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巻第4(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第4-552・556・565

訓読

552
我(あ)が君はわけをば死ねと思へかも逢ふ夜(よ)逢はぬ夜(よ)二走(ふたはし)るらむ
556
筑紫船(つくしふね)いまだも来(こ)ねばあらかじめ荒(あら)ぶる君を見るが悲しさ
565
大伴(おほとも)の見つとは言はじあかねさし照れる月夜(つくよ)に直(ただ)に逢へりとも

意味

〈552〉
 我がご主人さまはこの私めを死ねと思っていらっしゃるのか。逢ってくださる夜、逢ってくださらぬ夜と、二つの道を迷いながら行くのでしょうか。
〈556〉
 筑紫へ向かう船はまだ来てもいないのに、その前からよそよそしくしているあなたを見るのが悲しい。
〈565〉
 筑紫船は大伴の御津(みつ)に泊てますが、あなたに逢っていたとは言いません、誰が見ても分かるほど明々と照らす月の夜にじかにお逢いしているとしても。

鑑賞

 552は、大伴三依(おほとものみより)の歌。大伴三依は大伴御行(おおとものみゆき)の子で、天平20年(748年)従五位下、主税頭、三河守、民部少輔、遠江守、刑部大輔、出雲守などを歴任した人。宝亀5年(774年)散位従四位下で没。『万葉集』には4首。

 「我が君」は、相手が身分の高い女性だったためか、わざと敬称で呼んだもので、三依が通って行ったにもかかわらず、逢ってくれないことがあったのを恨みの心をもって贈った歌です。三依の恋人としては
賀茂女王(かものおおきみ)が知られますが、この歌が誰に贈ったものかは分かりません。「わけ」は、年少の召使の意で、自分を指す卑称。「わけ」は、大伴家持紀女郎に贈った歌、「黒木取り草も刈りつつ仕へめどいそしきわけとほめむともあらず」(巻第4-780)にもあり、日常語として用いられていた言葉だったようです。「死ねと思へかも」は、死ねよと思っているのであろうか。「二走る」は、二つのことがどちらつかずで交錯する意。「二行く」という語もありますが、それよりいっそう目まぐるしく経過するように言ったもの。ここは「逢う夜」と「逢わぬ夜」が、交互に激しく通り過ぎていく様子。

 
556は、賀茂女王が、大伴三依(おおとものみより)に贈った歌。賀茂女王は、故左大臣、長屋王の娘。大伴三依は、壬申の乱で活躍した大伴御行の子で、大伴旅人が太宰帥だった頃に筑紫に赴任したとされます。歌によると、二人は夫婦関係になっており、三依が筑紫へ出立する前の歌であることが知られます。「筑紫船」は、筑紫への航路を往き来する官船。「いまだも来ねば」は、まだ来てもいないのに。「あらかじめ」は、その前から。「荒ぶる」は、疎遠になる、よそよそしくする。「君」は、三依を指します。「見るが悲しさ」は、見ることの悲しさよ。

 ただでさえ遠い別れとなるのに、折から三依が通って来ないのを、別れた後に忘れられるのなら仕方ないけれども、まだ別れないうちから冷たく扱われるのを悲しんでいる歌とされますが、そうではなく、筑紫から帰る三依の変心を予想して悲しんだものとする説があります。それによると、「筑紫からの船はまだ帰って来ないけれど、冷たくなったあなたのお顔を見るのは悲しい」のような解釈になります。それまでの便りのやり取りなどから、既に破局を予感していたのでしょうか。

 
565は「賀茂女王の歌」とある歌。「大伴の御津は」、難波の港のことで、それを踏まえて「御津」と同音の「見つ」に掛けた枕詞。「見つ」は、男女が関係を持つ意。「あかねさし」は、明々と照り差し。この「あかね」は、植物の茜から採った黄赤色の色名。鮮やかな黄赤色というより、かなり落ち着きのある色相だったといいます。「月夜」は、月そのものを指す場合がありますが、ここは月のある夜の意。「直に」は、直接に。筑紫へ向かう三依との別れを惜しむため御津に出向いた女王が、月夜の下でひそかに逢い、その喜びを詠った歌とされますが、あるいは短い逢瀬に満足できなかったため「見つとは言はじ」と言ったのでしょうか。
 


月齢

  • 夕月(ゆふづき)
    陰暦3日ごろの夕方に出る、上弦の月。
  • 夕月夜(ゆふづくよ・ゆふづきよ)
    陰暦7日ごろまでの夕方に出る月、または夕月のころの夜。
  • 望月(もちづき)
    陰暦15日の月。満月。
  • 十六夜の月(いさよひのつき)
    陰暦16日の月。早く月が出るように待っても、月が出るのを「いさよふ(=ためらう)」という気持ちから。中世以降「いざよひ」。
  • 立待ちの月(たちまちのつき)
    陰暦17日の夜の月。夕方、立って待っているうちに、ほどなく出てくる月の意。
  • 居待ちの月(ゐまちのつき)
    陰暦18日の夜の月。月の出を座って待つことから言う。特に陰暦8月の月に用いることが多い。
  • 臥し待ちの月(ふしまちのつき)
    陰暦19日の夜の月。19日以後の月を言うこともある。月の出が遅いので、臥して待つ月の意。
  • 寝待ちの月(ねまちのつき)
    陰暦19日の夜の月。月の出が遅いため、寝て待っているうちに出る月の意。
  • 有明の月(ありあけのつき)
    陰暦20日以降の月。広く陰暦15日以降の、夜更けに出て翌朝まで残る月を言うこともある。

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