| 訓読 |
374
雨降らば着(き)むと思へる笠(かさ)の山(やま)人にな着せそ濡(ぬ)れは漬(ひ)つとも
| 意味 |
〈374〉
雨が降ったら着ようと思っている笠、その名を持つ笠の山よ、我以外の人には着せないでくれ、たとえその人がびしょ濡れになっても。
| 鑑賞 |
石上乙麻呂朝臣(いそのかみのおとまろあそみ)の歌。「雨降らば着むと思へる」は、雨が降れば着ようと思っている意で、「笠」を導く序詞。「笠の山」は、三笠山あるいは桜井市の笠の山。「な着せそ」の「な~そ」は、懇願的な禁止。「濡れは漬つとも」は、びっそり濡れる意の「濡れ漬つ」を強めるために「濡れ」と「漬つ」の間に「は」を入れたもの。単に笠の山の面白さを愛でて歌ったものとも取れますが、笠の山を女性に見立てた譬喩歌との見方もあります。愛しい女を我がものにすることを「笠にする」という歌は、集中に少なくないものです。
石上乙麻呂は、左大臣・石上麻呂の三男。天平4年(732年)丹波守、同10年左大弁となりますが、翌年、故藤原宇合の未亡人久米若売(わかめ)と通じた罪により土佐に配流されます(巻第6-1019~1023)。同13年に恭仁京遷都に伴う大赦によって帰京したとされ、同18年に遣唐大使に選ばれるものの、発遣は中止。同20年従三位、のち中納言。詩文にすぐれ、『万葉集』には短歌2首、『懐風藻』にも詩を残しており、「地望精華・人材穎秀・雍客間雅、甚だ風儀に善し」と、その才能と風采を賞讃されています。

姓について
当時の人の名前の構造は、たとえば、藤原朝臣不比等(ふじわらのあそんふひと)という人名の場合、「藤原」というのが氏族の名前で、その氏族全体が朝廷からどのような位置づけを与えられてるかを表すのが「朝臣」という姓(かばね)である。彼の一族は、朝廷から「朝臣」という位置づけを与えられた「藤原朝臣」ということになる。その一族のなかの個人として「不比等」という名を持っているのである。
一族の名をウヂナ(氏の名)というが、これと、そのウヂ(氏)が朝廷から与えられている姓の名称であるカバネナ(姓の名)とは、いずれも天皇から与えられるものである。天皇から、このように名のることを許すとして与えられたのが、一族の名称なのである。このような関係になっているので、天皇はこれらを与える側の存在であり、無姓で個人名をもっているだけなのである。
ウヂナとカバネナをもっていない存在がまだある。それは奴婢(ぬひ)である。奴婢は、売買可能な所有される財産として扱われた。ウヂナとカバネナのある良民は、氏族を構成し、社会のなかで氏族集団として位置づけを与えられているが、奴婢は氏族集団として社会的位置づけを与えられることが許されていないのである。日本古代の賤民は、氏族集団の一員として社会に参加する道を与えられていない点が、もっとも大きな差別といえるかもしれない。
~『律令国家と万葉びと』から引用
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