| 訓読 |
人見ずは我(わ)が袖(そで)もちて隠(かく)さむを焼けつつかあらむ着ずて来(き)にけり
| 意味 |
人が見ていなければ、私の袖で隠してあげたいのだけれど、この屋部の坂は、これからもずっと赤茶けて焼け続けるのだろうか。これまで何も着ないまま居続けてきたのですね。
| 鑑賞 |
阿倍女郎(あべのいらつめ)が、屋部の坂で作った歌。阿倍女郎は、伝未詳。ほかに中臣東人などとの贈答歌がありますが、同一人かは疑問とされます。「屋部の坂」は、諸説ありますが、所在未詳。国境の赤肌の坂をいとおしむ歌であるものの、「人見ずは」は、見る人がないならば、また「我が袖もちて隠さむを」とあるのは、見るに忍びないものとして感じています。「焼けつつかあらむ」は、焼け続けているからでしょうか。「着ずて来にけり」は、着ないまま来てしまいました。人通りが多く踏み荒らされたためか、草木がなく赤土の地肌が露出しているのを見て、恋の激しい思いに衣が焼かれた女性、すなわち肌が露わになった女性を連想して憐れんでいます。
この歌は難解とされ、『代匠記』にも「意得がたき歌なり」とあり、解釈も諸説あります。土屋文明は、「屋部は本来ヤカベであり、坂の名のヤカベから『焼け』を連想して、戯れて作った歌」だと解していますが、如何でしょうか。

『万葉集』の主な注釈書
(全歌掲載、単独著者による。成立の古い順)
『万葉拾穂抄』 ・・・ 北村季吟(1625~1705年)
『万葉代匠紀』 ・・・ 契 沖 (1640~1701年)
『万葉集略解』 ・・・ 橘 千蔭(1735~1808年)
『万葉集古義』 ・・・ 鹿持雅澄(1791~1858年)
『万葉集新考』 ・・・ 井上通泰(1867~1941年)
『万葉集全釈』 ・・・ 鴻巣盛広(1881~1941年)
『万葉集評釈』 ・・・ 窪田空穂(1877~1967年)
『万葉集全注釈』・・・ 武田祐吉(1886~1958年)
『評釈万葉集』 ・・・ 佐佐木信綱(1872~1963年)
『万葉集私注』 ・・・ 土屋文明(1890~1990年)
『万葉集注釈』 ・・・ 沢濱久孝(1890~1968年)
『万葉集釈注』 ・・・ 伊藤 博(1925~2003年)
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