| 訓読 |
古(ふ)りにし嫗(おみな)にしてやかくばかり恋に沈まむ手童(たわらは)のごと
| 意味 |
使い古したお婆さんなのに、まあどうしたことでしょう、これほど恋に没頭するなんて。まるで幼子みたい。
| 鑑賞 |
石川郎女(いしかわのいらつめ)が、大伴宿奈麻呂(おおとものすくなまろ)に贈った歌です。この石川郎女は大津皇子の宮の侍女だったとあるので、大津と草壁に愛されたあの石川郎女と同一人かもしれません。贈られた相手の宿奈麻呂は大伴安麻呂の三男で、田主の異母弟、のちに異母妹の坂上郎女の夫となって二人の娘(坂上大嬢・二嬢)をもうけた人です。和銅元年(708年)正月従五位下、同5年正月従五位上、左衛士督、備後守などを経て、神亀元年(724年)正月従四位下。以後、『続日本紀』に記事が見えません。
「古りにし」は、年をとってしまった。「古り」は動詞「古(ふ)る」の連用形。「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形。「し」は過去の助動詞「き」の連体形。「嫗にしてや」の「嫗」は、年老いた女性、老婆の称で、ここは自嘲的なニュアンスが含まれます。「にして」は、にあって。「や」は、疑問・反語の係助詞で、下の「沈まむ」にかかります。「かくばかり」は、これほどに、こんなに。「恋に沈まむ」は、恋の思いに溺れるのだろうか、恋の苦しさに沈み込んでしまうのだろうか。「む」は推量の助動詞で連体形。「手童のごと」の「手(た)」は接頭語で、幼子のように。
「嫗(老婆)」と「手童(子供)」という対極にある言葉を配置することで、自分の中に湧き上がる感情の制御不能さを浮き彫りにしています。この時の郎女は40歳くらい、相手の宿奈麻呂は20歳代の青年だったとされます。年上である上に、女の方から言い寄るという不自然な振る舞いもあって、「古りにし」といわずにはいられなかったのでしょうか。なお「一に云ふ」によれば、「恋すら我慢できないものなのか、聞き分けのない幼子のように」のような意味になります。どちらにせよ、宿奈麻呂の返歌がないので、この恋がその後どうなったか分からないのが残念です。

おみな(媼・老女)
年老いた女、老婆の意。音便化してオウナとなるが、『万葉集』中にオウナの例はない。対義語はオキナ(翁)。オキナ・オミナはそれぞれ男・女を表し、記紀の神話で国生みを行った神イザナキ・イザナミが男女を示すのと同様である。
オミナは、『万葉集』では相聞歌に詠まれる。年老いた我が身なのに恋に思い悩むとは、というオミナの姿で、いわば「老いらくの恋」をテーマにした歌が多い。オミナが恋愛に関する歌に登場するのに対し、オキナは相聞歌にはほとんど見られず、嘲笑の対象として詠まれている。自己を卑下していう場合にも用いられる。
~『万葉語誌』から引用抜粋
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石川郎女について
『万葉集』には石川郎女(いしかわのいらつめ)の名の女性が6人登場します(大伴安麻呂の妻・内命婦石川郎女を除く)。
① 久米禅師に求愛され、歌を贈答した女性。~巻第2‐97・98
② 大津皇子の贈歌に対して答えた女性。~巻第2-108
③ 草壁皇子が歌を贈り、字を大名児(おおなこ)という女性。~巻第2-110
④ 大伴田主に求婚し拒絶された女性。~巻2-126・128
⑤ 大津皇子の侍女で、大伴宿奈麻呂に歌を贈った女性。~巻第2-129
⑥ 藤原宿奈麻呂朝臣の妻で、離別された女性。~巻第20-4491
いずれも生没年未詳ですが、②③④の石川郎女が同一人とみられているようです。また、これらの石川郎女と坂上郎女の母である内命婦石川郎女とがどのような関係になるのかも分かっていません。
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古典に親しむ
万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。 |