| 訓読 |
雨降らば着(き)むと思へる笠(かさ)の山(やま)人にな着せそ濡(ぬ)れは漬(ひ)つとも
| 意味 |
雨が降ったら着ようと思っている笠、その名を持つ笠の山よ、我以外の人には着せないでくれ、たとえその人がびしょ濡れになっても。
| 鑑賞 |
石上乙麻呂朝臣(いそのかみのおとまろあそみ)の歌。「雨降らば着むと思へる」は、雨が降れば着ようと思っている意で、「笠」を導く序詞。「笠の山」は、三笠山あるいは桜井市の笠の山。「な着せそ」の「な~そ」は、懇願的な禁止。「濡れは漬つとも」は、びっそり濡れる意の「濡れ漬つ」を強めるために「濡れ」と「漬つ」の間に「は」を入れたもの。単に笠の山の面白さを愛でて歌ったものとも取れますが、笠の山を女性に見立てた譬喩歌との見方もあります。愛しい女を我がものにすることを「笠にする」という歌は、集中に少なくないものです。
石上乙麻呂は、左大臣・石上麻呂の三男。天平4年(732年)丹波守、同10年左大弁となりますが、翌年、故藤原宇合の未亡人久米若売(わかめ)と通じた罪により土佐に配流されます(巻第6-1019~1023)。同13年に恭仁京遷都に伴う大赦によって帰京したとされ、同18年に遣唐大使に選ばれるものの、発遣は中止。同20年従三位、のち中納言。詩文にすぐれ、『万葉集』には短歌2首、『懐風藻』にも詩を残しており、「地望精華・人材穎秀・雍客間雅、甚だ風儀に善し」と、その才能と風采を賞讃されています。

『懐風藻』
天平勝宝3年(751年9に成立した、現存するわが国最古の漢詩集。全一巻で120首の漢詩を収めています。撰者は未詳。作者は大友皇子から葛井広成までの64人で、天皇をはじめ、川島皇子、大津皇子、葛野王、僧の智蔵・弁正、石上乙麻呂らの諸臣。それらの作風は、中国、とくに六朝詩の影響が大きく、初唐の影響も見られます。序文には、天智天皇の御代には多くの詩編があったものの減尽したこと、近江朝の安定した政治による平和が詩文の発達を促し、多くの作品を生んだことが記されています。
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