| 訓読 |
600
伊勢の海の磯(いそ)もとどろに寄する波(なみ)畏(かしこ)き人に恋ひわたるかも
601
心ゆも我(わ)は思はずき山川(やまかは)も隔(へだ)たらなくにかく恋ひむとは
602
夕されば物思(ものも)ひ益(ま)さる見し人の言問(ことと)ふ姿(すがた)面影(おもかげ)にして
603
思ふにし死にするものにあらませば千(ち)たびぞ我(わ)れは死に返(かへ)らまし
| 意味 |
〈600〉
伊勢の海にとどろく波のように、身も心もおののくような人を恋い続けているのですね。
〈601〉
心にも思ってもみませんでした。間が山や川で隔てられているわけではないのに、こんなに恋い焦がれることになるとは。
〈602〉
夕方になると物思いがまさってきます。お逢いしたあなたが話しかけてくださった姿が面影となって現れてくるので。
〈603〉
人が恋焦がれて死ぬというのでしたら、私は千度でも死んでまた生き返ることでしょう。
| 鑑賞 |
笠郎女(かさのいらつめ)が大伴家持に贈った歌29首のうちの4首。600の「磯もとどろ」の「磯」は、岩石からなる海岸。「とどろ」は、動詞「轟(とどろ)く」と同源で、轟音を表す擬声語に由来する形状言。上3句は、波の恐るべきさまによって「畏き」を導く序詞。「畏き人」は、身分の高い人。家持は旧家の名門の御曹司でしたから、笠郎女は社会的階級からいえば、その家柄は劣っていたのでしょう。ただし、ここでは、単に畏れ多いという意味のほかに、その心の測り難さをも「畏き」と表しているかのようです。窪田空穂はこの歌について次のように言っています。「女郎の心情の全部を披瀝して訴えた歌である。全部というのは、家持を『畏き人』と呼んでいることである。女郎からいうと、初めは家持を思うままにわが物とできると思ったのであろうが、案外にもつれない人であって、その意味では絶望を感じさせられた。しかし、時にはある程度の温情を示すこともあるので、諦めるには諦めきれない状態であったとみえる。本来勝気な、情熱も理知もある女性であるから、自尊心も伴って、どうにかできようという気もし、またどうにもならない気もして、動揺していたとみえる。これはどうにもなりそうもない気の勝ってきた時の心で、家持が心に余る、捉えきれない者に見えてきた時の心情であって、その全部を『畏き人』という一言に託している。この一群の中に置いて見ると、心理の陰影を微妙にもあらわし得た、含蓄のある優れた歌である」。
601の「心ゆも」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。「も」は、詠嘆。「山川も」は、山も川も。「隔たらなくに」の「なく」は、打消し「ず」の名詞形。「に」は、詠嘆。「かく」は、こんなに。「現実の距離」と「心の距離」を対比させ、近くて遠い人への想いが、最も理不尽で苦しいものであるという真理を、鮮やかに切り取っています。この歌以降も、彼女の恋はさらに混迷を深め、自分を卑下したり、死を意識したりする段階へと進んでいきます。
602の「夕されば」は、夕方になれば。「夕されば物思ひ益さる」のは、夕方が男が訪ねてくる「ヨバヒ」の時間だったからです。また、夕暮れ時は「逢魔が時(おうまがとき)」ともいって、昼間の現実が薄れ、抑えていた感情や異界のものが忍び寄る時間でもあったからです。「見し人」は、性的交渉をもった愛人の意で、家持のこと。「言問ふ」は、言葉を交わす、親しく話しかける。「面影にして」は、面影として現れて。「面影」とは、目に浮かぶ人の姿。見ようと思って見るものではなく、向こうから勝手にやってきて仕方がないもの。恋する身にとっては、二人でいた時の、相手の何でもない言葉や仕草さえも、心に残って忘れられないもの。郎女は、あの日、あなたが私に話しかけてくださった、その時のお顔と口もとのあたりが浮かんできて・・・と、切なくも具体的に恋の実感をうったえています。夕闇が濃くなるにつれて、面影がより鮮明に浮かび上がるという、光と影の演出が見事であり、笠郎女の贈答歌群の中でも特に視覚と聴覚、そして時間の感覚がバランスよく調和した一首といえます。夕暮れ、一人部屋で面影を追う彼女の溜息が聞こえてくるような、リアリティのある孤独が描かれています。
603の「思ふにし」の「し」は、強意の副助詞。(もしも)人を思うあまりに。「ませば~まし」は、反実仮想(もし・・・だったら~だろうに)。「千たびぞ」の「ぞ」は、強調。「死に返る」は「生き返る」の反対の言い方になっていますが、ここでは恋死にすることに強い意味を置いているためで、誇張した表現になっています。これは、『遊仙窟』に「能ク公子ヲシテ百廻生カシメ、巧ク王孫ヲシテ千遍死ナシメム」とあるのによる、また、『人麻呂歌集』にある「恋するに死にするものにあらませば我が身は千たび死に返らまし」(巻第11-2390)の歌を原拠としているとされます。そのため郎女の手柄にならないという意見が多いのですが、言葉の続き具合はかえって郎女の作の方が自然であるとする意見もあります。また、窪田空穂は、これを後世の本歌取りの嚆矢のようにとらえています。家持にこの歌を贈るということは、一種の脅しに近いほどの重圧を相手に与えます。「私は貴方のせいで、もう千回死んでいるも同然です」と訴える笠郎女の叫び。これまでの「待つ」「夢に見る」という情緒的な段階を突き抜け、自分の命の極限を突きつけることでしか、この想いを伝えられないという切羽詰まった状況が伝わります。
笠郎女は、伝未詳。巻第4にある歌群のほか、巻第3-395~397、巻第8-1451・1616にも歌を載せていますが、いずれも家持に贈ったものです。

窪田空穂による笠郎女評
窪田空穂は、歌人としての笠郎女について次のように述べています。「笠郎女は、その歌に現れているところから見ると、知性のもつ強さと、感性のもつ柔らかさを兼ね備えている人で、それが融け合って一つとなり、しかも互いに陰影となり合っているという趣きをもった人である。同時に歌才の豊かな人で、充実し、緊張した感を、余裕をもって細かくあらわしうる人で、歌人として集中でも傑出した一人である」。また、「この時期を代表する女流歌人は、大伴坂上郎女とこの笠郎女である。坂上郎女の聡明と、落ち着きと、また階級よりくる気品の点では、笠郎女は及ばない。しかし笠郎女のもつ庶民に近い熱意と奔放とまた世代の若さよりくる溌剌さとは、坂上郎女のもち得なかったものであり、さらにまたいかなる境をも詠み生かす詩情の豊かさにおいては、笠郎女のほうが遙かにまさっているといえる」
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