| 訓読 |
大和には鳴きてか来(く)らむ呼子鳥(よぶこどり)象(きさ)の中山(なかやま)呼びそ越(こ)ゆなる
| 意味 |
大和には今ごろ呼子鳥が鳴いて来ているのだろうか。象の中山を人を呼びながら鳴き渡っている声が聞こえる。
| 鑑賞 |
高市黒人(たけちのくろひと)の「太上天皇、吉野の宮に幸す時に作る」歌。太上天皇は持統天皇で、行幸に従駕した作者の正式な宴遊歌として現存する唯一の歌です。高市黒人は柿本人麻呂とほぼ同時代の下級官人(生没年未詳)。大和国6県の一つである高市県の統率者の家筋で、その氏人の一人だと見られています。『万葉集』に収められている18首の歌はすべて大和以外の旅先のもので、とくに舟を素材とし、漠とした旅愁を漂わせる作品に特色があります。
「鳴きてか来らむ」の「らむ」は、現在推量。「呼子鳥」は、子すなわち妻を呼ぶ鳥の意で、カッコウまたはホトトギス。この名は時代と共に変化しており、「喚子鳥」と書いた字面から「閑古鳥」といわれ、やがて郭公(カッコウ)になったとされ、カッコウを呼子鳥といった例が最も多いようですが、未だ定説がありません。「象の中山」の「象」は、吉野離宮の上の象山(きさやま)、「中山」は、そこにある山。「呼びぞ越ゆなる」の「なる」は連体形で「ぞ」の結び。ここの係り結びは、「ぞ」が入ることで作者の心の動き(感動・発見)が加わります。「あ、今、鳥が鳴きながら越えていったな」という、その瞬間の聴覚的なとらえ方を強調する効果があります。
郷愁を感じている折から、呼子鳥が妻のいる大和(藤原京)の方角へ鳴きながら飛んでゆくのを見て、その鳥に自身の気持ちを伝えさせようという心をもって詠んだ歌です。ここも、旅の寂しさをありのままに表現しており、深い山の中でたった一人、鳥の声に耳を澄ませている作者の孤独な立ち姿が浮かんできます。

各巻の主な作者
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古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |