遺の歌と天平の歌を収め、雑歌・譬喩歌(ひゆか)・挽歌の三つの部立となっている。
 
【巻第四】
 巻第三とともに、巻一・ニを継ぐ意図で構成されている。天平以前の古い歌をまず掲げ、次いで天平の歌を配列している。私的な歌である相聞歌のみで、天平に入ってからは大伴氏関係の歌が中心となっている。
 
【巻第五】
 巻第六とともに主に天平の歌を収める雑歌集。とくに大伴旅人と山上憶良の、九州の大宰府在任時代の作を中心として集めた特異な巻になっている。
 
【巻第六】
 巻第五とともに主に天平の歌を収める雑歌集。巻第五が大伴旅人と山上憶良の大宰府在任時代の作を中心として集めた巻であるのに対し、巻第六は奈良宮廷をおもな舞台として詠まれた歌が中心となっている。
 
【巻第七】
 雑歌・譬喩歌(ひゆか)・挽歌の三つの部立となっている。おおむね持統朝から聖武朝ごろの歌ながら、柿本人麻呂歌集や古歌集から収録した歌を含んでいるため、作者名や作歌事情等が不明なものが多くなっている。
 
【巻第八】
 四季に分類された雑歌と相聞歌。舒明朝~天平十六年までの歌で、作者群は巻第四とほぼ同じ。
 
【巻第九】
 おもに『柿本人麻呂歌集』、『高橋虫麻呂歌集』や『古歌集』などから収録され、雄略天皇の時代から天平年間までのもの。雑歌・相聞歌・挽歌の三部立て。
 
【巻第十】
 巻第八と同様の構成、すなわち、四季に分類した歌をそれぞれ雑歌と相聞に分けている。作者や作歌年代は不明で、もとは民謡だったと思われる歌や柿本人麻呂歌集から採られた歌もある。
 
【巻第十一】
 『万葉集』目録に「古今相聞往来歌類の上」とあり、巻第十二と姉妹編をなしている。柿本人麻呂歌集や古歌集から採られた歌が多く、もとは民謡だったと思われる歌が大部分で、作者・作歌年代も不明。
 
【巻第十ニ】
 「古今相聞往来歌類の下」の巻で、巻第十二と姉妹編をなしている。柿本人麻呂歌集から採られた歌も多く、民謡的色彩が強く、作者・作歌年代も不明。
 
【巻第十三】
 作者および作歌年代の不明な長歌と反歌を集めたもので、部立は雑歌・相聞・問答歌・譬喩歌(ひゆか)・挽歌の五つからなっている。
 
【巻第十四】
 主として東国諸国で詠まれた作者不明の歌を集めている。国名の明らかなものと不明なものに大別し、更にそれぞれを部立ごとに分類しているが、整然とは統一されていない。
 
【巻第十五】
 物語性を帯びた二つの歌群からなる。前半は遣新羅使らの歌、後半は中臣宅守と狭野弟上娘子との相聞贈答の歌が収められている。天平八年から十二年ごろまでの作歌。
 
【巻第十六】
 巻第十五までの分類に収めきれなかった歌を集めた付録的な巻。伝説的な歌やこっけいな歌などを集めている。
 
【巻第十七~二十】
 巻第十七~二十は、大伴家持の歌日誌というべきもので、家持の歌を中心に、その他の関係ある歌もあわせて収めている。巻第十七には、天平2年から20年までの歌を、巻第十八には天平20年から天平勝宝2年まで、巻第十九には天平勝宝2年から5年まで、巻第二十には同5年から天平宝字3年までの歌を収めている。
 とくに巻第二十には防人歌を多く載せており、これは、家持の手元に集められてきたものを家持が記録し、取捨選択したものと考えられている。

古典文法

係助詞
助詞の一種で、いろいろな語に付いて強調や疑問などの意を添え、下の術語の働きに影響を与える(係り結び)。「は・も」の場合は、文節の末尾の活用形は変化しない。
〔例〕か・こそ・ぞ・なむ・や

格助詞
助詞の一種で、体言やそれに準じる語に付いて、その語とほかの語の関係を示す。
〔例〕が・に・にて・の

間投助詞
助詞の一種で、文中や文末の文節に付いて調子を整えたり、余情や強調などの意味を添える。
〔例〕や・を

接続助詞
助詞の一種で、用言や助動詞に付いて前後の語句の意味上の関係を表す。
〔例〕して・つつ・に・ば・ものから

終助詞
助詞の一種で、文末に付いて、疑問・詠嘆・願望などを表す。
〔例〕かし・かな・な・なむ・ばや・もがな

副助詞
助詞の一種で、さまざまな語に付いて、下の語の意味を限定する。
〔例〕さへ・し・だに・

助動詞
用言や体言に付いて、打消しや推量などのいろいろな意味を示す。

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