| 訓読 |
313
み吉野の滝(たき)の白波(しらなみ)知らねども語りし継(つ)げばいにしへ思ほゆ
314
さざれ波(なみ)礒(いそ)越道(こしぢ)なる能登瀬川(のとせがは)音の清(さや)けさ激(たぎ)つ瀬ごとに
| 意味 |
〈313〉
吉野の激流の白波よ。その白波という通り知らないけれども、人が語りつぐので、昔が思われることよ。
〈314〉
小さい波が磯を越すという、越への道の能登瀬川、その川の音の清々しいことよ、流れの激しい瀬ごとに。
| 鑑賞 |
313は、土理宣令(とりのせんりょう:刀理宣令とも)の歌。土理宣令は、渡来系の人かと言われ、養老5年(721年)従七位下、東宮(のちの聖武天皇)の侍講となりました。『万葉集』には2首、『懐風藻』にも詩2首を残しています。「み吉野」の「み」は、美称。広く普通名詞に用いられますが、地名では、越・熊野・吉野に限られています。「滝の白波」は、吉野の宮滝の地の激流によって生ずる白波。ここまで実景ですが、「白波」の「白(しら)」を下の「知ら」へ畳音の関係で続けた序詞にもなっています。「語りし」の「し」は、強意の副助詞。「いにしへ」は、天武天皇の吉野入りや、六皇子の盟約、持統天皇のたびたびの吉野行幸のことなどを指しています。「思ほゆ」は、思われる。
314は、波多朝臣小足(はたのあそみおたり:伝未詳)の歌。『万葉集』にはこの1首のみ。何らかの事情で越へ行く途中、能登瀬川の流れの音に聞き入って詠んだ歌とされます。「さざれ波」は、小さな波。「さざれ波磯」は、さざれ波が磯を越す意と地名の「越(こし)」とを掛詞にした序詞。「磯」は、石の多い海岸のことですが、この時代には、池、川などにも言いました。「越道なる」の「なる」は「~にある」で、越の国へ行く道にある。「能登瀬川」は、琵琶湖に流入する滋賀県米原市能登瀬の天野川か。「激つ」は、激しく流れる。

吉 野
古くは「芳野」「美吉野」とも表記された吉野という地名は、普遍的なもので、「よい野」、すなわち、吉野川流域の広い地域を指し、最も狭くは吉野山を指します。吉野の自然の特徴は、水量豊かな吉野川と檜の木立に覆われた吉野山にあります。『万葉集』では、大和国にありながら「吉野の国」とあります。吉野川の上流の宮滝には吉野離宮跡があり、応神・雄略・天武・持統・文武・元正・聖武天皇が行幸し、とりわけ持統天皇は、在位中に31回も行幸しています。
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