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巻第4(索引)万葉集(掲載歌の索引)古典に親しむ

『万葉集』巻第4-587~589

訓読

587
我(わ)が形見(かたみ)見つつ偲(しの)はせあらたまの年の緒(を)長く我(あ)れも思はむ
588
白鳥(しらとり)の飛羽山(とばやま)松の待ちつつぞ我(あ)が恋ひわたるこの月ごろを
589
衣手(ころもで)を打廻(うちみ)の里にある我(わ)れを知らにぞ人は待てど来(こ)ずける

意味

〈587〉
 私の思い出の品を見ながら、私を思ってください。私もずっと長くあなたを思い続けますから。
〈588〉
 白鳥の飛ぶ飛羽山の松ではありませんが、あなたのおいでになるのを待ちながら、ずっと慕い続けています、この何ヶ月間も。
〈589〉
 打廻の里に私が住んでいることをご存知ないために、いくらお待ちしても来て下さらなかったのですね。

鑑賞

 笠郎女(かさのいらつめ)が大伴家持に贈った歌。家持の青春時代に、家持に恋歌を贈った女性は、後に本妻となる坂上大嬢の他に8人あり、また、恋歌ではないものの、家持がその人に唱和しているという女性が2人あります。それらの中で、最も激しい恋情を示し、それを吐露し続けたのが、笠郎女でした。彼女が家持に贈った歌は『万葉集』に29首残され、そのうち24首が巻第4に一括して並べられており、ここの歌は始めの3首です。

 
587の「形見」は、離れている人の身代わりとして見る品、記念品のことで、この時代の形見は亡くなった人の場合とは限りません。ここは、郎女が自身の代わりとして家持に贈った品。何であるかは不明です。「偲はせ」は「偲ふ」の敬語による命令形で、「偲ふ」は、何らかの物を媒介として思い遣ること。「あらたまの」は「年」の枕詞。「あらたま」は、宝石・貴石の原石を指すものと見られますが、掛かり方は未詳。一説に年月が改まる意からとも。「年の緒」は、長く続く年月を緒の長いのに譬えて言う語。結びの「我れも思はむ」は、家持からの愛を確信しての言葉ではなく、「たとえ貴方が私を思ってくれなくても、私は思い続ける」という、一方通行の決意として響きます。国文学者の窪田空穂は、郎女の「恋」のプロローグともいえるこの歌について、「形見として贈った品に添えたもので、挨拶にすぎないものであるが、さっぱりした中に訴えの心を含ませ、落着いていて弛みのないものであって、歌才の凡ならざるを示している」と評しています。

 
588の「白鳥の」は「飛ぶ」と続けて「飛羽山」にかかる枕詞。「飛羽山」は、山城国の鳥羽山、あるいは東大寺の東北にある小峰か。ここでは地名そのものよりも、その音にある「飛ぶ(去ってしまう)」という動的なイメージが、後に続く「待つ(静止)」という行為を際立たせています。上2句が「松」と同音の「待つ」を導く序詞。「待ちつつぞ~恋ひわたる」は「ぞ」+連体形の係り結び。「待ちつつぞ」とすることで、ただ待っているのではなく、他ならぬ、ひたすら待つことによってのみ、という排他的な強調となり、家持が来ない間、自分には待つという行為しか残されていないという、郎女の切迫した状況が吐露されています。「月ごろ」は、幾月か、数か月もの間、の意で、季節が変わってもなお解消されない、執拗で切実な飢餓感であることを物語っています。全体としては、白鳥→飛ぶ→飛羽山松→待つと、韻と意味を巧みに転回させ、下句の恋の告白へと繋いでおり、すぐれた技巧の歌となっています。

 
589の「衣手」は、衣を砧(きぬた)で打つことからくる「打廻」の枕詞。「打廻の里」は、所在未詳。「知らにぞ」は、知らないからこそ。「ぞ」は、強調の係助詞。「人」は、家持のこと。「来ずける」は、上の「ぞ」の結びで連体形。家持が郎女の家を知らないはずはなく、家持があまりに疎遠にするので、恨みの気持ちからわざと誇張して言っているようです。あるいは、家持の心の中に自分の居場所がもうないのではないか、という根源的な恐怖を逆説的に詠ったものかもしれません。588の歌と併せて贈ったものとされ、また、「待」の文字があるのはここの2首のみで、この歌を詠んだ頃は、家持の来訪をひたすら待ち続けていた時期だったと見えます。

 
笠郎女は、伝未詳。巻第4にある歌群のほか、巻第3-395~397、巻第8-1451・1616にも歌を載せていますが、いずれも家持に贈ったものです。
 


『万葉集』の主な注釈書

(全歌掲載、単独著者による。成立の古い順)

『万葉拾穂抄』 ・・・ 北村季吟(1625~1705年)
『万葉代匠紀』 ・・・ 契 沖 (1640~1701年)
『万葉集略解』 ・・・ 橘 千蔭(1735~1808年)
『万葉集古義』 ・・・ 鹿持雅澄(1791~1858年)
『万葉集新考』 ・・・ 井上通泰(1867~1941年)
『万葉集全釈』 ・・・ 鴻巣盛広(1881~1941年)
『万葉集評釈』 ・・・ 窪田空穂(1877~1967年)
『万葉集全注釈』・・・ 武田祐吉(1886~1958年)
『評釈万葉集』 ・・・ 佐佐木信綱(1872~1963年)
『万葉集私注』 ・・・ 土屋文明(1890~1990年)
『万葉集注釈』 ・・・ 沢濱久孝(1890~1968年)
『万葉集釈注』 ・・・ 伊藤 博(1925~2003年)

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