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巻第3(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第3-407・409

訓読

407
春霞(はるかすみ)春日(かすが)の里の植ゑ小水葱(こなぎ)苗(なへ)なりと言ひし枝(え)はさしにけむ
409
一日(ひとひ)には千重波(ちへなみ)しきに思へどもなぞその玉の手に巻き難(かた)き

意味

〈407〉
 春日の里に植えたかわいい水葱は、まだ苗だと言っておられましたが、もう今では枝がさし伸びたことでしょうね。
〈409〉
 たった一日でも次々に打ち寄せてくる波のように、しきりに思っているのに、どうしてその玉を手に巻くのが難しいのでしょう。

鑑賞

 大伴駿河麻呂(おほとものするがまろ)の歌2首。大伴駿河麻呂は、壬申の乱の功臣である大伴御行の孫ともいわれ(父は不詳)、天平15年(743年)に従五位下、同18年に越前守、天平勝宝9年(757年)の橘奈良麻呂の変に加わったとして、死は免れるものの処罰を受け長く不遇を託ち、のち出雲守、宝亀3年に陸奥按察使(むつあぜち)、陸奥守・鎮守将軍として蝦夷(えみし)を攻略、同6年に正四位上・参議に進みました。宝亀7年(776年)に亡くなり、贈従三位。『万葉集』には短歌11首、また勅撰歌人として『続古今和歌集』にも一首の短歌が載っています。

 
407は、大伴の坂上家の次女(二嬢)に求婚した時の歌。二嬢は、大伴宿奈麻呂坂上郎女の娘で、坂上大嬢の妹。「春霞」は、春霞で春の日が霞むので、同音の「春日」に掛けた枕詞。「春日の里」は、今の奈良市の東部で、市の中心部から東の春日神社のある辺りまでの地域。「植ゑ小水葱」は、栽培されている水葵。古くは食用や染色に用いられ、ここではわざわざ植えた小水葱ということで、大切に育てられた象徴です。「苗なりと言ひし」は、まだ苗(幼いもの)ですよと言っていた。「枝はさしにけむ」の「さし」は、葉柄の延びることで、きっと伸びただろう、二嬢が成長して大人びてきたことだろうの意。二嬢の母である坂上郎女に贈った歌と見えます。

 
409の「一日には」は、一日の間には。「千重波しき」は、幾重にも寄せる波のようにしきりに。「思へども」は、思っているけれども。「なぞ」は「なにそ」の約で、どうして。「玉」は、二嬢の譬え。「手に巻き難き」は、手に巻くことが難しいのか。「手に巻く」は、緒に貫いた玉を手に巻きつけて装飾とすることで、女をわがものにすることの譬え。「難き」は、上の「なぞ」の結びの連体形で、作者の、理不尽さへの嘆きやもどかしさが強調されています。
 


序詞について

 序詞(じょことば)は和歌の修辞法の一つで、表現効果を高めるために譬喩・掛詞・同音の語などを用いて、音やイメージの連想からある語を導くものです。枕詞と同じ働きをしますが、枕詞が1句以内のおおむね定型化した句であるのに対し、序詞は一回的なものであり、音数に制限がなく、2句以上3、4句に及び、導く語への続き方も自由です。以下に序詞の用例を列記します。青色の句が序詞で、赤色の語句がそれに導かれた語です。

  • あしひきの山橘の色に出でてわが恋ひなむを人目難みすな(巻11-2767)
  • 葦辺より満ち来る潮のいやましに思へか君が忘れかねつる(巻4-617)
  • 明日香河川淀さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに(巻3-325)
  • 天雲のたなびく山の隠りたる我が下心木の葉知るらむ(巻7-1304)
  • 漁りする海人の楫音ゆくらかに妹は心に乗りにけるかも(巻12-3174)
  • 伊勢の白水郎の朝な夕なに潜くとふ鰒の貝の片思ひにして(巻11-2798)
  • 石上布留の早稲田のには出でず心のうちに恋ふるこのごろ(巻9-1768)
  • 妹待つと御笠の山の山菅の止まずや恋ひむ命死なずは(巻12-3066)
  • 馬柵越しに麦食む駒の罵らゆれど猶し恋しく思ひかねつも(巻12-3096)
  • 梅の花散らすあらしののみに聞きし我妹を見らくしよしも(巻8-1660)

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古典に親しむ

万葉集・竹取物語・枕草子などの原文と現代語訳。