| 訓読 |
261
やすみしし わが大君(おほきみ) 高照らす 日の御子(みこ) 敷きいます 大殿(おほとの)の上(うへ)に ひさかたの 天伝(あまづた)ひ来る 雪じもの 行き通ひつつ いや常世(とこよ)まで
262
矢釣山(やつりやま)木立(こだち)も見えず降りまがひ雪の騒(さは)ける朝(あした)楽(たの)しも
263
馬ないたく打ちてな行きそ日(け)並べて見ても我(わ)が行く志賀(しが)にあらなくに
| 意味 |
〈261〉
あまねく天下を支配しておられる我らが主君、高く照り輝く日の神の御子、統べていらっしゃる大殿の上に、天から降りしきる雪、その雪のように行き通い続けてお仕えしましょう、いついつまでも永遠に。
〈262〉
矢釣山は、木立も見えないほどに降り乱れ、雪の乱舞する中を出仕するこの朝は何と心楽しいことだろう。
〈263〉
馬をそんなにもひどく鞭打って行くな。何日もかけて見て行ける志賀の風景ではないのだから。
| 鑑賞 |
261・262は、柿本人麻呂が、新田部皇子(にいたべのみこ)に献上した歌。新田部皇子は天武天皇の第7皇子。261は、折からの大雪に寄せて皇子を賀しているもので、人麻呂の長歌のなかでは最小の歌となっています。「やすみしし」は、原文の「八隅知之」の表記から、八方を領有し治めていらっしゃる意。「高照らす」は、天に光るで、天皇・皇子に対しての讃え詞。「敷きいます」は、宮殿を構えて住むこと。「ひさかたの」は「天」の枕詞。集中50例ある枕詞で、天・雨・月などにかかりますが、語義・掛かり方とも未詳。「雪じもの」は、雪ではないがまるで雪のようにの意。「雪」と「行(ゆ)き」との同音の繰り返しによる序詞と同技法を用いながら、下の「行き通ひつつ」を修飾しています。「行き通ひつつ」の「つつ」は、継続。「常世」は、ここでは永久の意。
262は長歌から転じて、臣下として奉仕する気持ちを詠んだ歌です。「矢釣山」は、奈良県明日香村矢釣の東北にある山。「降りまがひ」は、入り乱れて降ること。「まがふ」は、入り混じる、区別がつかなくなる、の意。「雪の騒ける」の原文「雪驟」は難訓で、他に「雪にうくづき」「雪につどへる」などと訓む説があり、定まっていません。「朝楽しも」の「も」は詠嘆で、楽しいことだろう。
263は、題詞に「近江の国から都に上り来る時に、刑部垂麻呂(おさかべのたりまろ)が作った」歌とあり、官命による旅の途上に詠んだものです。「都」は、藤原京。刑部垂麻呂は伝未詳ながら、柿本人麻呂の歌と前後して並んでいるので、同時代の人と見られます。『万葉集』には2首(もう1首は巻第3-427)。「馬ないたく打ちてな行きそ」の「な~そ」は、禁止。「な」を重ねて意を強めていますが、文法上の誤りであるとの指摘もあります。「日並べて」は、幾日も日数をかけること。「志賀」は、大津市北部の、近江京があった地。「あらなく」の「なく」は、打消の「な」に「く」を添えて名詞形としたもの。公務を帯びた往来は、その遠近によって日数が令で定められていましたから、作者は、せめて今日だけでも志賀の景色を楽しみたいという心を詠っています。海のない大和国に住んでいた人にとって、近江の湖は強く心を引かれるものであったとみえます。

たび(旅)
自らの本来属すべき場所、すなわち、人の魂が最も安定し安らぐ場所である「家・家郷」を離れる状態をいう。『万葉集』には、「旅寝」「旅人」などの複合語を含めると百例を越す用例が見られる他、「羇旅(きりょ)歌」「羇旅作」「羇旅発思」等の題詞や分類標目のもとに、数多くの旅の歌が載せられており、タビは万葉びとにとって、作歌の主要な契機の一つであったことが知られる。それはタビという状況が、非日常の不安定な状況であり、歌によって魂の安定を幻想する必要があったゆえであろう。
古代におけるタビという語の意味領域は、現代の私たちの「旅・旅行」よりもはるかに広かった。「秋田刈る旅の廬に時雨降り」(巻第10-2235)などでは、農作業のために仮小屋に泊まり込むことをタビと呼んでおり、かなり遠方まで出かけることを意味する現代の旅の概念とはかなり異なっていたことを示している。
ただし一方で、「旅と言(へ)ど真旅(またび)になりぬ」(巻第20-4388)と、通常のタビに対して本格的なタビを「真旅」と呼ぶ例も見られ、当時においても、軽微な旅と本格的なタビとを区別する概念はあったようである。
~『万葉語誌』から抜粋引用
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