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巻第3(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第3-403・408・414

訓読

403
朝に日(ひ)に見まく欲(ほ)りするその玉をいかにせばかも手ゆ離(か)れずあらむ
408
なでしこのその花にもが朝(あさ)な朝(さ)な手に取り持ちて恋ひぬ日なけむ
414
あしひきの岩根(いはね)こごしみ菅(すが)の根を引かば難(かた)みと標(しめ)のみぞ結(ゆ)ふ

意味

〈403〉
 朝も昼もいつも見ていたいと思うその玉なのに、いったいどうしたら手から離れることのないようにできるだろう。
〈408〉
 あなたがなでしこの花であったらいいのに。そうしたら、朝が来るたびに手に持って、いつくしまない日はないだろうに。
〈414〉
 山の岩がごつごつしていて、そこに生えている山菅の根は、引いてもかたくて抜けないので、わが物との標縄を張っておくだけにしよう。

鑑賞

 大伴家持の歌3首。403・408は、家持が、坂上家の大嬢(おほいらつめ)に贈った歌。「坂上家の大嬢」は、大伴宿奈麻呂坂上郎女との子で、家持の従妹にあたり、後に家持の妻となった人です。「朝に日に」は、日々に、いつも。「見まく」は「見む」のク語法で名詞形。「欲りする」は、欲する、したい。「玉」は、大嬢を譬えたもの。「如何にせばかも」の「かも」は、疑問。「手ゆ離れず」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞で、手から離れず。「あらむ」「む」は推量の助動詞の連体形で、上の「か」の係り結び。

 この歌は『万葉集』に出てくる家持の歌としては最初のものです。
笠郎女に対しては冷たい態度をとっていた家持ですが、大嬢にはご執心だったようで、朝も昼も見ていたい玉を、大嬢に喩えています。家持の歌が上達するのは、これよりしばらく後のことで、若き日の初々しい1首となっています。これに大嬢が答えた歌はありません。ところで、「大嬢(おほいらつめ)」とは同母姉妹の中での長女のことを言います。坂上郎女は大伴宿奈麻呂との間に2人の娘をもうけましたが、その長女を「大嬢」と言い、次女を「二嬢(おといらつめ)」と言っています。宿奈麻呂は先妻との間に田村大嬢をもうけており、田村大嬢にも「大嬢」とあるのは、先妻との間に生まれた長女だったからです。そして、この田村大嬢の方が坂上大嬢より先に生まれていることが、巻第4-756の題詞「大伴の田村家の大嬢、妹(いもひと)坂上大嬢に贈る歌」によって分かります。

 
408の「なでしこ」は、今の河原なでしこ。「その花にもが」の「もが」は、願望の助詞。「~であったらなあ」と願望し、その下に「そうしたら~であろう」のように期待の実現を推量形で述べる表現。「朝な朝(さ)な」は「あさなあさな」の約で、毎朝の意。「な」は「朝な夕な」「夜な夜な」のような時間を表す語の並列形に付いて副詞的用法を作る接尾語。「恋ひぬ」の「恋ふ」は、一般的には眼前にないものを慕わしく思う意ですが、ここは眼前に見ながらも愛着する意となっています。「なけむ」は「なからむ」の意で、形容詞「なし」の未然形「なけ」に推量の助動詞「む」のついたもの。ここでは、なでしこの花を大嬢に譬えていますが、これに大嬢が答えた歌はありません。

 なでしこは、山野や河原に自生する多年草。秋の七草の一つですが、夏の草としても登場します。夏にピンク色の可憐な花を咲かせ、我が子を撫でるように可愛らしい花であるところから「撫子(撫でし子)」の文字が当てられています。そのため、なでしこを擬人化したり、人と重ね合わせたりして、特に万葉後期の歌に多く詠まれています。

 
414の「あしひきの」は山の枕詞ですが、ここでは「山」の意に用いています。「岩根」の「根」は接尾語で、大きな岩。「こごしみ」は、ごつごつして険しいので。「引かば」の「引く」は、女性を誘って我が物とする意を含んでいます。「難みと」は、難しいので。「標」は、自身のものとする印。誰かに贈った歌というのではなく、ここにぽつんと載っている歌で、すぐ近くの397に、笠郎女が家持に贈った「奥山の岩本菅を根深めて結びし心忘れかねつも」という歌があるため、それとの関連を思わせるような、意味深長な歌です。決して強い印象の歌ではなく、土屋文明は、「全体の調子はのんきで、寧ろ遊戯的作歌の如く感ぜられる」と評しています。
 


ク語法とは

 用言(動詞や形容詞)の語尾に「く(らく)」を付けて、全体を名詞のように扱う表現のこと。主に古典日本語に見られ、「~すること」「~ところ」「~もの」といった意味を表します。「言はく」「語らく」「老ゆらく」「悲しけく」「散らまく」などがその例で、現代語においても「思わく(思惑は当て字)」「体たらく」「老いらく」などの語が残っています。

 ク語法は、中国の漢文を日本語として読む際、名詞節を構成するために重宝されました。荘重で改まった響きを持つため、格調高い歌や祝詞(のりと)などにも多く見られます。名詞化することで、自分の感情を客観的に提示し、それを強調する効果があります。言わば、言葉を「動詞(動くもの)」のままにせず、一瞬止めて「名詞(形あるもの)」として差し出すようなイメージです。

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枕詞の「あしひきの」について

 「あしひきの」は、「山」や「山」を含む語、「山」の類義語などにかかる枕詞ですが、語義・かかり方とも未詳です。表記も一字一音のものを除くと「足引」が多く、「足病」「足疾」などもあります。山はあえぎながら足を引いて登る意とか、山が裾を長く引く、あるいは山の裾野ではいろいろなもの(燃料としての木々や落ち葉、食用の植物など)が採れる意などとする考え方があります。

古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。