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巻第3(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第3-352~356

訓読

352
葦辺(あしへ)には鶴(たづ)がね鳴きて港風(みなとかぜ)寒く吹くらむ津乎(つを)の崎はも
353
み吉野の高城(たかき)の山に白雲(しらくも)は行きはばかりてたなびけり見ゆ
354
縄(なは)の浦に塩(しほ)焼く火気(けぶり)夕されば行き過ぎかねて山にたなびく
355
大汝(おほなむち)少彦名(すくなひこな)のいましけむ志都(しつ)の石屋(いはや)は幾代(いくよ)経(へ)ぬらむ
356
今日(けふ)もかも明日香(あすか)の川の夕さらずかはづ鳴く瀬の清(さや)けくあるらむ  [或本歌、発句には明日香川今もかもとなと云ふ]

意味

〈352〉
 葦辺には鶴が鳴いて、港の風は寒々と吹いているのだろう、ああ、あの津乎(つお)の崎よ。
〈353〉
 吉野の高城の山に、白雲は行く手を阻まれ、ずっとたなびいているのが見える。
〈354〉
 縄の浦で塩を焼く煙は、夕方になると、空を行き過ぎることができなくなって、山にたなびいている。
〈355〉
 大汝と少彦名の二神がおられたという志都の岩屋は、いったい幾代の年月を経てきたことだろう。
〈356〉
 今日もまた、明日香の川は、夕方になるといつも河鹿の鳴く瀬が、さぞかし清らかに流れていることだろう。(明日香の川では、今もいたずらに)

鑑賞

 352は、若湯座王(わかゆえのおおきみ:伝未詳)の歌。湯座は本来、高貴な御子に産湯をつかわせまつる婦人の職名で、若湯座というのは大湯座に対しての称であり、その補助をする職だといいます。後にこれが氏の名となったらしく、この王の名は、王の乳人の氏より得られたものだろうといいます。「葦辺」は、葦が生えている辺り。「鶴がね」は、本来は「鶴の声」を言いますが、「鳴いている鶴」の意にも用い、やがて「鶴」のことを言うようになりました。「吹くらむ」の「らむ」は、現在推量の助動詞。「津乎の崎」は、所在未詳ながら、伊予とも近江ともいわれ、作者と何らかの関係があった土地と見られます。「はも」は、眼前にないものを思いやる時に用いる回想詠嘆の助詞。

 
353は、釈通観(しゃくつうかん)の歌。「釈」は、仏門にある者の意で、巻第3-327に出た通観法師のこと。「み吉野の」の「み」は、美称。広く普通名詞に用いられますが、地名では、越・熊野・吉野に限られています。「高城の山」は、吉野の金峰山(きんぷせん)の近くにある城山(標高720m)かと言います。「行きはばかりて」は、自由に動ける雲でさえ行き過ぎるのを妨げられるというので、山そのものが霊威ある神であることを表そうとしています。「見ゆ」は、見える、見られる。「見ゆ」の表現は、動詞・助動詞の終止形に接するのが通則で、この用法は古今集以後にはありません。古代の「見ゆ」は、上の文を完全に終結させた後にそれを受けており、存在を視覚によっては把捉した古代的思考、存在を見える姿において描写的に把捉しようとする古代の心性があった、と説かれます。

 
354は、日置少老(へきのおおゆ:伝未詳)の歌。「縄の浦」は、兵庫県相生市那波(なば)の海岸。「夕されば」は、夕方になると。「行き過ぎかねて」は、行き過ぎることができなくなって。この歌について窪田空穂は、「純粋な叙景の歌といううちでも、終日焚いている製塩の煙が、夕方になるとその状態を変えてくるという、特殊な、また微細なことに心を寄せた歌で、この当時としてはきわめて新意のあるものである」と述べています。

 
355は、生石村主真人(おいしのすぐりまひと)の歌。生石村主真人は、天平10年(738年)頃に美濃(みの)少目(しょうさかん)になった人。少目とは、国司に直属する第四等官。「大汝」は。神代を代表する神である大国主命(おおくにぬしのみこと)、「少彦名」は、大国主命の国造りに協力したといわれる神。「少(すくな)」は「大(おほ)」に対して、次位にあるものを言います。この二柱の神が国土を作り固めたという伝説は諸国にあって、当時広く信じられていたらしく、集中の他の歌によっても想像されます。この歌で二神がおられたという「志都の石屋」は、諸説あるものの所在未詳で、一説に島根県大田市静間町の海岸にある岩窟かといいます。「らむ」は、現在推量の助動詞。大田市静間町の岩窟は、奥行き45m、高さ13mあり、「静窟(しずがいわや)」ともいわれ、大田市指定の天然記念物となっています。

 
356は、上古麻呂(かみのこまろ:伝未詳)の歌。「今日もかも」の「か」は、疑問。「も」は、詠嘆の助詞。今日もまた~だろうか。「明日香川」は、明日香地方を流れ、大和川に合流する川。「夕さらず」は、夕方になると欠かさず。「かはづ」は、カジカガエル。谷川の岩間に棲み、夏から秋にかけて美しく澄んだ声で鳴くカエルで、明日香川には多く棲んでいたと見えます。奈良遷都後に、明日香の故郷を偲んで作った歌とされます。
 


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『万葉集』クイズ

 それぞれの歌のの中に当てはまる語を、ひらがなで答えてください。

  1. 君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ〇〇の火もがも
  2. 世の中は〇〇しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり
  3. 〇〇〇〇も金も玉も何せむに勝れる宝子に及かめやも
  4. 〇〇山と耳梨山と会ひしとき立ちて見に来し印南国原
  5. あかねさす紫野行き標野行き〇〇〇は見ずや君が袖振る
  6. 〇〇〇の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く
  7. 〇〇〇〇の明石大門に入らむ日や榜ぎ別れなむ家のあたり見ず
  8. 田子の浦ゆうち出でて見れば〇〇〇にぞ不尽の高嶺に雪は降りける
  9. 〇〇〇なきもの思はずは一坏の濁れる酒を飲むべくあるらし
  10. 〇〇〇〇を何に譬へむ朝開き漕ぎ去にし船の跡なきごとし


【解答】 1.あめ(天) 2.むな(空) 3.しろがね(銀) 4.かぐ(香具) 5.のもり(野守) 6.うねめ(采女) 7.ともしび 8.ましろ(真白) 9.しるし(験) 10.よのなか(世間)

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